一章『大胆不敬な異邦者』 1‐4
「こっちです、タツミさん」
バスを降りた後。
辰己はノエに案内されて、丘の上の城に立つ入口にやってきていた。
城の周りはぐるりと城壁に囲まれており、その内数か所が出入口になっているらしい。
その出入口の一つにやってくると、入口横の守衛所の女性が話しかけてくる。
「こんにちは。今日はどういったご用件でこちらに?」
「異世界から交換留学生としてやってきた、タツミ・アシヤさんをお連れしました」
にこやかな守衛の女性に、ノエもまた和やかに対応する。
すると、守衛の女性は箱型の機械らしきものをノエに差し出してきた。
魔道具、というやつだろう。
「異世界の方についてはよろしいので、案内の方はこちらで魔力の確認をお願いします」
「はい」
ノエが魔道具に触れると、魔道具に搭載されていたディスプレイに光が灯る。
それを確認して、守衛の女性は頷いた。
「ノエ=カルバン・フィさんですね。確認しました」
「……身元確認? 一体どういう仕組みで」
なにをしているかと思ったら、身元確認だった。触れただけで個人を完全に把握できることに辰己が驚きを露わにしていると、ノエが説明してくれる。
「この世界の人間は、必ず魔力を保有しています。魔力の無い人間は一人として存在しません。その魔力を産まれた時に登録しておくことで、身元の確認ができるんですよ」
「つまり……単一機能のコンピュータみたいな装置ってことか。画面は? 色数とかはどうなってるんだ?」
「ふふ、気になるなら後で詳しく説明します♪ まずは王様の所に行きましょう」
年上ぽい、微笑ましいものでも見るような微笑み方をされて、辰己は少し前のめりになっていた体を戻した。
少し恥ずかしく思いながら、ノエの後をついて、城の中へ。
城の内部は、まさに西洋の城、というような石造りだった。だが、辰己が最初に転移してきた石造りの建物とは歴史の重みが違う様に感じられた。
「このお城は、全部石造りなのか?」
きょろきょろと周囲を見渡しながら辰己が尋ねると、先を行くノエは軽く振り向きながら応えてくれる。
「いえ、石造りなのは表面だけで、基礎などには最高品質の耐震素材などが使われています。最新技術が生まれるごとにお城は作りなおしていますけど、表面の石造りの層だけはそのまま移植しているんですね。歴史があるように見えるのはそのせいかと」
「それはまた面倒な……いや、けど、歴史って言うのは大事だよな」
「そうですね。祖先の方たちの歴史あってこその私たちですから」
「……」
ノエの言葉に、辰己は押し黙った。
まさか、歴史という名の権力を笠に着られるから、なんてことを、ノエの清らかな言動の後に続けるのははばかられる。
もうなにも言わないでおこうと思いながらノエの背を追い、いくつかの部屋の扉を素通りして――
やがて、一際豪華な扉の前に到着した。
「いかにも、というか……ここが王様の部屋、ってことでいいの?」
「そうですよ」
「もうちょっとなにか手続きがあるのかと」
「タツミさんに煩わしい思いをさせるわけにはいけませんから。私はタツミさんの通行証代わりでもあるんです。――さ、一応身だしなみを整えさせてもらいますね。簡単に」
ノエは振り向いて近づいてきたかと思うと、少し背伸びして辰己の髪型などを整え始める。
詰襟制服にも汚れなどが付いていないか確認して、少しついていた毛玉などをどこに隠し持っていたのか折り畳みの毛玉取りでとって行く。
美人の女性に、至近距離でみだしなみを整えられる――辰己の生活に今までなかったシチュエーションに、辰己は思わず身を固くしていた。
少しばかり、気恥ずかしい。
視線を反らしていると、身だしなみを整え終えたノエが目の前でぱっと花のような笑顔を見せた。
「はい、かっこよくなりましたよ、タツミさん」
「……あの、ノエ。ずっと気になってたんだけど、一ついいかな」
「はい? なんでしょう」
「その――辰己『さん』っていうのは、やめてくれないかな。どうにも、さん付っていうのは落ち着かないというか。翻訳の問題だったら申し訳ないんだけど」
「いえ、翻訳の問題ではないから大丈夫ですよ。けど、それならなんて呼びましょうか?」
「いや、普通に呼び捨てで――」
いいよ、と言おうとしたのだが、それより早く『名案!』とでも言いたげにノエは軽く手を打ち合わせた。
「それじゃあ、タツミくんって呼びますね!」
「えー……?」
それはどうなんだろうと思ったが、ノエは楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに言う。
「タツミくんは、私より年下ですよね? なら、弟みたいなものだと思いますから。だから、タツミくんって呼ばせてください。……ふふ、弟、欲しかったんです♪」
無邪気な喜びの表情を見せるノエ。
そんな顔を見せられては、辰己はなにも言えない。
余計な波風を立てて、今後の行動に支障を出すのもあほらしい。
「じゃ、それでいいよ。……ノエ『お姉ちゃん』」
皮肉交じりに放ったはずの言葉だったが、ノエは逆に目を輝かせる。
これは今後『お姉ちゃん』と呼ばなければならない流れなのだろうかと、タツミは頭を抱えながら、王様の居る部屋の扉を進んでノックした。
この善人空間から早く脱出しなければ、なんて思いながら。
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