一章『大胆不敬な異邦者』 1‐5


 王様が待っていると言う部屋の中は、割と普通だった。

 大仰なホールになっているわけでもなく。

 サイズとしては大きいが、特別な装飾が施されているわけでもない、そんな部屋だ。

 しいて言うなら窓が無く、天井にはここまでに来る間に見覚えのある照明が等間隔に設置され、部屋を照らしていた。


 部屋の中央には、大きな丸テーブル。

 その、奥に――一段高い席があり、一人の男性が座っていた。


 年は五十代と言ったところだろうか。銀にも見える金髪の、白い肌の男だ。

 ノエと同じくアオザイに似た服を着ているが、男性用なのかノエの着ている女性用のものよりも全体的にゆったりとして体のラインが見えない作りになっている。

 そこまで華美な装飾は見られず、辰己の中の王様像とはあまり合致しない印象だった。


 だが、威厳はある。

 部屋に入った辰己とノエを睥睨する様子は、一国の王に相応しい雰囲気が漂っており、平々凡々な一般市民である辰己は自然と背筋が伸びるのを感じた。


 それからどう動くべきかと戸惑っていると、王様の方から声がかけられる。



「好きな場所に座ってよい。背を向けられては困るがな」


「では、お言葉に甘えて」



 辰己は王様の前にある円卓の、適当な場所に座る。王様の正面から少しずれる位置に。

 するとノエも辰己の隣に座った。王様の正面は畏れ多いのか、それとも別の理由か、ノエも正面は避けていた。

 そして二人が着席したのを見ると、王様は口を開く。



「遠くからよく来た、異世界の青年よ。改めて、名前を聞こうか」


「芦屋辰己と申します、王様」


「そうか。――我が名はマージ=グディアント・キグ=キディアント・ファ。皆はグディアント王と呼ぶ」



 流石王様名前も長い、と辰己は思ったが口には出さなかった。

 あまり失礼を働きすぎるなと、事前に国から釘を刺されているのだ。

 信用が無さ過ぎて逆に失礼を働きたくなっている辰己だったが、流石タイミングくらいは選ぶ。


 まだその時ではない。

 それに――



「失礼ですが、グディアント王。なにか……違いますね、あなたは」



 辰己は、グディアント王からこの世界の他の住人とは違う雰囲気を感じ取り、興味を引かれていた。

 王様としての威厳に最初こそ気圧されていたが、クズの辰己はすぐさまグディアント王の中に、表面の王としての部分以外の資質を見出していた。

 それは、すなわち。



「――今日初めて、俺の知っている『人間』に出会った気分です。グディアント王。

欲の宿った目。値踏みする目。それをとてもよく知っていますよ。俺の世界の『日常』だ」



 にやりと、辰己はグディアント王に笑みを浮かべる。

 すると、グディアント王は冷ややかな――善意ではない視線を辰己に向ける。



「異なる世界では、本当に、『我ら』のような人種が全てのようだな。お前のような、礼儀も知らぬ民草の一人に至るまで」


「そう! その通りですよ、王様。俺の世界は見渡せばゴミ、クズ、肥溜めのオンパレードで鼻が曲がるほどですからね! 温室みたいな世界でお育ちの王様の前にのうのうとやってきて、今俺は恥ずかしくてたまらないくらいです」



 今日初めて辰己は素直に悪意をぶつけてもよさそうな人間を見つけて、汚い手を、汚い言葉を使ってもよさそうな人間を見つけて、少しテンションがアガっていた。

 礼儀のオブラートに包んだ暴言を吐く辰己に、グディアント王は呆れた様子で額を抑えた。



「ここまで素直に悪意を向けられたのは初めてだ。表面上は繕っているのが、なおさら性質が悪い。本当に人間か、お前は」


「俺が逆に問いたいくらいですよ。王様のような人間は、この世界ではそれほど希少なんですか?」


「欲深きは王の血筋のみに在る素質。王家においても欲あるものは常に子の内に一人のみ。そのような世界なのだ、ここは」


「……それはそれは。しかし王様には欲がある。いやいや、攻め込んだら秒で滅びそうとか考えていましたが改めます。王様がそれなら、意外と大丈夫そうだ」


「……今の我では欲深さが足りぬ。近頃、そちらの世界を中心に異界に繋がる術が様々な異世界に『飛び火』していると聞く。もし、悪意あるものがこちらの世界に自由に攻め込めるようになれば……この世界は詰むだろう」


