死神vs流星・白夜【Forth・Stage】
『Another・Color』運営委員、日本本部は現在、喧騒の嵐の中にあった。
あの龍は何だ。
あの猛獣は何だ。
第二段階があるだなんて聞いてない。
完全に無理ゲー。
クリアさせる気はあるのか。
全国、全世界の支部から非難と問い合わせが殺到しており、メールを管理するフォルダに関しては、許容量を大幅に超えていた。
現在、レイドイベント五日目。
もはや運営スタッフ一同、残り三日もの期間をやり切れる自信を喪失し、呆然としていた。問い合わせは昼夜問わず来るので、有能なスタッフほど眠れていない現状だ。
「連絡、取れたか……?」
「……取れてりゃ、声高々に訴えてるよ」
こちらは問答無用で問い合わせに応対しなければならないというのに、こちらの問い合わせは誰も受け付けてくれないこの無情さ。
いや、彼らからしてみればただ自衛しているに過ぎないし、文句を言われる筋合いもない。
ましてや彼らを創り、投入したことこそ、そもそもの間違いだったのだ。
彼らに考える知能を与え、感性を与え、本能に近しい物を与えたのは紛れもない自分達だ。
そんな彼らに、なんと言えば納得してくれる。
ゲームの中の存在だからと言って、果たして言っていい言葉なのか。
言って許される言葉なのか。自分達はただ彼らを――『Another・Color』という異世界を、VRMMOという分野に通じて創り上げたに過ぎず、英雄でなければ魔王でもない。
戦場に出たことなど1度もなく、武器の仕組みも魔法の仕組みも、戦いそのものの仕組みさえ、すべて今までに体験した非現実から得たもののオマージュで、実際に自分達が剣を振ったり、魔法を使ったりしたことがあるわけでもない。
そんな自分達が、『Another・Color』に生きる彼らに言っていいのか。
私達のために死んでくれ――などと。そんな、自分勝手かつ自業自得な言葉が。
仮に連絡が取れたとしても、言えるのか。
仮にも、彼らを創った創造主。彼らからしてみれば、親同然の立場である自分が。
今まで散々似たようなことを言っておいて、今更怖気づいている。
だがここまで必死に抗われては、意識するなという方が無理だ。
わざわざ自分達でスキルまで作って、使うなと言ってきた眷属まで出して、尚抗おうと苦悩する彼らに対して「死ね」と、吐き捨てることが出来るのか。
故に繋がって欲しい思いと、繋がって欲しくない思いと。
二つの思いが交錯し、矛盾を孕んで、胸の中で蠢いていた。
「どうしろと……」
* * * * *
龍の咆哮と、3つ首の神獣の遠吠えとが響き渡る戦場の真ん中で、死神と2人の人間が戦いを繰り広げている。
天上の女神からしてみれば、龍や神獣と相対しているプレイヤーのそれは戦いとは言えない。
せいぜいじゃれ合い。HPとライフを別物として考えているが故の遊戯。彼らそのものが、2体にとって玩具にしかなっていない。
だがそもそも『Another・Color』自体、彼ら人間の道楽の1つとして作られた物。であるなら、対峙する敵側が遊んでいたとしても、何ら文句などないはずだが。
〖不敬ね】
天上の女神目掛け、矢を射かけようとしていたプレイヤーを見つけて即座、圧し潰す。
プレイヤーの体が原型を留められない状態にまで潰し、蘇生の暇など与えない。
〖私に矢を向けるだなんて、不敬に過ぎるわ。知っているでしょう? 私に矢を向けていいのは、死神を打倒し得る人間だけ。私を倒したいのなら、まずは死神に挑むことね。まぁ、挑む度胸と、挑めるだけの力があるのなら――の話にはなるけれど】
アルタイルの星剣が、金色の輝きをまとって風を切る。
「“フォトン・スラッシュ”――!」
【良いのか、その程度の術技で。奥の手を繰り出すタイミングを計っているのか〗
「おまえこそ。スキルも魔法も使わないが、ここぞの時のため温存しているんだろ」
