四章『チートクズ、はじめました』4‐3


 辰己が家を出て、一時間ほど後。

 魔法を試すためと、ノエの事について聞くためにノエの両親の店……というよりシュナの元を訪れた辰己。

 無事に魔法は試せたが、ノエについての情報は……



『え? ノエ? さぁー、どこいったんだかねぇ~』



 ……と、あからさまになにか隠している様子のシュナにはぐらかされてしまった。

 心配ではあるが、シュナがノエの行先を知っていると言うのならそれはそれで安心だ。


 辰己は思考を切り替えて、シュナに礼を言うと、一度メインストリート沿いでいつも占いの店を出させてもらっている飲食店へと向かうことにした。

 昼は普通の飲食店。夜は飲み屋。

 そんなスタイルの店を外から覗きこむと、辰己のお目当ての人物が居た。


 昼から酒を煽っている、緑のアオザイのような服を着た細身の男性。

 メガネをかけたその細身な男は、どこか学者のようにも見える。

 それもそのはず、男は魔道具研究をしている学者であり――辰己の対戦相手の一人目。

 そして、辰己が土曜日に仕事としてやっている『個別悩み相談』で何度も相談に乗っている相手だった。



「やっぱりここに居たか……クボ教授」



 クボ=ターディ・ファ。通称、クボ教授。

 魔道具研究者であり、腕利きの魔法使いであり、そして重度のアルコール依存症。

 この世界の人間は体の造りが違うのか、辰己が元居た世界における『アルコール依存症』の症状は見受けられないが、とにかく酒を断つことが出来ないでいるらしく、そのことを何度も相談に来ていた。


 試合相手にクボ教授の名前があるのを見た時は辰己も驚いたが、クボ教授もかなり驚いていた。

 その場の挨拶は知らない相手のフリをしたが、まさかそれで終わるわけがない。

 辰己は悩み相談によって、たっぷりとクボ教授の弱点は握っているのだから。



「さて、行きますか」



 軽く伸びをして、気合を入れ直し、辰己は店の中に入った。

 それから店員に待ち合わせだと告げ、クボ教授の座っているテーブルに相席する。



「どうも、クボ教授」


「おや、アッシーくんじゃないですか」


「その呼び方止めてくれません? せめてアシヤ、って呼んでくださいよ」



 一昔前の女にこき使われている男の名称みたいだ、と苦笑していると、クボ教授は既に赤くなっている頬を撫でながら言う。



「いいじゃないですか、アッシーくん。実に可愛らしい」


「はいはい、じゃあいいですよ。――あ、注文お願いします。チキンサンドと果実ミックスジュースで」



 注文をして、辰己は改めてクボ教授の方を見た。

 昼間からすっかり酔いが回っている様子の見た目ダメ人間だが、酔っていても魔法の技術は冴えわたると有名なクボ教授。

 実際辰己も酔っている状態でなんどか魔法を見せてもらったことがあったが、酔っているとは思えない精密な魔法を見せてもらった。

 加えて、酒を絶てない意思の弱さはあるものの、まぎれもなくこの世界の善人であり、八百長を申し込んでも十中八九断られるだろう。


 であれば、どうするか。



「ところでクボ教授。実は今日はお願いがあってきました」


「試合を譲ってくれ、というのは頷けませんよ? こっちも正式にギルドから依頼されてますからねぇ」


「まさか。そんなことは言いませんよ。ただ、試合の前日に酒盛りに付き合ってくれないかと思いまして」



 ぴくりと、驚き混じりにクボ教授の表情が動いた。

 それを見て成功を確信しながら、辰己は畳みかけるように言う。



「実は俺も、なんだかんだ言って緊張してるんですよ。なにせ決闘なんて初めてなわけですから。日本じゃ決闘罪と言って、決闘は法律で禁止されているようなことなもので」


「それは興味深い話ですねぇ……で、緊張をほぐすためにちょっと酒盛りをしたいと。しかしアッシーくん、きみ、まだお酒飲めないのでは?」


「この世界なら十五歳以上で飲める酒があるじゃないですか」



 この世界においてはアルコール度数によっては十五から酒が飲める。



「自分の世界じゃまだ飲めませんが、せっかく来たんですから、記念にちょっと酒を飲んでみたいという気持ちもあるんですよ」


「なるほど。そういうことなら付き合いましょう。酒代はだしてくれるんでしょう?」


「もちろん。そのまま朝まで寝落ちしていいような場所を用意しておくので、付き合ってください」



 辰己が手を差し出すと、クボ教授は満面の笑みを浮かべて握手に応じた。

 その瞬間――辰己は魔法を発動する。

 だが、クボ教授は、特になにかに気付いた様子はない。


 シュナに試してわかったことだが、辰己の魔法は本格的に発動するまで非常に気付かれにくい性質をもっているようだった。

 それは、戦えるほどの魔法使いであるクボ教授にも当てはまるらしい。

 辰己は注意深く、だが笑顔でクボ教授の顔色、反応を伺いながら、ゆっくりと手を離す。

 すると、ちょうどよく注文していた料理が届いた。



「では、詳しいこと時間と場所は週末に予定していた相談の時に教えますね、クボ教授」


「ええ。楽しみですねぇ、とても」



 クボ教授と乾杯を交わしながら、辰己は心中でほくそ笑む。

 魔法が発動したにしろ、失敗したにしろ、クボ教授の敗北はほぼ確定だ。


 ――これで、一人は確実に仕留められる。

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