「だから俺のようなクズを呼んだと。……何故です? 素直に交渉して防衛策などを交換条件で提供してもらった方が良いと思いますが」


「素直に交渉するのか、お前たちの世界の『人間』は」


「いやぁ、そこは腕の見せ所だと思いますよ、グディアント王」



 辰己が腕を軽く叩くようなしぐさをしてみせると、グディアント王は目元を険しくした。それに、隣に座っていたノエが体を強張らせるのがわかった。



「……あの、タツミくん、あまり失礼なことは……」


「ちょっと黙ってて、ノエ。今大事な話だから」



 ぴしゃりと意見を遮ると、ノエは大人しく口をつぐんだ。耳も抑えたそうだったが、王様の前でそれは失礼だと思うのか、膝の上に置いた手をぴくぴくさせていた。

 そんなノエを横目で見つつ、辰己は言葉を続ける。



「グディアント王。あなたは俺からクズな人間が何をするのかを学び、そして今後役立てたいと思っている。だから交換留学と言う形で呼んだ。……そう聞いています」


「その通りだ。これはある意味、予行練習なのだ」


「でしょうね。ですから――俺は今からクズ代表として、王様に無茶ぶりってものをさせていただきます」


「なにを馬鹿なことを。その『無茶ぶり』とやらをこちらが聞く理由があるとでも」


「ありますよ」



 辰己が被せ気味にグディアント王の言葉を否定すると、流石に王様も聞く態勢をとった。

 隙あらば反論してやろう、という意思をその目ににじませながら。


 そんな王様を見て、辰己は『いいぞ』と思った。

 欲ある王様相手なら、こちらにどうにか『勝ってやろう』という考えを持っている王様相手なら、辰己はなんの遠慮もなく行動できる。

 辰己は善人を騙す悪人ではないけれど――クズだから。

 勝ってやろう、なんて思っている相手の足を引っ張って転ばせて、自分の得だけをもぎ取って行くのは得意なのだ。



「――では、理由を説明させていただきましょう」



 辰己は立ち上がると、王様に向けて人さし指を突きつけた。

 もちろん、挑発だ。少しでも頭に血が上るように。冷静にものが考えられなくなるように。



「一つ。この交換留学は、最初からこちらに利益が無い。もちろん、グディアント王の顔を立てることで今後の交渉が多少有利になるかもしれないという利益はあるかもしれないが、それだけです」


「そうかな? お前が我らの世界の技術を学んで行けば、それなりに利にはなると思うが」


「いや、無理でしょう、普通に考えて。なぜなら俺たちの世界には魔力ってものがない。

そして、この世界を支えていると言う魔道具とやらは、魔力を使った道具と聞きます。

魔力の無い世界ではガラクタ同然じゃないですか」


「……確かに。そちらの世界に魔力と類似した力はないのは確認している。

お前たちの世界では、我も魔法は使えない。門がこちらからしか開けないのも、そのせいだ。

だが、それだけでは弱いだろう。他にも理由があるなら申してみろ」


「では、二つ目を。

逆に、そちらには多大な利益を俺たちはもたらしている。

交換留学による悪意の勉強。いずれ交渉する際のリハーサル。

俺たちの世界の機械技術は、こちらに持ちこんでも使えるものも多いでしょう。

パソコンやらインターネットの仕組みなんかは特に使えそうだ」


「それは事前に交渉に来たお前の世界の人間も了承していることだ。今更お前がどうこう言うことではないだろう?」


「いやいや、言いますよ。だって、それは俺と王様が交わした約束じゃあないからです。

俺はそれらの、利益のないということについて了承していない。特に説明もなされていない。

だから改善を求めている。こっちにも十分な利益があるような改善を」



 嘘だった。

 辰己は事前に、国から説明を受けている。今回の交換留学、こちらにはあまり利益がないのだと。

 あくまで今後の取引のための足掛かり。

 だから無茶をするなと言われてる。

 しかし――知ったことか。

 辰己の目的はあくまで、国から命じられたミッションをこなし、多額の報酬を得ること。

 そのためなら、辰己の舌は軽やかに嘘を吐く。

 目的のためなら、手段は択ばない。



「説明なく、利益の無い行動を強いられているような状態なんですよ、今の俺は。

可哀そうだと思いませんか、王様。

異世界で一人、明確な利益を得ると言う目標も無くがんばらなくちゃあならない。しかも半年も!

