二章『ちょろいぜ異世界』 2‐6
ノエとの練習になっていない練習を経て――
辰己は本格的に、占い兼悩み相談の店をオープンさせた。
日本から持ってきたタロットカードと、占い本と、口先の技術を総動員させて、上手いこと悩みを聞き出し心を軽くしてやる。
この世界の人間は、善人ばかりだ。
その善性は他人に迷惑をかけることを嫌う。悩みを相談するのは家族だろうとノエは言っていたが、それはつまり、そのくらい親密でなければ自分勝手な悩みなんて相談できやしないということだ。
だから、辰己はその隙を突く。
占いと言う名目でおびき寄せ、悩みを聞き出し、悩み相談にシームレスに移行する。
一度悩みを吐き出させてしまえば容易い、相手の意見に同調しつつ、問題の本質がどこかを可能な限り見極めて、『解決しない』程度に助言する。
解決しない。
それが悩み相談を商売として成り立たせる最大のポイントだ。
解決しなければ、この善人ばかりの世界の人間は、頼るところを見つけられず必ずまたやってくる。
利益度外視で、一日目に来てくれた客全員、代金を受け取らず返しているのはそのせいもある。
一度目に来た客は、口コミをばらまきつつ、必ず二回目も来る。名刺の裏面を使ったポイントカード(スタンプの代わりに名前の印鑑を使っている)も、その後押しになるだろう。
だから一度目は金をとらなくていい。
辰己は今しがた、ポイントカードという名の名刺を受取ってテントを出て行った客の背中を笑顔で見送りながら、心中でほくそ笑む。
成果が明確に見えるのは明日以降だろうが、既に手ごたえはあった。
「……ちょろいぜ、異世界」
「また悪い顔してますよ? タツミくん」
客と入れ替わりにテントを覗きこんだノエが、微妙な表情で辰己のことを見つめてくる。
それに、辰己はそんなことない、とばかりに爽やかな笑みを浮かべた。
「金を稼ぐ人間はみんな悪い顔をしているように見えるんだよ。俺の国じゃ金持ちはみんな悪人だって皆思ってるんだ」
「お金持ちが悪人って……どういう理屈なんですか、それ?」
「自分たちが持ってないものを持っているのはそいつがズルしたからだ、ってこと。
まー、この考え方は流石に一部の馬鹿だけだろうけど。しかし多く金を稼ぐ人間が全く黒くない……ってことは少ないんじゃないかな、とは思うよ、俺も」
「……タツミくん、ズルしようとしてます? その話し口は」
たしなめるような視線を向けてくるノエ。
それに、いやいや、と辰己は手を振って誤魔化した。
「俺はクズだけど、稼ぐためだけに人間使い潰すような悪人じゃないよ。そんな才能もないし。
手は尽くしてるけど、相手の不利益になることは一切してないって誓う。俺の利益になることはしてるけどさ」
悩みを解決しないように気をつけてはいるが、まったく役に立たないようなこともしない。それでは本末転倒で、そもそもリピートを望めなくなってしまう。
「ちょろい、って言ってましたけど、さっき? しかもなんだか悪い顔で」
「そりゃまぁ、こっちの世界の人たちは素直だから。自分の世界でやってたことと比べたらちょろいとも言いたくなるよ」
苦笑しながら辰己は語り、そして頭の片隅で思い出す。
日本に居る時、辰己は他人の脚を引っ張ることで、自分の成果を上げていた。
……思い出しても、自分のような人間(クズ)には行き難い世界だった、と思う。
周囲のありとあらゆることに気を遣い、自身を伸ばす努力をし、他人の脚をひっぱりまくり、それでどうにか生きていられる。
一日に必要なことを全て終えたら、意識を失う様に眠る日々。
それと比べれば、異世界は辰己にとって、非常にちょろい環境なのは違いなかった。
「……あっちに戻ったら、しばらく苦労しそうだけど」
ぬるま湯につかった反動で、日本に戻ったら苦労しそうだと眉間にしわを寄せる辰己。
そんな辰己を見てノエは首をかしげていたが、ふと、思い出したように手を打ちあわせた。
「そうだ、辰己くん、そろそろ夕食の時間なので、お店の中で食べませんか? お母さんとお父さんが、食事を作ってくれるそうです。もちろんお代は必要ありませんよ」
「え? いいの? 軒先借りてるのに」
まだまだ慣れない善意に、辰己は驚きを隠せない。しかしノエは当然と言った様子で辰己に笑顔を向けて、その手を引いた。
薄暗いテントの中から、夕焼けのまぶしい、外へと。
「当り前です。だって、タツミくんは家族ですから。家族で食事するのに、お金なんていりません」
「……ああ、そっか」
ノエの言葉を噛みしめるように、あたたかな手を軽く握り返しながら、辰己は頷いた。
この世界は本当にあたたかなぬるま湯で。
少しだけ……元の世界に帰ることに、辰己はためらいを覚えるのだった。
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