999階層の死神

死神と女神 ー会話ログ(E)ー

 後日談――つまりは結果リザルト


 レイドイベントは無事に終了。

 最終的に死神を倒した者は誰もなく、レイドイベントとしては異例の、1度もボスが倒れなかったという結末を経た。


 結果を受け、運営は世界中の全プレイヤーにあらゆるアイテムをお詫びとして配布。

 期間限定で、特定のダンジョンを攻略した場合に得られるアイテムの量を増加させるなどの対処に追われることとなった。


〖そういえば、最近あの2人の噂を聞かないわね】

【飽きたのだろう。人間にとって、この世界はただの娯楽なのだからな〗

〖もう、冷たい言い方ね。凌ぎを削り合った仲でしょうに】

【この世界こそ仮初にして、人々にとって娯楽なれば。他の娯楽に飽きたとき、気紛れにでも現れよう〗


 そう語り、紅茶を啜る死神の姿は、レイドイベントにて発現した顔を晒した姿だ。

 隣でベッドに横たわる女神は、死神の横顔をジッと見つめて微笑んでいる。


【……飽きぬな汝は。我の顔を見るのが、そこまで楽しいのか〗

〖だって。狙って創ってなかったのに、すっごい美男子に出来上がったのですもの。『英雄色を好む』って言うけど、死神も例外じゃなかったってことね】

【我は英雄を狩る側として創られたのだがな〗

〖死神が英雄のような美男子でも、悪いことはないでしょう? それに私にとっても、得だもの。目の保養には丁度いいわ】

【汝の視力は衰えまい〗

〖……視力の問題じゃなくて、気分の問題よ。ずっと面を被ってるだなんて、苦しそうでしょう? スコーンが面の前で消えるなんて怪現象も、起きないしね】


 と、紅茶のお供にとスコーンが出される。

 いつぞやと違い、乾燥させた果物は入っていない。

 代わりに、甘い香りのする宝石のような美しいジャムが添えられている。


 ジャムを付け、スコーンを頬張る。

 咀嚼し、呑み込み。味の余韻に浸り、紅茶で口を清め、またスコーンを食べる。


【……そう凝視するような光景でもあるまい〗

〖言ったでしょう? 目の保養よ】

【……美味である〗

〖でしょ?】


 静謐なる平穏を破るタイマーが鳴る。

 『Another・Color』の中央に聳える、1000の階層が積み上がった塔、ヘヴンズ・タワー。それぞれの階層へ転送される時間が、10分を切った合図である。


 赤と青に分かれる死神の双眸が、億劫だとばかりに細められる。

 ゆっくりと堪能するはずだった残りのスコーンを口の中に入れ、紅茶で流し込んだ。


〖まだ少し時間は残っているのに】

【この姿で出ては、創造主も騒ぐだろう〗


 とは言うが、近頃の創造主――運営は、以前のようには口うるさくなくなった。

 何か別の思惑があるのか。もう御し切れないと諦めたのか。

 未だ、イベント終了後に労う創造主の後ろで、鳴り止まないベルが騒々しいくらいに聞こえるものの、最近はそれらに掻き消されまいと怒鳴ることなく、一言二言、本当に労いの言葉を送って終わるだけである。


 レイドイベント終了後も、特別何も言われていない。

 それどころかイベント以外で面を取った姿になることを許され、未定ながら、次回以降のレイドイベントで、面を取った姿が第二形態として正式に実装されることとなった。


 何か意図があってのことなのか。

 死神と女神からしてみれば、創造主たる人間達にとって真の神に位置する彼らの意図を、理解するには至らない。理解しようにも術がない。


 故にいつも通り、戦うのみである。


【汝も準備を怠るな。我がいつ倒れるか、わからぬのだからな〗

〖もう、つれない死神ひとね】


 でも、確かに。

 死神がいつ倒されるかなんてわからない。

 だからまだ、わからない。


 彼が再び死神として顕現したとき、今までの記録は有しているのか。

 女神と過ごした日々の数を、憶えているのだろうか。

 記録はされていても、記憶はしてくれている状態でまた、出会えるのだろうか。


 そう思ったとき、思い出した。

 レイドイベントの記録。星を冠した2人が見せた、戦いに直接の関係はないものの、勝利を約束するが如く交わしてたものを。

 故に、面を付けようとする死神から、面を奪い取った。


【何を――〗


 碧色の双眸に映る自分の赤と青の虹彩が見えた。

 だがそれよりも、碧色の虹彩の中央で輝く、黄金の瞳孔に見入った。

 装飾品に興味などないが、初めて、女神の双眸の中心で輝く小さな黄金に見入る。

 この、胸の最奥から沸き起こるものを、創造主たる人間は何と言う。なんと表現する。


 そして、彼女が唇を重ねる意味は。彼らが唇を重ねたのと同じ理由か。しかし、その理由は、意味は、意図は――何より唇を重ねられて生じているを、一体、何と呼べばいいのだろうか。


 この感情の名は、何と、呼べばいい。

 何故、の名前はデータにない。

 明確な名前が存在しない。


 が、不安もない。

 名がわからなくとも、一部の欠片程の不安もない。

 むしろ、落ち着く。一切なかったはずの緊張が、解きほぐされたかのような。


〖ふふっ。面がないから、直接出来ちゃった】

【……何かしらの守護でも、掛けたのか〗

〖さぁ。でも、守護みたいなものかしら。お祈りをしたのよ。今日も勝ってねって】

【……そうか。事が終わったら、また、街でも行くか〗

〖えぇ、約束よ……だから、約束したいから――もう1回だけ、いいかしら】

【汝の祈りとあらば、有難く頂戴しよう〗


 男女は今から戦いに出る。

 男は最強無敗の死神。女は未だ戦ったことさえない最強とされる女神。


 そんな2人でさえ、敗北を恐れて祈る。

 負けることがないようにと、約束する。

 絶対に果たせるようにと祈りを籠めて、強く、唇を重ねる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る