一章『大胆不敬な異邦者』 1‐3
バス停についてから、十分ほど後。
辰己とノエは、城に向かう乗合バスに乗り込んでいた。
車体は来る途中何度も見た、家の建築材に使われている金属らしい。塗装が剥げている部分から、未だ見慣れない光沢が覗いている。
バスの座席のクッションに使われている材質は、綿だろうか? 少なくとも、合成繊維っぽい感じはしない。だが、妙に綺麗なのは魔法かなにかかかっているからかもしれない。
バス一つとってもさまざまな発見があったが、辰己がバスに乗って一番驚いていたのは、その振動の無さだった。
普通、バスほどの大型の車両を動かすにはそれなりの馬力のエンジンが要るわけで、そうなると自然エンジンの振動が車体を揺らす。
だが、今乗っているバスからは、エンジンの振動というのはほとんど感じられなかった。
「これ、エンジンはなんなんだろう? 全然揺れがないけど」
「動力は魔道具ですね。周囲の魔力を吸いこんで駆動する、魔法が込められた道具のことを、魔道具と言います。大きなくくりで言うと、このバス自体も魔道具、と言えるかもしれないです」
「魔道具……魔力が電気みたいなものだとして、電動、ってことかな? モーターで動いてる、みたいな?」
「もーたー……? というのは、どういう道具です?」
「えぇと……」
これも伝わらないか、と思いながら、辰己は簡単にモーターの仕組みを説明した。ついでに、辰己たちの世界で使われているエンジンというものも。
その説明を聞いたノエは、納得した様子で頷く。
「モーターにエンジン……なるほど。たしかに、このバスに使われているものは『モーター』というものに似ていると思います。エンジンというのも、似た機構を搭載した魔道具は存在していますね」
「ノエは魔道具っていうものに詳しいのかな? 色々知っている口ぶりだけど」
「私は学校で魔道具について学んでいるんです。もうすぐ卒業ですけど……卒業後も、魔道具開発関連の会社に就職予定なんです」
「なるほど、詳しいわけだ」
「魔道具はグディアント王国の――いえ、おそらくこの世界を支えていると言っても過言ではない技術ですから。世のため人のため、魔道具研究を志す人は結構多いんですよ」
私みたいに、と微笑むノエ。
一方、その微笑みを見た辰己は少々意地悪な笑みを浮かべた。
「世のため人のため、ね。自分のために、とか思わないの? ノエは」
「私のための便利は、誰かのための便利です。人に良いことをするということは、自分にもよいことをするということです。……違います?」
「いやいや、あってると思うよすごく。うん、とってもいいことだねぇ」
「そうですよね」
にこり! と嬉しそうな笑みを浮かべるノエに、辰己は人当たりの良い笑顔を浮かべなおしながらも、心の中ではため息を吐いていた。
――どうにも、この世界はやりにくい。
それが、今のところ辰己が抱いている印象だった。
辰己はクズだが、悪人ではない。手段は択ばないが、対抗するべき相手でなければ、そもそも卑怯なことや悪いことをする気になれない。
そしてこの世界の人間は、辰己から『争う気』を失くさせる雰囲気に満ちていた。
最初こそ嫉妬に似た感情を湧き上がらせられたが、ここまで底抜けにいい人ばかりではそんな感情すら失せてくる。
この世界に来た目的の一つに、『辰己のクズさを披露して、悪意というものを実感してもらう』というものがあった……が。
「……これは、ちょっと難しいかな……」
どうにもやる気が起きない環境に、辰己は今度こそ、胸の中に収めきらなかったため息を吐きだした。
そんなことをしている間に、バスはあっという間に城のふもとに到着した。
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