一章『大胆不敬な異邦者』 1‐2
「ここが異世界……」
石造りの小さな建物を出ると、そこには青空が広がっていた。特に空に辰己の世界との大きな違いはない。
地面は、石畳が続いている。とはいえそれはメインストリートだけのようだ。
家が建っている敷地などは地面がそのままの所も見受けられるが……コンクリートのような舗装が施されているところもあった。
あまり元の世界と変わらないのか、と思っていた辰己だったが、すぐにもっとも大きな違和感に気付く。
それは、建物の表面の色。
どの建物も、輝く鈍色をしていた。鉄のような光の反射に見えるが、なにか違う。
そこまで金属に詳しくはない辰己だったが、それが自分の世界に存在するものでないのはすぐに理解できた。
「建物が気になりますか?」
「かなり。変わった色をしてるけど……金属? なのかな」
「魔法で加工された金属です。とっても硬くて、そして同時に魔力を通すことで自由に接合や変形ができます」
「……だからどの家もつなぎ目がないように見えるのか」
「完全に一枚に繋がった金属は力の逃げ場が無くて強度に問題がありますから、骨組みは木製なことが多いんですよ」
ノエの説明を聞きつつ、ぐるりと改めて周囲の家を見渡す。
辰己たちが出てきた石造りの建物は、大きなメインストリートに面した建物だった。
なぜ目の前の道がメインストリートだと断定したかと言えば、道の先にある小高い丘に、大きな城が建っていたから。
城を中心に伸びてきている道は、まさにメインストリートと呼ぶにふさわしいように思えた。
「この道は、メインストリート、って扱いでいいのかな」
「そうですね。この国……『グディアント王国』では、小高い丘の上の執政機関である城を中心に、東西南北の方向にメインストリートが伸びているんです。
これから、私たちはあのお城に向かい、そこで王と謁見する予定になっています」
「王様かぁ。人生で初めて会うなぁ。一介の高校生が異世界の王様と謁見なんて、なかなかないよ」
「ふふ、それは私も同じなんですよ? 王家の人々は特別な血をお持ちですから、なるべく民衆と関わらないようにされているんです」
「特別な血?」
辰己が首をかしげると、ノエはやや歯切れ悪く応える。
「具体的なことを説明できないのは歯がゆいんですが……なんでも、この世界には稀なる要素を持っていると」
「それって、すごい魔法が使えるとか? この世界、魔法があるんだよな?」
「いえ、魔法は関係ないらしいです。それとは別のなにかが王家にはあると」
ノエの説明に、ふうん、と辰己は曖昧に頷いた。
わからないものを深く考えてもしょうがない。
それよりも優先すべきことがあると、辰己はふと手に持っていたアタッシュケースの存在を強く意識した。
「ノエ、ちょっといいかな? 時間が欲しいんだけど」
「どうかしましたか?」
「ちょっと頼まれごとをこなしておこうかと」
言いながら、辰己はアタッシュケースを地面に置いた。
そして持ち手のボタンを押すと、アタッシュケース内部に仕込まれていた調査機械が動き出す。
側面のパーツが一部開き、土を採取し空気を取り込む。その様子を、ノエは不思議そうに観察していた。
「それは何をしているんです?」
「環境調査かな。土とか、こっちの人間にはよくても俺たちにとっては毒だったりするかも、ってことで」
「こちらに来る際に適応するように魔法がかかるはずなので、その辺りは問題ないと思いますよ?」
「もしも魔法を使わないでこっちに来た時に大丈夫かな、って話なんじゃない? ……あ、そういえば」
調査が終わり、わずかに重量が増したアタッシュケースを持ち上げながら、辰己はふと思い出したことを口に出す。
「こっちに来ると、俺でも魔法が一個使えるようになる……とかなんとか聞いたんだけど。実感ないんだよね。どうやったら使えるか、わかる?」
「改良された『適応の加護』の一種ですね。たしか……魔法を得た人間の体には徴が浮かび上がり、それに触れると魔法の使い方が理解できると聞きました」
