三章『ウソとマコトで荒稼ぎ』
三章『ウソとマコトで荒稼ぎ』 3‐1
「次の作戦に移ろうと思うんだ」
日曜日、休日。
朝食を食べ終えた辰己は、ノエに対してそう切り出した。
切り出されたノエの方はと言えば、特に驚いた様子もなく、むしろ『やっぱり』とでも言いたげな顔で頷く。
「このままのペースだと、交換留学の期間中に金貨を溜めるのは無理ですもんね」
「ああ。だから、次の作戦は――新聞だ」
グディアント王国において、新聞は国が週一で発行している。その他、特別な報せがある場合にも、同じく国が号外として発行し、配ることになっている。
民間が発行する新聞というのは存在しない。
……そもそも 善人ばかりのこの世界では、ニュースにするような事件がそんなに頻繁に起こることもないから、必要ないというのが実情だろう。
国が発行する新聞も、国家予算の遣われ方の説明や、王国民から一週間の間に聞き集められたニュースなどがびっしり載ってわずか十数ページ。
辰己も何度か読んでみたが――翻訳魔法のおかげで、書けはしないが読めはするのだ――日本なら一日の間に起こってもおかしくない出来事が並んでいた。
ちなみに、新聞で一番の人気コーナーは連載小説欄とペットの写真投稿コーナーらしい。
「新聞の発行に関しては、国が発行するという慣例があるだけで特に法律があるわけでもないですから……いいと思います。ギルドに提出している業務内容にプラスしても問題にならないと思いますし」
「だよな。そうだろうと思った」
にやりと笑う辰己。それを見て、ノエは小首を傾げる。悪い笑みを浮かべることに対しては、ここ最近はもうスルー気味だ。
「でも、新聞って、動物新聞でも作るんですか?」
「流石に動物新聞じゃ売れ行きもたかがしれてるだろ。売れるとは思うけど」
「タツミくん、新聞のペット欄好きですもんね」
くすりと微笑ましそうに笑うノエ。少し恥ずかしくなって頬をかきながら、辰己は説明を続けた。
「と、とにかく。新聞の内容は……『虚構新聞』だ」
「きょこう……え、ウソの新聞ってことですか?」
「俺の世界にもそういうのがあるんだ。もろパクリだから流石にちょっと気が咎めるんだけど……異世界だし。許してもらおう」
タツミはスマホを取り出すと、資料として保存していたHPのデータを開く。
差し出されたスマホの画面を読んで、ノエは難しい顔をする。
「私が見ても本当のことを言ってるのかウソを言ってるのかさっぱりです……」
「あー……そっか。俺の世界の常識が前提になってるんだもんな。その辺りの感覚の調整はノエにも手伝ってもらわないといけないのか」
「手伝いますよ、タツミくん。けど、人を傷つけるようなことを書いてはいけませんからね? ただでさえ、ウソをつくのはよくないことなんですから」
「はいはい。わかってるよ、お姉ちゃん。……ま、とりあえずは記事の内容を考えるのと……新聞をどういう手順で作るか、かな? ノエ、印刷とかってどうやってるんだ? この世界」
「原版になる原稿があればコピー機の魔道具がありますから、それを使えばいくらでも。コピー機の魔道具を扱っている専門の印刷業者が街にいくつかあるので、原版だけ作ってしまえばあとは簡単だと思います」
「原版を作るのにPC……いや、技術そのものが欲しいな。一応手持ちのノーパソはあるけど……」
……俺、PCは詳しくないんだよな。
辰己は腕を組んで考え込む。詳しくない、と言ってもデザイン系のソフトを扱う知識がない、という程度のものだが、見にくい新聞なんて誰も読まない。
ある程度のデザイン能力は必要だろう。手書きは論外だ。辰己の字はあまり綺麗ではない。
「タツミくんの言うパソコン……ほどの多機能なものではないですけど、新聞を作るだけなら、デザインができる魔道具がありますよ?」
「いや、でも、技術がないから」
「技術ならここにあるじゃないですか」
えへん! と張った胸を軽く叩くノエ。まさか、と思う辰己だったが、ノエは自信満々な様子で言う。
「これでも異世界人であるタツミくんのお世話を任されるくらい優秀な学生なんですよ? 私は。当然デザインなどについても最低限、授業で学んでいます。魔道具研究のプレゼンにも必要な技術ですからね」
「おう……マジか……頼りになる」
「いいんですよ頼って。お姉ちゃんですから」
えへん、とここぞとばかりに胸を張るノエ。そんなに役に立ちたかったのだろうかと思いつつ、辰己はノエのことを持ち上げる。
「いや、本当に舐めてたよ、ノエ。流石お姉ちゃん。新聞政策はものすごい頼っちゃうと思うけど、大丈夫?」
「もちろんです! このお姉ちゃんに任せておいてください!」
それに、と。
ただ調子に乗っていたかに見えたノエだったが、ふと柔らかな――慈悲の籠った笑みを浮かべると、辰己のことをまっすぐに見つめて言う。
「タツミくんは少し頑張り過ぎなところがありますから。それを……手伝えないのが、私は心苦しいです。だから、任せちゃってください」
「――――、いや、別に、頑張り過ぎとか……そんなことはないと思うけど」
一瞬言葉を失って、けれど辰己は誤魔化すように言葉を続ける。
だけど、ノエはそんな辰己のごまかしを受け入れない。
「頑張ってます。ずっと全力で走り続けてるみたいに……私には思えます。それが、少しだけ羨ましくて……だけど、心配にもなって」
「……頑張ってなんか、ない。俺程度で頑張ってるなんて言ったら、他にいくらでも頑張ってるやつなんて居るんだから、そいつらに失礼だよ。俺なんか頑張ってない」
どこか投げやりな気持ちで、辰己は言う。
実際、辰己は自分が頑張っているとは思っていなかった――もちろんやれることをやっているとは思っているが、『頑張る』の内にカウントしていなかった。
だって。
頑張ってるなら、頑張っていると他人に認められるならば。
もっと、納得のいく『良い結果』を得ていてもいいだろうに――と、思うから。
だから辰己は自分の努力を認めない。頑なに。
だが……ノエは違う。
この世界の住人である、ノエは違う。
辰己の背景を理解しないノエは、優しく、甘く、辰己の手を取り微笑むのだ。
「頑張りは人によって違います。タツミくんの頑張りは、タツミくんだけのものだと、私は思います。だから、いいじゃないですか、頑張ったって褒められたら、頑張ったんだなって、喜んだって。それとも、お姉ちゃんの言葉が信じられませんか?」
「信じられないなんて……ことは」
ある。
だが、その疑心は、ノエに向けられたものじゃない。
辰己は自分が信じられないから……自分の努力も信じられないから。
「……無理だよ。俺の努力なんて努力じゃあないんだ。それは絶対に……そういうものなんだよ」
辰己は席を立って、ノエの手を振り払って、自室へと足を向ける。
「少し休む。一時間くらいしたら、また、手伝ってほしいって声かけると思う。その時はお願いできる、ノエ?」
辰己の少し身勝手なお願いに、ノエは少しだけ寂しそうにしながらも、頷いてくれる。
そのことが、辰己の心を苛んだ。
そして、自分の部屋に閉じこもった辰己は、やっぱり、と頭を抱える。
――自分はきっと、元の世界に戻っても。以前ほど器用には生きられないだろうと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます