二章『ちょろいぜ異世界』 2‐4
ギルドで新事業立ち上げの手続きを行った後、辰己はノエと共に必要最低限の道具を買いそろえて行った。
超簡易テントに、折り畳みの机と椅子。それから、ポスターを作り、看板に貼ってどこでも立てかけておけるようにしたものを用意しておく。
ノエからお許しが出た範囲の金額で、きっちりと辰己は用意を終え。
そして、翌日――早速ノエの実家だと言う飲食店へと出向いた。
「いらっしゃぁい! ってあれ? ノエ? と……ああ! 異世界の人? マジ? 良く来たねー、こんな場所わかりにくいお店!」
店に入るなり、辰己とノエを迎えたのは小麦色に日焼けした、茶金髪のくせっ毛ロングヘアの、テンション高い女だった。
ノエとは似ても似つかないが……
「……ノエ、この人がまさかノエの母親だったり……?」
「いやいやいや違いますっ!
この子は私の友達で、シュナって言う子です。ずっとここで働いてくれているんですよ」
「ほ……よかった。流石に母親だったとしたらギャップがすごすぎる」
辰己が安堵のため息を吐いていると、シュナ、と呼ばれた日焼け金髪の女が手を差し出してくる。
よく見たらエプロンをしていた。テンションのインパクトが強すぎて、そこまで気が回っていなかったことを反省しつつ、辰己はシュナの手を握る。
「初めまして。芦屋辰己です。辰己って呼んでくれ」
「アタシはクルシュナ=レノール・フィ。
ノエも言ってたけどシュナって呼んでよ! よろしくね、異世界人のタツミ」
軽く握手を交わすと、シュナは快活な笑みを浮かべながらも首をかしげる。
「それで? 今日はノエの実家に御挨拶?」
「当たらずとも遠からずって感じかな」
「あはは、なにそれ。めんどうな言いかたするねぇ、タツミは」
「性分なんだ、多分。それで、店主の方はどこにいるんだ?」
「ん、ノエのお父さんならこっちだよ、ついてきなよ」
シュナに先導されて、辰己とノエはキッチンの方へと向かう。
すると、料理をしていた、いかつい顔つきの男性がこちらを向いた。
この世界の人間は見た目はほとんど年を取らないのか、顔つきはいかついものの三十歳くらいにしか見えない。
「テンチョー、ノエが彼氏連れてきましたよー」
「かれっ……! しゅ、シュナ、違いますからっ。
彼氏ではなくて異世界からのお客さんですから!」
「え、でも同棲してるんだしほぼカレシじゃね?」
「違います! タツミくんはどちらかといえば弟なんです。
そして私はお姉ちゃんです、どっちかっていうと」
「ええー……? 男女で二人暮らししてるのに、そんなんある? マジで言ってるの?
タツミはそれでいいの?」
「別にいいんじゃない? 俺は気にしてないよ、弟扱い」
「わかんねー。プライドとかないん?」
そんなもんはない、と言おうと思った辰己だが、それより先にシュナはとっとと立ち去ってしまった。仕事に戻るのだろう。
口調はあれだが真面目な店員のようだ。
そして、残されたのは辰己とノエと――ノエの父親。
まずはノエが先に、父親に話しかける。
「ただいま戻りました、お父さん。お店の方は順調ですか?」
「……、……、……、」
ノエに話しかけられた父親は……なにも言わない。
気難しい人なのかな、と思ったが、ノエはなにも言っていないはずの父親に対して、笑顔を返す。
「そうですか、最近は客入りもちょっと多く……それはよかったです」
「え? 今そんなこと言ってた?」
何も言っていないはずの父親の言葉を理解しているノエに、辰己は驚く。
だが、ノエは少し恥ずかしそうにしながらも、当然と言った様子で言う。
「父は少し無口なので……一緒に生活していたら、何を言いたいのか自然とわかるようになったんですよ」
「そんなことある……?」
辰己が疑っている間も、ノエとその父親は楽しそうに話をしている。
だが、三分もすると、辰己が置いてきぼり状態なことに気付いたノエが申し訳なさそうに辰己に話を振ってきた。
「あ、ごめんなさいタツミくん、私たちだけで話しこんでしまって」
「いや全然話してなかったよ? お父さん何も話してなかったけどっ?」
「お父さんがお話を聞いてくれるらしいので、タツミくんからどうぞ。
私はその間に、お母さんにも少し挨拶してきますね」
言い残して、ノエは調理場を出て行ってしまう。するとノエの父親は調理に戻りながらも、ちらちらと辰己の方に視線を向けていた。
それに、どうやら話を聞いてくれる気はあるようだと、辰己はおそるおそる口を開いた。
「え、ええっと……初めまして、芦屋辰己です」
「……」
ノエの父親は何も言わない。
「今日はお願いがあってきました。店の軒先を貸して頂きたいと思って」
「……」
ノエの父親は何も言わない。
「実は、この世界で商売を始めようと思っていて……販売などは行いませんが、軒先で少し占いのようなことをしようと思っているんです」
「……」
ノエの父親は何も言わない。
「だからー……そのー……現状ではお金をお支払い出来る用意は無いのでそちらにメリットは無いのですが、収入が入ると分かったら、場所代のお支払はするので、よければ前向きに考えていただけると――」
やはりなにも言わないノエの父親に、流石に辰己も心が折れそうだった。
どうしたものかと口をつぐんでいると、不意に辰己の横を人影が横切る。
人影はその手に持っていた紙束を丸めたものを、勢いよくノエの父親の頭に叩きつける!
「え、ええっ?」
後頭部を抑えるノエの父親。辰己が驚いていると、父親の頭を叩いた女性は、柔和な笑みを浮かべて振り向いた。
「ごめんなさい、この人ってば本当に昔から無口なの」
「あなたは……の、ノエのお母さん、とか?」
「あら、良く分かったわね。そう、私はノエの母親です。
ごめんなさいね、うちの人が無口で、困ったでしょう?」
ノエの母親だという女性は、申し訳なさそうに頭を下げると、父親の方を向く。
そして父親がなにかもそもそとつぶやいたのを聞いて、うん、と頷き、何かを理解した様子で辰己の方に向き直った。
「お客さんに迷惑にならない範囲でなら、好きに使ってくれて構わないそうよ。
場所代については、三日四日様子を見てちゃんと収入になりそうなら、ってことでいいって」
「本当ですか? ありがとうございます」
「気にしなくていいわ。世の中助け合いだもの」
やはりというか、ノエの両親もノエに負けず劣らずの善人だ。
交渉となれば多少難航するだろうと思っていた辰己は、上手く事が運んでいることを喜ばしく思いながらも――
物足りなさというか、肩すかしのような感じを、どうしても覚えてしまうのだった。
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