「なるほど」
頷いて、辰己は軽く自分の体をチェックしたが、服を着ている状態で見える範囲には徴はなかった。
「……ま、いいや。後で探そう」
「それがいいと思います。もし必要なら魔法の練習も手伝いますね?」
「ん、その時はよろしく。じゃあ、行こうか。お城だっけ?」
「はい! 私も数えるほどしか入ったことが無いので、少し楽しみです。少し行くと城のふもとに向かう乗合のバスが出ているので、それに乗りましょう」
やや上機嫌なノエに先導されて、辰己はメインストリートを行く。
転送されてきた石造りの建物を離れると、徐々に店が増えてくる。
それに伴い、人通りも増えてきた。
先ほどまではノエも着ているアオザイに似た服装をした人間が多かったものの、店が多いところにやってくると、どこか見慣れた服装も多くなってきた。
ただ、やはり異世界というべきか。
それとも、ただただ見知らぬ土地だから、というべきか。
辰己は『空気のにおい』が違うな、と思いながら町を見渡していた。
周囲の人間が注目してきているのもあるが、割と居心地が悪い。
おそらく注目されている理由は、辰己が来ている詰襟制服のせいだろう。
辰己と似たような格好をした人間は一人も見かけられないことから、こちらの世界では詰襟制服のような服装は存在しないか、かなり珍しいのかもしれない。
これは服装選びを間違ったかも、と少しだけ辰己は心の中で反省した。目立つということは反感を買うことだと、辰己の感覚には染みついてしまっているから。
だが、そんな辰己の常識を覆す反応が、不意に周囲から上がる。
「――異世界のお客さん、いらっしゃい! よかったらちょっと食べてってよ!」
好意的な声が一つ投げかけられると、それに続くように次々と、周囲から声が投げかえられた。
それは単純な歓迎の声であり、褒め言葉であり、あるいは言葉にならない歓声だった。
中には辰己に握手を求めてくるものまで居て、あまりにも熱烈な反応に、辰己は呆然としながら近づいてくる人たちに対応する。
そんな辰己を横目に見て、ノエはますます嬉しそうにニコニコ顔だった。
「タツミさん、どうですか? みんないい人たちばかりです」
「ああ、うん、いや……聞いては居たんだよ。いたんだけど」
想像以上だと、辰己はいつの間にか手に余るほど渡された食べ物や、使い道の良くわからない道具、本、彫物などを鞄に仕舞うため一度足を止める。
渡されたものが鞄には入りきらなかったので、仕方なく常備しているビニール袋に入れることにした。
ぎゅうぎゅうになったビニール袋を持ちながら、辰己は眉を寄せて呆れ気味に息を吐く。
「まさか、本当にこんな善良な反応をされるとは思ってなかった。俺の扱いなんて、国賓ってほどのものではないだろうに。普通、奇異な格好してたら敬遠するもんじゃないかな?」
「異世界からわざわざ来てくれたお客様にそんなことしませんよ、普通は」
「どうやら俺とノエとじゃ普通の定義に差があり過ぎるみたいだ。……にしても、こんなにお人よしばっかりじゃ、俺たちの国の人間が攻めてきたら秒で滅びそうで心配だよ」
「攻めるって……なんで攻めるんです? なにか、争っていいことでも?」
皮肉るような辰己の言葉に、ノエは心底不思議そうに首をかしげていた。
まるで、本当に、争いになんか益はないとでも言いたげな無垢な表情で。
その顔を見て、辰己はため息を吐いて、ノエより先を歩きはじめた。
胸の中に渦巻く複雑な感情は――嫉妬に似た何か。
こんなにも純粋に、理論ではなく感情で、争いなんてする必要はないと、する意味は基本的にないと否定できる人間性が育つ世界。
なんて羨ましいんだろうと、辰己は心の中だけで舌打ちしながら、追いすがるノエとなるべく距離を離すように歩いて行った。
その歩みが止まったのは、後ろをついてくるノエがバス停の場所を教えるために声をかけてからだった……
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