死神vs流星・白夜【Gage・Break】
赤い右目がベガを、青い左目がアルタイルを映す。
色違いの双眸に据わる漆黒の瞳孔の中央で、小さな光が銀河のように渦を巻いている。
〖初めてになるわね。あなたの戦いを直に見るのは】
【喜ばしいことではあるまい〗
〖あら、嬉しいことだわ? いつもどうやって私の事を護ってくれているのか、見られるのですもの】
【……理解し難い。この姿で戦うは此度が初めて。汝の求めるものではあるまいに〗
姿形の違いも戦闘スタイルの違いも、女神からしてみればすべて些事。
彼女はただ、死神のいる戦場に共にいられること自体が嬉しく、実際には違うものの、死神と共に戦っているような現状がひたすらに嬉しいだけ。
ただ同じ戦場に共に在る。それで充分なのだ。
重く厚い扉に隔たれて見えなかった死神の背中が、今は少し降りるだけで触れられる。
それだけで、充分嬉しく感じるのだ。
この感情を、鼓動を、創造主たる人間は、果たして何と表現するのだろう。
と、感動らしきものに浸っていたのに、何やら周囲が騒がしくなってきた。
2人に勝ち目がないと思ったのか、それとも2人が削った分を無駄にすまいと思ったのか、或いは漁夫の利でも狙っているのか。
今の今まで野次馬根性丸出しで傍観者に回っていたプレイヤーが、突如湧いて出たように参戦して来たのだ。
〖戦いに水を差すだなんて、無粋な人達ね】
【生死を駆けた戦いに流儀も無粋もあるまいよ。勝率を見出せば何でもする。それが人という生き物だ。故に――こちらの手札にも文句は言わせん〗
〖そうね】
両手の剣を突き立てた死神が何をするのか察した女神が、“毎回参っちゃうマイン”――基、地雷を設置してプレイヤーらの行く手を阻み、死神のため時間を稼ぐ。
【
≪僕も参戦キター!!!≫
巨大かつ禍々しい姿には似合わない少女のような声で喋り、龍らしい轟く咆哮を響かせる。
突如予期せぬタイミングで飛来して来た巨龍に、プレイヤーの誰もが臆さずにいられない。
が、冷静になれば龍の一頭、数で押し切れると判断するだろうし、実際にもその通りだ。
ドラゴン一体では、普段から相手にしているだろうダンジョンのボスと戦うのと状況は変わらない。レベルの桁は違うが、それでも時間が掛かるだけで、いつか倒されてしまうだろう。
故に次なる一手を打つ。
〖まぁ、あの子も呼ぶつもり? 今日は豪勢ね】
【出すだけ出して壁になれ、では面目も立たん。それに、これも将棋とやらの相手がいなくて退屈そうだからな〗
回転する6つの剣が各方向へと飛ばされて突き立ち、
直後、陣の形のまま床が崩れて、死神が浮いている形になった。
【底無し穴の霊。惨殺する復讐の父。冥府、冥界、地獄の番犬たる3つ首の神獣、キルルヴェロス! 太陽届かぬ深淵より、現れませぃ!〗
犬、狼、獅子と、それぞれ違う獣の顔が現れ、天を仰いで高々に吠えると、付いた両脚で力強く跳びはね、穴の奥から跳び出して来た。
一瞬で塞がった穴の上に降り立ち、それぞれ燃える紅蓮。雷電弾かせる群青。水晶のように光を反射する翡翠の瞳を光らせ、再び3つ首揃って咆哮した。
≪死神様ぁ! やっと私達を呼んでくれましたね!?≫
≪ジャヴァウォックばかり呼ばれるから、一生使われないのかと思って怖かったよぉ!≫
≪記録から抹消されたのかと……思って、しまい、ました≫
【失敬した。ジャヴァウォック一体で創造主らが騒々しかった故、汝らの出番を用意出来なかった。許せ〗
巨龍が暇潰しにしていた将棋の相手であり、死神のもう一体の眷属。
ジャバウォックを出した際、運営から散々文句を言われた上、龍と同じくらい忠実に過ぎる忠犬のため、結果、1度も出せぬまま今日まで来てしまった地獄の番犬。
向かって右が犬。左が狼。中央が獅子の頭をしており、勝手ながらそれぞれの頭にハチ。ウルヴァリン。シンバと名前を付けた。
当人――基、それぞれの頭は理解してないようだが、ジャヴァウォックと同じく少女のような声で喋る番犬には、何とも雄々しく猛々しい名前だが、結構気に入っているらしい。
【とにかくだ。ジャヴァウォックと共に、周囲の敵を一掃せよ。そこの2人は我がやる〗
≪畏まりました! 死神様!≫