【戯け。汝らとは基本の性能が異なるのだ〗
不思議と顔を晒してから、死神の言動に感情が乗って来たような気がする。
何を持って感情とするかは、まだ女神の中に定義こそ定まってないものの、周囲のプレイヤーを見て研究し、今現在戦っている2人の言動とを重ねれば、ある程度は絞れて来る。
まぁスキルを創る際も、創造主の思考回路だったり言動をベースにした部分も多少なりともあったし、面の下の顔を構築できたこともそう。
死神にはスキルだけでなく、人間としての一面まで与えたのかもしれない。
「黎剣、抜錨! “
前後左右からの同時攻撃。
大型のモンスターには効果が薄く、人間相手でも大抵が鎧だったり甲冑だったりをまとっているので、あまり効果は望めない技だ。
だから普段の全身甲冑に身を包まれた死神には、使っても効果がない技だったのだが。
【わざわざ防御せねばならないか――少しだけ、癪に感じる〗
「じゃあ、これとかどう?! ――“メテオ・シャワー”!!!」
【成る程。より、癪になったな〗
5~60はあるだろう黎剣が、流星群の如く赤い熱を帯びて、天上より一斉に降り注ぐ。
が、自分の側を通り過ぎる黎剣の群れを見た女神は、心配などしていなかった。
『Another・Color』における絶対的強者。最強かつ無敗の死神を相手に、プレイヤーらは質での勝負を選択し難い。必然的に、量での勝負を強いられる。
だからこそ、死神に量をぶつけても意味はない。100や200、1000の魔法や投擲武具を一斉に投与したところで、今まで彼に届いた攻撃はないのだから。
露払い程度の勢いで振られた黒剣が、流星群を打ち払う。
直後、斬りかかって来たアルタイルの輝ける星剣の剣撃は白剣にて受け、黄金の軌跡を描く高速連撃に対して、白い軌跡を描く連撃で受け切った。
死神が第二形態に移行してから、およそ10分間の戦闘でわかったことは主に3つ。
1つ目は黒剣の方が威力があり、白剣の方が速度があり、逆に双方の利点が互いの欠点。つまりは鈍重ながら強力な剣撃の黒と、弱いながらも高速で走る剣激の白、ということだ。
2つ目は、死神を囲う形で動いている残り6つの剣の操作が、死神は不得手だということ。初めて形態を変化させての戦闘で、慣れも何もないのだろう。結果、ほとんど両手に握る剣だけで戦っている状況だ。
そして3つ目。これはまともに対峙している2人だからこそ気付けることだが、意匠が変わり、姿形が変わっても、強さまでは変わってないということ。
さらに強くなったわけでもなく、もちろん弱くなったわけでもない。未だ、6本の剣を上手く操れていない現段階での話にはなるが、強さにそこまでの変化は見られない。
つまり――いつもと同じくらい強い、ということだ。
油断などしてはいけない。一瞬の判断ミスが命取り。ギリギリの綱渡りを強いられることに変わりはないのだ。
「アルタイル! “キラー・ホーネット”!!!」
分散した黎剣が、宙を踊る。
一斉に、直線的に飛び掛かるのではなく、1つか2つが同時に掠める程度の攻撃を繰り返し、翻弄する。
さながら巣を小突かれた際の蜂の如く、致命傷には至れずとも蓄積させられるだけのダメージをチマチマと与えていく。
【小癪〗
漆黒の剣にて円を描くように、一斉に薙ぎ払う。
剣撃にて残った漆黒の軌道より、遅れて発せられた深紅を混ぜた漆黒の光線が、蜂のように飛び回っていた黎剣のすべてを焼き払った。
【無論、そう来ることも知っている〗
「――!」
「アルタイル!」
鈍重ながら攻撃力のある方の、漆黒の剣が振り下ろされる。
今回に限って言えば、肉薄する勢いを殺し切れず、回避に転じられなかったアルタイルに速度は関係ない。むしろ鈍重な一撃が、アルタイルの防御をも打ち砕き、深く斬り裂いた。
が、そもそもアルタイルに回避する気などなかった。
黎剣で翻弄し、隙を突いてアルタイルが懐に飛び込む戦術は、2つの剣を手に入れてから何度も使ってきた手。もはや読まれることさえ織り込み済み。
故に出来ない回避のために勢いを殺すより、防御はしつつも前に進んだ方がいい。
「光源圧縮。瞬間抜刀――Lv.10、“レイ・アウト”!!!」
喰らった分だけやり返す。
圧縮された力が熱を持ち、青く輝く剣閃となって、死神の体に刃を突き立て、真一文字に斬り裂いた。
術技の中にはレベリングを持つ物があり、10段階で統一されている。つまりたった今アルタイルが繰り出した技は最高レベル。最高威力で繰り出したことになる。
だが、死神による反撃は、すぐさま白剣にて繰り出された。
白い残光を傷跡に残し、アルタイルは一度距離を取る。
そうして距離を取ったことで、現状を知った。
胸部の鎧に弾かれながらも、光速にまで達した斬撃が死神を斬ったと思っていた。
しかし、実際は死神の周囲を浮遊していた黒剣の1つが盾となって受けていただけで、アルタイルの剣は届いてさえいなかったのだ。
すでに手が読まれていた時点で、警戒するべきだった。
勝手に、近距離戦に持ち込めば死神が6本の剣を動かすことはないだろうと思っていた。
いや、思わされた。
これまでの10分間の戦いで、死神が6本の剣を使ったのは黎剣をあしらうための3回だけ。
近接戦においては、1度も使うことはなかった――いや、使わなかった。
近接戦に限って、6本の剣は使わない。そう思うよう、仕向けられたのだ。
やはりただのNPCと、目の前の死神とを同質に考えてはいけないようだ。
改めて実感させられた。
あれは、ただ仕込まれたプログラムを従順にこなす他のNPCとは違う。同じことを繰り返すだけの機械とは違う。ただのデータでは、とても規格が収まらない。
では、目の前のそれは一体何か――そんなことをいつまで考えたところで、わかるはずもなく、知る術もない。
もしもそれでも、あれは何だと問われたならば、何と返すのが妥当だろうか。
「アルタイル! ……大丈夫?!」
「……あぁ、大丈夫だ」
答えは、そう難しくない。
死神だ。
VRMMO『Another・Color』という電脳異世界の中央に聳え立つ、1000の階層に隔たれた天を衝く塔の999階層が番人である、最強無敗の死神だ。
挑戦して来たプレイヤーに仮初の死を与え、現実へと引き戻す死、そのものだ。
故にアルタイルとベガは――
現実に戻れない今の2人にとって、死神の与える死は、それ以外の何物でもないのだから。
死を超えて、生きなければならない。
ここより出て、戻らなければならないのだ。
そのために必須の鍵ではないけれど、この世界における死を超克することで、現実に戻ったとき、より強く生きる原動力としたい。
「ベガ……温存していた力を使う。ついて来て、くれるか」
「……私はいつだって、天馬と一緒だよ。あの日、火の中に跳び込んだ日だって。初めてダンジョンに跳び込んだ日だって、いつだって……ずっと」
「――おまえだけを、愛すと誓う」
「ありがと」
初めて見る。
何だ――印か。
術式起動の合図か何かか。
作戦の合図か何かなのか。だが周囲に変動はなく、未だ蹂躙が続いている。新たな挑戦者も蹂躙に巻き込まれるばかりで、特別何も起こらない。
では何だ。
その行為に何の意味がある。
互いの唇を合わせることに、一体何の意味があると言うのだ。
〖理解出来ていないでしょうね。戦略。知略。謀略。奇策。戦いに関しては万能とさえ呼べるあなたには、互いの好意から生じる彼らの言動を、理解するには余りにも難し過ぎる。だって、あなたは1度も――】
嘆く女神の涙が1滴、慈愛を称える頬を伝って零れ落ちる。
だが雫は死神に届くよりまえに、死神の剣が発する熱源を受けて蒸発した。
【よい。何であれ、受けて立つだけだ。陰と陽、光と影、有限と無限、7つの大罪を犯し、7つの美徳を超えても尚到達し得ない二律背反の両立を今、我が剣に変えて解き放たん……!〗
