間章
ノエの日記 2
今日、学校の帰りに、お父さん・お母さんのお店に寄った。夕飯を食べるためだ。
タツミくんのお店は、場所移動後も順調みたいだ。私が学校に行っている間も、アパートで個別相談に乗って、稼いでいるらしい。
……このままいけば、本当に今月中に金貨百枚を稼いでしまうかもしれない。
けど、千枚はどうだろうか?
月に百枚稼いだとして、十か月。
交換留学の期間は半年、あと五か月だ。順当に稼ぎ続けたとしても金貨六百枚が限度だろう。
普通に考えたら、無理だと思う。
けど、もしかしたら、という気持ちもあって。
他の人の意見も聞きたくて、食事をとりながら、暇そうにしていたシュナに話しかけると、シュナは楽しげに言った。
「いや、あの子はすご過ぎでしょ、マジで。普通一か月で金貨百枚とか無理だって。
前に褒めたら『もとの世界にあったこと真似てるだけだから』って言ってたけどさぁ、それもそれで才能でしょ?
異世界がどんなところか知らないけど、少なくともグディアント王国内でなら、タツミの異世界知識は通じるし、半年で千枚は十分射程圏内じゃない?」
シュナは店に居る間ちょくちょくタツミくんと話しているのもあって、随分と惚れこんでいる様子だった。……シュナはいい子だし、タツミくんとくっつくならそれはそれで応援したい。
そもそも異世界の人が移住していいのかな? っていう疑問はあるけど。
交換留学が上手くいったら、その辺りも検討にはいるのかもしれない。
……と、そんなことを考えていたら、不意にシュナから飛んできた質問に私はちゃんと答えられなかった。
「ノエは? タツミのこと、どう思うの?」
「……え? どうって……一か月で百枚も稼いで、すごいなって?」
ちょっと間の抜けた返事を返してしまうと、シュナは呆れた様子で、もう一度質問を変えて問いかけてくる。
「そうじゃなくって。元々ノエが聞いたんじゃん? タツミのことどう思うかって。
アタシはタツミのこと、お店でしか見てないから、稼いでてすごいなっていう感想がほとんどだけどさ。なんか、あるんでしょ? ノエは、他に」
問われて、私は、なんと応えるべきか迷った。
私の中に、シュナの問いかけに対する答えはなかったから。
タツミくんを評する言葉を、私はまだ、持ちあわせて居なかった。
やったことに対して、すごい、とは言えるけど。
彼そのものを評することを……私は。
「いいから話してみなって」
「……まとまってないんだけど、いい?」
「いいにきまってるじゃん。ほれ、言ってみ」
シュナに促されて、私は、ぽつりぽつりと、自分の中にあるタツミくんに対する感想を述べて行った。
「タツミくんは……時間の流れが違う気がするの」
「それって……寿命が違うから、とか? そういう意味じゃなく?」
「そういう意味じゃなくって。タツミくんは、すごく早いの。
体の中を流れてる時間の速さが、私たちよりきっと、倍は早いんじゃないかな」
けど、その速さは、タツミくんに元から備わっているものではない……と、私は思う。
無理をしている、きっと。
だから、私は、タツミくんにもっと頼って欲しいけど――彼はそうはしない。
私が構おうとしても、彼の時間の早さには、私はついていけていないから、彼が頼ってくれない限り私が彼をケアすることは出来ない。
「……無理してる、気がするの。タツミくんは。
タツミくんの早さは、目標に向かって、自分の全て燃やし尽くすみたいな、そんな無理を感じて……けど、だから、すごいなって思う」
私にも、目標はある。
魔法の力が宿った道具……魔道具。
それを発展させて、もっといい社会にしたい。人が、もっと、便利に暮らせる世界を作りたい。
けど、それを成し遂げようとするとき……タツミくんのようには、早くなれない。
「なにが違うんだろう」
タツミくんの中で、何かが燃えている。
何かが燃えて、エネルギーとなって、タツミくんの体を限界以上に動かしてる。
それは私の中に無いもので。
「……羨ましいな」
私のつぶやきに、シュナは驚いている様子だった。
「珍しい顔してる、ノエ」
「珍しい顔って……どんな顔?」
「恋する乙女の顔、みたいな?」
「なにそれ」
からかっているのか、それとも本気で言っているのかわからず、苦笑を返すしかない。
だけど、苦笑しながら、私は納得するしかなかった。
恋する乙女、言い得て妙だ。
私はタツミくんの、なにか、自分とは違う心の推進力に、憧れている。
それを、わかりたいと、思っている。
その気持ちはきっと、恋に似ているのだろう。
……多分。
恋も知らないままここまで来た私にはよくわからないから、惚れっぽいシュナの言葉を頼りにしておこう。
いずれにせよ、タツミくんが来てそろそろ一か月。
次の一か月はどんなことをするのだろうかと、今から楽しみだった。
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