いやいや、心が折れちゃいますよ。なにせこっちは平々凡々な一介の民草ですから」



 あー、困ったなぁー、なんてわざとらしく辰己が悲しそうな顔を見せると、グディアント王は辟易した様子で額を抑える。



「そのようなわざとらしい言動は控えよ。不快が過ぎる」


「煽り体勢ないですね、王様は。――では聞きますが。

この哀れな交換留学生に、王様は王様らしく、慈悲をくれたりしませんか?

王様なんですから、それらしい器の大きさというものを見せてくれますよね?」


「まったく……わかった、なにが望みだ。

こちらも確かに、そちらの世界に何も利益が無いというのは少々心苦しく思っていた。ならば、可能な範囲で願いを叶えよう」



 よっしゃ、と心のなかでガッツポーズする辰己。

 顔にもその喜びは出てしまっていたのか、グディアント王はますます呆れた顔をする。



「お前の世界の人間は本当に……それで? なにを求める」


「俺が求めるものはただ一つ。異世界に繋がる技術に関する情報の全て、です」


「魔力が無い世界に持って行っても、なんの利益にもならない情報だと思うが」


「けど、研究くらいはしているでしょう? その研究内容についても全て教えてください」



 辰己の要求に、グディアント王がわずかに目を細める。

 それから辰己のことを値踏みするような視線を向けてきたかと思うと、顎を撫でながら言った。



「条件がある」


「そこは気前よく無条件で渡してくれるところじゃありませんか?」


「それは無理な話だろう。異世界への門に関する研究は、我が国の精鋭研究者たちが行っていること。それは本来機密情報であり、おいそれと外に出されるものではない」


「……ま、それはそうですか。では、条件を聞きましょう」


「別に大したことではない。お前がここに来た目的を果たせ。つまり――お前クズさ、というものをこの世界で示して見せるがいい」


「ん? それはつまりこの世界を滅ぼすくらいやってみろってことですかね?」


「なぜそうなる。別にそこまでのことをしろとは言っていない。

……いずれ他の異世界との交流を持つこともあるかもしれぬ。その時のために、人々にある程度耐性をつけさせなければならない。そのために、お前には十分に活躍してもらう」


「んー……もう少し具体的な条件を示してもらえるとありがたいんですが」


「では、こうしよう。これから半年の内に、この国で金貨千枚を稼いでもらう。犯罪でなければ、どんな手段を使ってもよい」


「金貨千枚っ?」



 驚きの声を上げたのは、辰己ではない。

 辰己の隣でずっと黙り込んでいたノエだった。

 ノエが立ち上がるくらい驚いているのを見て、辰己は首をかしげる。



「金貨千枚って、そんなに多いの?」


「私の実家の飲食店の年間の純利益が金貨二百くらいですよ!? 半年で稼げる額じゃないです!」



 金貨一枚の価値は大体一万円くらいだ――と、辰己は事前に聞いていた。

 こちらの世界で大体一千万円。

 手段を選ばなければ何とかなりそうだと思ったのだが、ノエはそうは思わないらしい。絶対に無理だ、という顔をしている。

 だが。



「法に触れなければ、何をしてもいいんですね?」


「そうだ。通貨とは、人の信頼を形にしたもの。それをお前の手腕で集めてみせよ」


「信頼……信頼ね」



 グディアント王の言葉に、辰己は思わず笑いをこぼした。

 確かに通貨の元は人との信頼だ。形無き信用に形を与えたものこそ通貨だ。



「けど、王様。俺の世界では、悪人こそ通貨を多く稼ぐんですよ。信頼、信用なんて言葉とは無縁の悪党こそ、多くの金を手にするんです」


「聞き及んでいる。悪党であればこそ、人をだますのに信用が居るからだと」

「その通り! であればその条件は俺にとっては容易いことでしょう。

俺は悪党ならずとも、勝つために手段は択ばない程度にクズであるならば」



 辰己はグディアント王に向かって、指先を向ける。

 そして、不敵に笑って、宣戦布告した。



「その条件、飲んだ。――クズの手練手管をご覧あれ」



 大胆で不敬な宣戦布告に、隣でノエがますます慌てた様子で右往左往していた――

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