三章『ウソとマコトで荒稼ぎ』 3‐3


 辰己たちが作った新聞は、順調に売り上げを伸ばしていった。

 バックナンバーが欲しいという人も増え、当初の予定よりも一つの新聞を配る日にちを増やし、小部数ながらバックナンバーも用意したりした。

 そして、予定していた新聞の半分を配り終えた頃――辰己は、一仕掛け打つことにした。



「シュナ、こんにちは。新聞の売れ行きどう?」



 新聞の補充のためにノエの両親の店を訪れた辰己は、開店の準備をしていたシュナに声をかける。

 最近はすっかりシュナとも仲良しなおかげか、店に入るなりシュナは笑顔で近づいてきて、肩を組んでくる。



「タツミ! いらっしゃい♪ いや、マジですごいよ新聞の売り上げ! お客さんみんな買ってくし!」


「そりゃよかった。……それはともかく、とりあえず離れてくれない?」


「えー? いいじゃぁん?」



 女慣れしていない辰己は、ぐいぐい押しつけられるシュナの体の柔らかさに口元をもごもごさせる。

 心頭滅却、と心の中で唱えつつ、なるべく普段通りの口調で辰己は持ってきたものについて話すことにした。



「きょ、今日はちょっと、配ってほしいものを持ってきたんだ」


「配って欲しいもの? 売ってほしいものじゃなくって?」


「ああ。『号外』をね。ただで配ってほしい。けど、一人一部で。数は多いけどタダだと持ってく人も多いかもしれないし」



 タダ、という言葉を聞いてシュナは不可解そうに首をかしげる。



「あんなに売れてるのにタダで出すの? なんの号外だか知らないけど、普通にみんな買うと思うけど」


「いいんだよ。これは『謝罪号外』なんだから」



 言いながら、シュナの腕から抜け出して、辰己は持ってきた号外の一枚を取り出して見せる。

 一面にはでかでかと『虚構新聞、前回の内容についての謝罪』と書かれている。

 シュナを辰己から号外を受け取ると、素早く目を通し始めた。



「えーっとぉ……?

『前回販売した虚構新聞にて、手違いで事実であることを新聞に載せてしまったことを謝罪いたします。虚構新聞を名乗りながら真実を記事として取り扱ってしまったことを深く反省し、反省の心を込めて無料で号外を配らせていただきます』……あははは! なにこれ! こんな謝罪ある!?」



 元から笑い安い性格なのもあるだろうが、謝罪号外の文面はなかなかウケている様子だった。

 そのことに手ごたえを感じつつ、辰己はいつもの場所に号外を積み重ね、ついでにいくらかバックナンバーも補充していく。



「今日は占いの予定もないから、一日号外くばりするんだよ。普段新聞を置いている店周辺以外の場所で配って、客層を広げるつもり」


「いや、けど考えたね、これは。マンネリ気味だったお客さんに対する新しい刺激にもなるし、新規のお客さんもすごく興味を退かれるでしょ、これなら」


「シュナにそう言ってもらえるなら、大丈夫かもな。じゃ、他の店にも号外おいてこないといけないから、頼んだよ」


「オッケー! 任せといて。しっかり配っておくから」



 後はシュナに任せて、辰己は店を出る。店の外に出るまで、シュナが手を振ってくれていたのが微妙に気恥ずかしかった。


 早く次行こう、とまだ少し緊張の残った体を動かして歩きはじめた辰己だったが――不意に、その行く手を遮るように人が横切る。



「失礼、タツミ・アシヤさんですね」


「……? あれ、この間会いました……っけ?」



「はい。先日会ったのは偶然でしたが。今日は自発的に探していたので、お会いできてよかった」



 にこやかに頷く男は、ギルドを作る時に面接してくれた男だ。先日、新聞を売っているかどうかを確認された。



「本日は書籍販売ギルドの方から確認してほしいことがあると依頼を受けて来ました。立ち話で確認できる程度のことですので、お時間よろしいですか」



 男の言葉に、はぁ、と頷くことしか出来ない辰己。

 書籍販売ギルド――特になにかやらかした記憶のない相手だ。

 そもそも、善人ばかりの異世界は温すぎて、適当にやっていても『やらかす』ことがほとんどない。

 だから、不思議に思っていた辰己だったが、続く言葉を聞いてすぐに納得することになる。



「実は、書籍販売ギルドの方から、『虚構新聞は完全な創作物であるのだから、書籍販売ギルドに所属して売るべきものではないのか』という問い合わせが来て居まして……一応、タツミさんの方でどのような考えで書籍販売ギルドではなく、新しいギルドの事業の一環として新聞販売を行っているのか、お尋ねしたいと思いまして」



 男の声音に悪意はない。

 本当に、ただ、仕事で理由を聞きに来ただけ、というようだ。おそらく辰己が話したことも、書籍販売ギルドにそのまま伝えるのだろう。

 なら恐れる必要はない――と、タツミは接客スマイルを浮かべながら、油断なく応じる。



「たしかに同じ文章の創作物ではありますが、これは本ではありません。新聞です。これが本に見えますか?」


「見えませんね」


「でしょう? これは『新聞』という形態のメディアです。そして、この国で新聞を発行しているのは現状国だけだと聞きました。であれば……民間であらたに新聞と言う形態のメディアを発行するならば、新しくギルドの仕事として登録するのが当然だと思います。書籍販売ギルドが新聞の発行を業務内容に含んでいるならこちらも考えますが、そういったことはないんですよね?」



 その通りです、と頷く男性。

 それから、辰己の言葉を手帳にメモすると、深々と頭を下げた。



「ご意見、ありがとうございます。書籍販売ギルドの方にもあなたの意見は伝えておきますので。以降なにか問題提起があれば、書籍販売ギルドの方から直に連絡が行くと思います」


「わかりました」


「はい。それでは、お仕事頑張ってください」



 さっさと立ち去る男性。本当に、話を聞きに来ただけのようだ。

 となれば、次にやってくる問題は……書籍販売ギルドか。



「……ふーむ……なんで目、つけられたんだろ。稼ぎ過ぎたか?」



 待たせているタクシーの方に向かいながら、辰己は首をかしげる。国内中に広まるように新聞の発行はやっているので、かなり稼いでいると思われて目をつけられた可能性が高いと踏んでいた。

 とはいえ、ここは善人だけの異世界。

 露骨に足を引っ張ったりしてくることはないだろうから、もしなにかあったらその時に改めて考えれば問題ないだろう――と。


 ……そんな思考、異世界に来る前なら絶対にありえなかっただろうに。

 目をつけられたら、即座に対策を打つために動きはじめなければ、手遅れになると、以前なら判断しただろうに。


 辰己は自分が肩までぬるま湯に浸かってしまっていることを自覚せず、そのまま号外配りの仕事に戻ってしまったのだった。

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