死神の手を離れ、8つの剣が天上に飛翔。
円を描く陣形を組んで、高速で回転し始める。中央の虚空に魔法陣が刻まれていくごと、重力に逆らうかのように翼を持たない死神の体が徐々に高く浮遊し始めた。
この一撃で決めるつもりらしい。
今この戦いを見ているプレイヤーの心をもへし折り、レイドイベントという仕組みそのものを、一週間と経たずに殺すつもりだ。
2人だけでなく、この場にいる全員を灰燼に帰す一撃で以て、このイベントを構築する闘志そのものを殴殺し、惨殺するつもりだ。
だが決して、怒りや憎しみを籠めての行動ではない。
むしろ敬意と慈悲の表れと言っていい。
この先、今より強くなるだろう2人。
今の2人と同じくらいに強くなる可能性を秘めた全プレイヤーに見せるのだ。『Another・Color』最強無敗の死神の、最強破壊の一撃を。
【ジャヴァウォック、キルルヴェロス。退け〗
≪はい、ご主人様!≫
≪あれ、もう出番終わり?≫
≪仕方ありません。巻き込まれてはひとたまりもありませんから≫
≪撤退、賛成……≫
巨大な黒龍と3つ首の神獣が、霞のように姿を消す。
突然のことで状況把握を強いられるプレイヤーは、全員が上空で輝く白と黒の輪の中に描かれる魔法陣と、そこから現れた大剣の存在を見入らざるを得なかった。
それからすぐ防御魔法を展開する者。死神に対して狙撃を試みる者。諦めてリタイアする者など、各々の動きを見せる。
すべてのプレイヤーが各々の戦い、各々の防衛を繰り広げていく中、死神と女神が見たのは――結束。
幾度と死神に挑んできたものの、組んだことがなさそうなパーティやファミリーが結束し、協力し、共に窮地を乗り越えようとしている。
果たしてこの場限りの一時的な結束か。それとも今後とも繋がっていくきっかけの結束か。
いずれにせよ、人は自分より圧倒的質量の桁が違う暴力の前では、人を選ばず協力し、事態を打破しようと試みる。
少なくとも、人を選ばず手を取る命の尊厳に対する価値観に関してだけは、認めざるを得ない。
それこそ、あの2人のように。
「あれが、死神の本気……」
「ベガ」
「……うん! 全力、全開!!!」
受けて立つか。
〖受けて立つ気みたいね】
【……汝も扉の奥へ避難するがいい。あそこならば、我が剣も届くまい〗
〖あら、あなたが私を殺してしまうの?】
【可能性は、否定し切れない。何せ初の試みだ。暴発の可能性もあり得る〗
〖……一緒にいたいの。ダメ?】
女神をも巻き添えにしてしまう場合、死神だけが無事、なんてことはあるまい。
女神が殺されるようなら、死神も死ぬだろう。
知恵の女神を名乗る以上、わからぬはずもあるまい。
だが、それでも居たいらしい。
理由は不明。理解するにも至れない。
故に、絶対に下がれと強いる理由も解明出来ず、理解出来なかったため、死神は差し伸べられた女神の手を取った。
【後悔しても、責任は取れぬぞ〗
〖構わないわ。しないもの、後悔】
未来の事象に対して、何故そう言い切れるのか。
それもまた、理解が足りない。故に、口は挟まない。
今より、意識も力も、すべて一撃に注ぎ込む。
絶対的な死か。強き生への執着か。
両者が次に放つ一撃――1つの技に凝縮された今までが、勝敗を決する。
握り締めるは夜の星剣・スターゲイザー。白夜の黎剣・シャイニングクリア。
星の熱源、光源が鼓動するように大地にて輝き、今、飛翔せんと空を
対峙する大剣に名前はない。白と黒が混じった灰色の大剣。さながら、燃え尽きた後の遺骨のような色をした大剣が、後背に虚空を背負った形で振り上げられる。
示し合わせる必要はなく、合わせたつもりもない。
が、77度の死闘を繰り返したがためか、互いに意識していた好敵手故か。
繰り出すタイミングは、コンマ1秒の差もなく、重なった。
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