三章『ウソとマコトで荒稼ぎ』 3‐4


 新聞を配布し始めて、一か月弱が経ち――

 辰己は当初予定していた三倍以上の新聞を、全て売り終えた。


 稼いだ金貨は五百を越えた。もちろん、税金分を差し引いて。

 時間はかかっているが、十分に金貨千枚という目標に近づきつつあることを実感していた辰己だったが……そんな、ある日。


 放っておいていた『問題』が、爆発した。



「決闘を申し込みたい」



 家に突然やってきた『書籍販売ギルド』の代表を名乗る男は、席につくなり突然そんなことを言ってきた。

 辰己はそれを聞いて何のことやらと首をかしげたが、ノエの方はかなり驚いた様子で、準備していたお茶をとり落としそうになっていた。



「け、決闘……っ? なんでですかっ?」



 ノエの問いに、男は神妙な顔で頷く。



「虚構新聞という名前の創作文書の販売について、説明は受けたが納得しがたい。そこで、法律に則って決闘を申込みに来た。以上だ」



 ノエはますます緊張した様子だったが、辰己はやはり状況をよく理解出来ていない。



「その決闘を受けないとどうなるんだ?」



 思わずそんなことを尋ねると、ノエは『そうだった』と今更思い出したように説明をしてくる。



「えぇと……決闘というのは、法律で定められている問題解決方法の一つで、ギルド間で問題が発生した場合、両者協議の上納得のいく形式で試合を行い、勝者の意見を優位とした上で問題解決のための話し合いをしましょう、というものなんです」


「あー……ギルド作る時の契約書に『法律に基づいてギルド間の問題は解決するように』って書いてあったのはそれか」



 なんとなく裁判所とかそういうところがあって、そこで問題解決すると思っていた辰己は顔をしかめる。



「まさか決闘なんて方法とは思ってなかった。……俺の考え足らずだな。まぁいつものことだけど……」



 この程度の失敗は、辰己にとって日常茶飯事なので特に気にしない。決闘についても前向きに考えていこうかと思っていたが、ノエは落ち着かない様子で辰己に耳打ちしてくる。


「……あの、タツミくん。決闘を挑むと言うのは、この世界では最大の意思表明というか、不満を表現する手段なんです。もう少し深刻に捉えた方が……」


「って言われてもな……終わってもずるずる足引っ張ってくるようなこと、なさそうだし」


「もちろん、終わったらノーサイドです。けど、相手が決闘を挑んでくるくらいのなにか不本意なものをこちらに感じたということを、重く受け止めてちゃんと考えないと」



 かなり深刻に捉えている様子のノエに、辰己も一応頷き返す。

 内心ではやはり、そこまでの深刻さは感じられないで居たが――とりあえず表面上は真面目な表情で、男の方へと向き合った。



「そちらは、もし決闘で買ったとして、俺たちになにを要求したいんだ?」


「我々が異議を申しつけたいのは、そちらの発行していた『虚構新聞』についてだけだ。書籍販売ギルドでは現在、真実を記していない『新聞』も創作物の一種であるとして、書籍販売ギルドの管理するものとする申請を行っている」


「けど、その申請が通るためには俺たちがその権利を手放さなければならない。だから決闘をして決めよう、と」


「その通りだ。それと……もしもそちらが負けた場合には、虚構新聞の販売額から税金を追加で支払ってもらうことになるだろう。それと、罰金もな」


「罰金? なんの罰金だよ」


「そちらが決闘に負けた場合には、そちらの行った行動のいくつかが法に反したものだったと扱われることになる。具体的な罰金の想定額はこの書面にまとめてある。目を通してほしい」



 差し出された書面に、辰己は素早く目を通す。翻訳魔法で文字も読めるので、文書を読むこと自体に問題はない――が、中身には問題がありまくりだった。

 設立したギルドの仕事内容の虚偽申告の罰金、それによって利益を上げた場合の罰金等、法律違反とされる項目は七つに及んだ。

 そしてそれらによる罰金が、辰己の稼いだ金額を越えていた。



「ちょっと待て。罰金を払えなかったらどうなるんだ? 牢屋でも入れられるのか?」


「いや。払えない場合は保証人が払うことになっている」


「……俺の場合、国になるんだけど?」



 ギルドを設立する際の保証人。それに、辰己は国の……というか、国王の名前を書いて提出していた。

 しかし、まさか、罰金を国が肩代わりしてくるわけはないだろう。

 だから、続く言葉はある意味予想通りのものだった。



「足が出た分は第二保証人――そちらの、ノエ=カルバン・フィに払わせるようにと言われている。もし払えないなら、彼女の両親の店を差し押さえることも可能であると、法務部は判断している」