≪暴れるぞぉ!!!≫
≪了解……殲滅します≫
犬のハチが放つ灼熱の咆哮。
狼のウルヴァリンが放つ風の雄叫び。
獅子のシンバが放つ雷電の怒号。
自然災害を一緒くたにしたかのような攻撃が、百人規模のプレイヤーを一挙に焼き尽くす。
「な、なんだこいつ!?」
「こんな奴、今まで出てきたか?!」
今回ばかりは、その反応は正しい。
今まで一度も出て来たこともなく、当レイド・イベントにおいても出て来る予定はなかった冥府の番犬の登場に、プレイヤー全員が慌てふためき、普段なら取れるはずの連携も取れぬまま、蘇生の間もなく消えていく。
邪悪の巨龍と3つ首の神獣による
死神が露払いのために2体の眷属を召喚している間に、彼らも元通り――には出来ないものの、限りなくそれに近しい状態にまで態勢を戻していた。
〖回復の隙を与えちゃったわね】
【この状態での戦闘データを記録したかったところだ。虫の息である奴らを甚振ったところで充分な
〖もしかして、わざと時間を作ってたり?】
【汝の
〖ふふっ。じゃあそうするわ】
初めて見た『Another・Color』最強とされるヘヴンズ・タワー最上階の女神。
想像していたような恐ろしさはなく、ボスと言った威圧感もない。威圧感だけなら、左右で暴れる怪物の方が余程ある。
何より死神と会話している姿を見ていると、死神含め、NPCであることを忘れそうになる。
本当にそこら辺にいそうで、でも見たことのない恋仲にある男女のようなやり取りを見ていると、誰も操っている人間がいないことを忘却してしまいそうで。
少し、胸の奥が苦しくなった。
「ベガ、戦えるか」
戦況を見て問うたのではない。
心境を察して問われたことは、言われるまでもなかった。
長い間『Another・Color』という世界にいた2人だが、唯一、プレイヤー・キルだけしたことがない。
彼らにとってはプレイヤーもNPCも大きな差はなく、人型となるとエネミーでさえ、若干の抵抗が生まれてしまう。
プレイヤーに対しては若干どころではなく、抵抗が強くてしようと思ったことさえなかった。
故に抵抗が生まれそうになる。
今の今まで面に覆われ、見えなかった死神の顔が見えただけでもそうなのに、女神とのやり取りを見ているとただのNPCとはとても思えなくて、若干以上の抵抗が生まれつつあった。
だが――
「ありがと。大丈夫!」
死神を倒さなければ死の超克などあり得ない。
そんな壮大な目的のために勝ちたいわけではないのだけれど、死という概念を乗り越えて、現実世界に戻りたい。アルタイル――
彼を倒して、そのための一歩としたい。
「女神が出て来たってことは、これ以上のゲージはないかな!」
「ないと思いたい。だけどゲージはブレイクした後の方が、体力が多かったり、バフとかデバフが多いからな。油断は禁物だ」
「わかってるって! で、どうする?」
「……手助けは、見込めない。俺達だけでやるしかない」
「つまり?」
「いつも、通りだ」
「了解!」
キルルヴェロス召喚のための陣を築いていた剣が戻り、死神の周囲で緩やかな速度で回り始める。突き立てていた剣を両手に握り、死神は女神に一瞥を配る。
女神は死神を後ろから抱き締めると耳元で何か囁き、16枚の翼を広げて飛翔。誰の介入も許されない領域へと、飛び上がっていった。
【作戦会議は済んだか〗
「そっちこそ、遺言は済んだか」
【……最早、
面が無くなろうと眼光は鋭く。
意匠が変わろうとも圧し潰さんとしてくるプレッシャーは変わらず、むしろ抑制するものを失って、強くなっているようにさえ感じる。
それでも、目を背けない。
背は向けない。
抗うと決めた。抗い続けると決めた。
実際に命に直結するはずのない、ゲームという仮初の電脳世界で死神を名乗るコンピューター相手に、自分達が今戦い続ける傷を重ねて、死を重ねて、超克せんと挑むと決めた。
「アルタイル!」
「あぁ、行くぞ。ベガ」
【受けて立つ。逝くがいい。星を冠する者達よ。潔く、星となれ〗
星剣と黎剣、死神の握る白と黒の剣がぶつかる。
後半戦、開始――!!!
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