二章『ちょろいぜ異世界』 2‐7


 辰己の開いた店は、順調に成果を出していった。

 口コミをお願いした客が、しっかりと仕事をしてくれたというのもあるだろう。

 客が善人しか居ないという部分が、ここでもしっかりと良い方向に作用してくれていた。


 三日もすると、辰己の占い&悩み相談の店は列待ちが出来る程に。


 そして、列が出来るようになったところで、辰己はすかさずノエの両親の店への利益還元を行う。

 ノエの両親の店で飲食した客は二割引き、という看板を掲げると、占いをしてもらう前にと、占いをしてもらいに来た客も店に入るようになった。


 五日もするとすっかりその方式は板につき、ノエの両親たちもいつも以上の客入りに忙しそうにしながらも嬉しそうだった。


 そして、一週間が経った頃――

 辰己は、次の作戦に出ることにした。



「……お店の場所を変える?」



 夜。

 アパートでノエの作った夕食を食べながら、辰己は今後のことについて相談していた。

 店の場所を変える、という相談を。



「うん。既にいくつかの店舗と契約してきた」


「それで今日はお店を午前中で切り上げてたんですね。帰りも遅かったですし」


「その通り。ちょっと移動にお金使っちゃったけど、その分の成果は出せたよ。

えーっと……地図はっと」



 辰己はマイ箸をおくと、国内の小さな地図を広げながら説明する。

 契約した店の場所には既に赤く印がつけてあった。


 場所は四か所。ノエの両親の店もあわせると、五か所。

 ノエの店以外は、どれも四本のメインストリートに面した店だ。


 それを見て、ノエは驚いた表情をする。



「これ、全部メインストリートのお店じゃないですか。よく引き受けてくれましたね」


「一応手付金は払ってるから。ま、かなり安いけどね。どうやら俺の噂は結構いろんなところに広まってるらしくて、店を出したいって言ったらすぐに了承してくれた」



 客商売の強みは、情報収集の面もある。特にインターネットなどがないこの世界では、人づての情報と言うのは馬鹿にならないものだった。

 客からの情報を得て、辰己は他の場所でより多くの客を集めることに踏み切ったのだ。



「現状、ノエの店の前でやっていてこれ以上の客は集まらない。大体日に二・三十人とかで安定してる。一昨日なんか二十人割ってたしな」



 一週間での売り上げは、日に金貨2~3枚で、計十七枚だった。

これでも日本で似たようなことをやった場合を考えれば破格の人の集まり具合だが……さらに今後、ここから税金などが引かれるのを考えると、もう少しペースを上げて行きたい。

 そのための店の場所替えだ。



「メインストリートならもっと人が集まる。噂にもなりやすい。

さらに……ノエの両親の店を含めた五つの店を、一週間の内五日使ってローテーションする。

このことは、昨日店に来てくれた客にはもう伝えてある。常連客にはもう大体情報が行きわたっただろう。他の店にも通知してあるから、看板を出してくれているはずだ」


「手回しが早いですね、タツミくん」


「呆れてる? 感心してる?」



 ノエの表情がなんの感情を表しているかわからず辰己が尋ねると、ノエはくすりと笑みを漏らして応えた。



「いえ、素直に関心してます。そういうのって、普通もう少し時間をかけて調整するものだと思っていたので……」


「遅いとアイディアとられるからね、俺の世界じゃ。スピード命だよ、どいつもこいつも。パクるのもスピード命だし」



 実際。

 辰己のやっていることは日本で見たことのつなぎ合わせで、アイディア的に新しいものはなにもない――そもそもそんな斬新なアイディアを出せるような頭を持っていたら、辰己はもうちょっと楽しく生きていただろう。


 だが、それでもいい。

 この世界でなら、まだ通じる。

 異世界でなら、辰己の『クズさ』は『新しい』。



「けど、五日間お店をだすなら、残りの二日はどうするんですか?」



 ごはんを再び食べ進めつつ、ノエが首をかしげる。辰己も冷えない内にとちまちま食べ進めながら、話をしていく。



「そこを相談しようと思って今話題に出したんだよ。実は、土日の間は個別の『悩み相談』を引き受けようと思ってるんだ。で……この家を相談場所にしたいと思ってるんだけど……いい? 家に人あげたら、まずいかな」


「いえ、問題ありませんよ。あ、でも、タツミくんの部屋はまずいかな……? 異世界の物品で埋まってますから。異世界のものに触れさせすぎないようにって言われているので」


「あの王様、一応注意くらいはしてたのか……自由に行動出来過ぎてるからなにも言ってないのかと思ってた」


「客間が一部屋空いていますから、そこを使ってください。特にものは置いてませんけど、テーブルとクッションが置いてあります」


「ありがとう、十分だよ。じゃあ……一週間、とりあえずそんな感じで試してみようかな」


「上手く行くといいですね、タツミくん」


「上手くいかせるんだ。もちろん、俺の手練手管なんてたかがしてれるけど」



 和やかな笑みを浮かべるノエの応援に、辰己はさらに決意を固める。



「――一か月で金貨百枚。まずはそこからやってやるんだ」



 辰己の宣言に、ノエが目を見開いて見入る。

 だが、辰己はそのことを特に気にすることは無く。

 ノエの中の変化を気に留めることもなく、目標に向かってまい進していくのだった……



 ……その後。

 辰己は本当に、一か月と少しかけて金貨百枚を溜めることに成功する。

 無事に金貨百枚を溜めたことを確認した辰己の喜びの声がなんだったのか――それは、ノエも、誰も、知らない。


 だが、『ちょろいぜ異世界』と言わなかったことは、確かだろう。

 ちょろかろうがなんだろうが。辰己にとって他人の脚を明確に引っ張ることなく目標を達成することは、心の底から嬉しいことなのだから。

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