 ノエの顔から血の気が引くのを、辰己は見た。

 ノエは口を引き結び、机の下で手を握っていた。肌が白くなるくらいに。

 それを横目に確認した辰己は、じくりと胸に痛みが走るのを感じた。


 嫌な痛みだ。

 激情を狩りたてるように、突き刺さる、心の痛み。

 その痛みが、ぬるま湯に浸かっていた辰己を引き戻す。

 異世界に来る前――日々、心の痛みに苛まれていた辰己に、引き戻す。



「――じゃあ、しようか、決闘」



 辰己が軽い口調で言うと、ノエはもちろん、男も驚いた様子で目を見開いた。

 それから、眉をひそめつつ、男は言う。



「先に言っておくが、今ここで書籍販売ギルドとの交渉に臨めば、罰金などはかなり減るぞ? 今渡した書面にもそのことは書いてあったはず」


「ああ、見たよ。金貨二百枚くらい? それなら払えなくはないな、確かに。けど、俺の稼いだ金が不当に盗られるのには黙ってられない」


「あなたがお世話になっている人の両親の店が対価にかけられるとしても?」


「勝てばいいだけの話だろ?」



 辰己は、笑った。

 にぃ、と口の端を歪めて、無理やりに、邪悪に。

 それを見た男は何を思ったのか、息を詰まらせ表情を硬くする。

 そんな表情を見て、辰己はまた胸の内に痛みが走るような感覚を得ながらも、男に向かって言い放った。



「勝てば官軍、負ければ賊軍。要は勝てばいい。

いいじゃないか、決闘。わかりやすい。

裏でこそこそ足を引っ張り合うよりよほど建設的で――そして俺でも『勝てる』。確実に。その点がとてもいい。俺は元の世界じゃ負け続きなんでね」


「……では、決闘を受けると?」


「ああ。そっちはどういう内容の決闘を考えてたんだ?」


「ポピュラーな対戦方式。お互いに三人戦士を出し、戦わせる。勝利者が多い方が勝ちだ」


「なるほど。なら、こちらから出る戦士は俺一人でいい」


「なっ……」



 男が驚きに目を見開く。ノエの方はもう何を言っていいのかも分からない様子で、口をぱくぱくさせていた。

 そんなノエを横目に見て『金魚みたいだな』なんてどうでもいい感想を抱きつつ、辰己はさらに提案を続けた。



「ただし、こちらの要求をいくつか呑んでもらう」


「……内容による」


「そう難しくない話だよ。

一つ、決闘はチケットを売って観戦できるようにすること。

二つ、チケットの売り上げは決闘の勝者が全どり。

そして、三つ……これが一番大事だが。そちらが指名する戦士は試合の一か月前までに俺にその情報を通知し、もし棄権することになった場合も交代は認めず、俺の不戦勝とすること」



 内容を聞いた男は、一瞬考え込む。特に、三つ目についてだろう。

 だが、辰己はこの提案は通ると思っていた。善人であるこの世界の住人は、きっと『フェアな勝負』を望むだろうから。

 先に、辰己の方が不利になる条件を提示している。

 そのことで『負い目』が出来ている。

 例にもれず善人である目の前の男にとって、その『負い目』はとても大きなものであり――予想通り、男は辰己の提案に深く頷いた。



「わかった、いいだろう。ただ、チケットの販売に関して、話し合いたい。明日こちらのギルドに来る時間はあるか?」


「もちろん。……ああ、そうだ。あとこれは俺が勝った時の話なんだけど」


「気が早い話だな……なんだ?」


「もし俺が勝ったら、一冊本を出すのを手伝って欲しい。作るのはタダでやってもらうけど、売り上げはもちろんそちらにも分けるよ」


「わかった、いいだろう。明日決闘に関する契約書をまとめておくから、それに盛り込んでおこう」



 男が席を立つ。ノエはまだ口をぱくぱくさせていた。



「それでは、今日の所は一先ず帰ろう。明日、昼過ぎにこちらのギルドに来てほしい」


「了解。じゃあ、また明日」



 ひらひらと辰己が手を振ると、男はノエにも一度会釈をしてから家を出て行く。

 それを見送った辰己は、扉の鍵をかけてからノエの方を見た。



「ノエ? 大丈夫か?」



 大丈夫なわけがない。

 しばらく固まっていたノエは、ゆっくりと表情を取戻し、そして、ぷるぷると体を震わせ、やがて――



「た、た……タツミくんのばかぁああ――――っ!?」



 ご近所に誤解されそうなほどの大声で、涙目になって叫んだのだった。

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