二章『ちょろいぜ異世界』 2‐5
とんとん拍子で話しが進んだため、早速辰己は店の前に簡易テントを立て、中に小さな机を一つと椅子を二つ並べた。
そして準備しておいた看板を立てておく。
看板には――『異世界式! お悩み占い。一回銀貨一枚』。
そしてその下にはいつでも剥がせるように紙に書いた『開店記念で今ならタダ! 口コミお願いします』の張り紙を追加で張ってある。
銀貨一枚は日本円の感覚だと大体千円くらい。
ちなみに本当に純銀がつかわれているわけではなく、普通に銀色コーティングされているだけの特殊な軽い素材だ。
金貨も同じく。
銀貨の下にある銅貨は素材がむき出しだが、これも銅ではなく銅っぽい色をしただけの謎素材である。
見た目は明らかに金属の質感だが、軽さが段違いだ。
この世界の素材はどうなってんだか、と異世界の謎に想いを馳せつつ辰己が準備を終えると、心配そうにノエがテントの中を覗き見る。
「あのー……心配なので、私がお客さん第一号になってもいいですか?」
「心配しなくても大丈夫だよ、ノエ。俺がなにかやらかすとでも?」
「王様に対してあんなに失礼な態度とってた人が言えたセリフじゃないですよ、それ」
ちょっと呆れた様子のノエ。だが、確かに心配もわかる。
というか、辰己も上手く出来るかちょっと心配だったのだ。ノエの提案はありがたいものだった。
だがそんな感謝の心はおくびにも出さず、辰己は普段通りの話し口で了承する。
「わかった、なら、お客さん第一号はノエで。
――こほん。じゃあ、これからはお客さんとして接するよ」
「はい、お願いします」
ノエが頷いたのを見て、辰己は頭の中でスイッチを切り替える。
愛想よく、相手の調子を引き出すような、いわばセールストークの頭の使い方に。
「どうぞ、よくいらっしゃいました。占い相談にようこそ」
いつもよりワントーン高めの声で、滑らかに辰己が言うと、ノエは少し驚いた様子だった。
「まずはどうぞ、お座りください」
「は、はい」
ノエは驚いた様子のまま椅子に座る。自分から客役を引き受けてくれたノエだが、このままでは客役としては不適格だ。
だが、きっと、そんなような客も居る。
善人だらけだろうが、人は人。一人一人心の造りは違い、対応も変わってくる。
だから、辰己は練習だからと手を抜かず、ノエの態度をいつもいつ状に注意深く観察しながら、にこやかに言葉を発していく。
「まず、当店のサービス内容を説明させて頂きます。
こちらではあなたのお悩みを占い、相談することができます。もちろん、どんな内容でも構いません。私は単身やってきた異世界の人間なので、他の人に秘密を漏らすようなこともまずありません。
だから、安心して話してください」
辰己の言葉に、まだノエは身構えた様子だ。
そんな反応も辰己の予想通り。
だから――辰己はそれまで、純粋ににこやかなだけだった表情を、崩した。
親しみのある笑みに、油断の見える笑みに、崩した。
「……なんて、言われてもそう簡単には話しにくいですよね、自分の悩みって。
本当に話していいのかー、とか思っちゃうでしょうし」
「そう……ですね。悩みは人に迷惑をかけてしまうものだと思いますから……家族などならまだしも、他人に話すのは勇気がいることだと思います。よほど仲の良い間柄でなくては」
「迷惑ということなら、お金をもらうので気にしなくていいんですよ。
これは商売、悩みを聞くという商売なんです。
あ、今は無料だから罪悪感あります? だったら――そうですねぇ、俺のくだらない悩みをどうぞ一つ聞いてください、あなたの話の前に。それでフェアってものです」
「悩みがあるんですか、タツミくんっ?」
ノエは辰己の言葉を聞くと、突然いつもの様子に戻って、前のめりに迫ってきた。
思わず辰己がのけぞるものの、ノエの攻勢はとまらない。
「それはもしかして、私たちの世界に関することですかっ? そういうことがあるなら、いつでも言ってくれていいのに……! 力になりますからね、タツミくん! お姉ちゃんに任せてくださいっ」
「ま……待った待った! ノエ! 客の態度じゃないからいくらなんでも! 練習にならないって!」
辰己が言うと、ノエははっとした様子で、恥ずかしそうに椅子に座りなおした。
それから、申し訳なさそうに声を搾りだす。
「ごめんなさい……! タツミくんに悩みがあると聞いて、つい……」
「今のはただのトーク術だから。悩みを打ち明けると、心の距離が縮まるって言う。ついでにちょっと軽口も織り交ぜたりして、相手に話しやすくさせるんだ、悩みを」
「なるほど。タツミくん、いろいろできるんですね」
「……ま、勉強するよりは人の顔色伺う方が得意だからね。ゴミクズなりの処世術ってやつだよ」
皮肉げに唇をゆがめて辰己は言うが、ノエは本当に関心した様子で笑顔を向けてくる。
「そんなことありません。勉学ができること、頭が良いことだけがすべてではないと思います、私は。タツミくんが勉強以外のことが得意だというのは、タツミくんも思わぬところで役に立つ才能だと思います。
――役に立たない才能を持っている人間なんて、いないんですから」
本気で信じている目で、ノエは言う。
辰己の中にある可能性を、本気で信じている目で。
その目が、辰己には、耐えられない。
そんな目で見るなと、追い払いたくなるのをぐっとこらえる。飲みこむ。
代わりに大きなため息を吐いて、辰己は椅子に座りなおした。
尻の座りが妙に悪い。流石に椅子が安すぎたのかもしれなかった。
「……もういいよ、ノエ。練習は十分! 時間もないし、開店だ」
「……そうですね、すみません、ちゃんと練習相手になれなくって」
「いいよ、まったく練習にならなかったわけじゃないから。ノエはこれからどうするんだ? お店の手伝いでもしてる?」
「そうですね……いつも人手不足ですから、少し手伝ってきます。たまに様子、見に来ますね。あまり失礼なことをしてはダメですよ?」
「『客』には失礼なことはしないよ。稼がなきゃならないんだから」
「だといいんですけど――あ、それと、一つだけ」
テントを出ようとしたノエが、足を止める。
そして、澄んだ瞳で辰己を見つめながら、疑問を投げかけてきた。
「本当に、悩み、ないんですか?」
――向けられた純粋な善意に、辰己は、息がつまるのを感じた。
「……まぁ、うん、そうだな」
ここは善意にあふれていて。どいつもこいつも強く正しく美しくって。
「あるっちゃあるけれど――」
自分のようなクズには、あまりにもまぶしくて、だから。
「――それは俺の世界の問題さ。だから今は秘密。そのうち話せそうなら、教えてあげるよ、ノエにも」
『早くこの異世界を去りたい』という本音を隠して、辰己は笑顔で嘘を吐いた。
それに、ノエはなにを思ったのか。
一瞬だけ、それこそなにか、思い悩むような表情を見せてから、笑みを浮かべた。
「わかりました。では、楽しみにしてます、その時を」
「出来れば話したくないから、来ないといいと思ってるよ。重いんだ、俺の悩みって」
「大丈夫です! どんな悩みでも、受け止めます。私はタツミくんのお世話係で、お姉ちゃん替わりで、同居人ですから」
任せてください、と拳を握って見せるノエ。
ノエの言葉が真実なら、きっと辰己は救われる。
だが……そんな未来はきっとありえないから。
「だといいな」
辰己は曖昧に笑って、ノエの言葉を受け流した。
まばゆい希望を切り捨てるように、受け流した。
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