死神vs流星・白夜

死神vs流星・白夜【First・Stage】

 完全に計算外――いや、想定外と言うべきか。


 まさか彼らが出てくるとは思ってなかった。

 それも、他のプレイヤーが誰もいなくなった絶妙なタイミングで。


 このイベントのシステム自体、彼らにとって明らかに不利。

 さらに言えば、2人だけの状況などあるはずもないと思っていたのに、2人が入って来てから誰も入って来ない。


 女神に与えられた権限にて九つの王国全体を見渡すと、他のプレイヤーが全員観客となって、死神と2人の戦いを完全に見届ける姿勢にあった。


 完全に計算の外にあった、他プレイヤーの野次馬根性。


 最強無敗を誇る死神と現在の№1と№2プレイヤーの戦い。

 最強無敗を貫く死神がこれまで勝ってきたのは言うまでもないが、結果は何であれ、この3人がどのような戦いを繰り広げるのか、ヘヴンズ・タワーという今までのイベントの性質上、見ることの叶わなかった他のプレイヤーらの積もり積もった好奇心が、今の状況を作り上げていた。


 女神には理解できないし、計算など出来るはずもない。


 死神を確実に倒すのなら、最強の彼らと組んで戦うことに他プレイヤーは大きな利点を見出し、共に戦おうとする。

 結果、それが2人の利点を奪い、2人は実力を発揮しきれぬまま、死神のまえに打ち倒されるという計算をしていたのだが。

 まさか勝利よりも、死神と2人の対戦そのものに興味を示し、傍観者に回って観戦することを優先するなど、計算出来るはずもなし。


 女神の演算を構成する方程式の中に、プレイヤーの核となる人格の好奇心など、含まれているはずもなく、この状況は完全に、女神の想定の外にあった。


≪ご主人様、大丈夫だよね? 女神様……≫

〖……〗


  *  *  *  *  *


 星剣抜刀。

 黎剣拡散。


 一筋の流星と化して死神へ直進するアルタイルを追いかける形で、20近い数に分散した黎剣が駆ける。


 大剣を抜いた死神はまず直進してきたアルタイルを斬り捨てんと振り被るが、アルタイルは死神の懐に入っても攻撃を繰り出すことなく、通り過ぎていく。

 直後、さらに倍の数に分散した黎剣が降り注いできた。


 大剣を手放し、腰の刀を抜く。

 赤く染まった刃を振り、襲い来る黎剣の輝ける攻撃を弾き続けるが、弾いても砕き損ねた黎剣が再度襲い掛かってきて、死神の漆黒の甲冑を斬り付けてくる。


【小癪】

「悪かったわね、小癪で!」


 100や200で済まぬだろう、厖大な数の黎剣が囲って作る刃の檻。

 これらが一斉に襲い掛かって、さらに砕かねば再度襲って来るというのなら、なるほど確かに小癪の一言で済ませていい代物ではない。


 前人未踏。

 2人揃って足を踏み入れたLv.700台。

 死神も今回初めての対戦となったが、前回までとはまるで別人。


 相手のレベルが上がる度、成長具合を感じていた昔こそ驚いていたものだが、実に久方振り――体感時間で100年ぶりくらいの驚愕だ。

 戦っている相手が別人に感じるなど、いつ以来だろうか。


 それこそわずか数秒前まで、レベルなど100も200も300も一緒だと思っていたが、現状に至っては認めざるを得まい。

 認めた上で、戦わざるを得まい。


「一斉射出――」

【は、するまいよ】


 読まれた。


 しかし、死神が読めたのは当然だ。

 アルタイルが跳び込もうとしている中、一斉射出で巻き添えにするはずもない。

 2人のことをよく知っているからこそ、完全なブラフだと予測出来、背後から迫り来るアルタイルの流星抜刀を受けることが出来た。


【汝らに限って、誤っても同士討ちはあり得まい】

「あぁ、そうだ」


 死神は霧と化して離脱。


 そう、死神には物理無効の霧化のスキルがある。

 このスキルを駆使すれば刃の檻など意味はなく、ベガが本当に射出していれば、斬り刻まれていたのはアルタイルだけだった。

 故にベガが射出するわけがなく、完全な囮だと気付けたわけだが、それでも危なかった。


 流星の速度で繰り出す抜刀術――などと謳ってはいるものの、実際に流星の速度で繰り出しているはずもなく、と比喩した表現でしかない。


 だからこそレベルが上がり、スキルが上がれば

 流星の速度に近付いてくる。決して人間では至るはずのない領域に、踏み込もうとしてくる。

 実際に今繰り出された抜刀を受けられたのは幸運で、剣速が以前より1.3倍くらい速くなっていることには、驚愕を禁じ得なかった。


「さすがだ。Lv.700に至って尚、あなたは付いて来る。やはりあと10――いや、20は上げておきたかったな」

「10や20上げたって変わらないよ。私達を77回倒してる、死神なんだもの」

「……そうだな」


 10や20上げておきたかった――彼らのレベルから、20もレベルを上げるのにどれだけ必要になると思っているのだろうか。


 レベルを上げるのに必要な経験値は、モンスターによって決まっており、変わることはない。

 だがレベルを上げるごと、次のレベルを上げるのに必要な経験値はより多くなっていく。


 Lv.700台ともなれば、次のレベルに至るのに一体、何体のモンスターが必要か。

 仮に一番経験値の高いメタルモンスターだけを相手にしたとしても、1000や2000では足りるはずもなく、遭遇率の低いそれらと遭遇するまで倒したモンスターの数も、単純な倍では足りまい。


 例えこの世界の死が仮初といえど――


【否――もはや仮初うそ正真まこともなし。命を刈り取る大罪を尚犯さんとするのなら、断罪の刃にてその首を斬り落とさん】

「来る」

「えぇ、行くわよアルタイル!」

【“深淵悔恨ディープ・アビス”】


 低く掲げた大剣が、漆黒と深紅を混ぜた光をまとう。

 分散した黎剣の群れと共に直進してきたアルタイルの流星速度の抜刀を辛うじて止めつつ、薙ぎ払った剣の軌道より真正面に向かって、光が伸びる。


 後方で黎剣を操っていたベガにまで伸びた光はアルタイルを呑み込み、辛うじて展開が間に合った魔力防壁を焼いていく。

 防壁が砕けるより先に抜け出たアルタイルは抜刀と同じ流星の速度で移動し、死神を翻弄しようとする。


 が、消え去った漆黒の先、死神は高々と番えた矢を掲げて、天高く解き放っていた。

 弧を描いて空から舞い戻って来た矢が、黎剣の如く一挙に厖大な数に分散して、雨の如く降り注いでくる。


「――! させない!」


 “夢幻闇夜ナイトメア”。


 あの技だけは喰らえない。喰らうわけにはいかない。

 準備に時間が掛かるし、隙も多いから邪魔をするのはわけないが、油断して喰らったときにはほぼ負けが確定する。


 何しろ行動のほとんどを停止させる超強力な麻痺状態を付与される上、動けなくなったところに数える度、絶望的に感じてくる回数を誇る雷電が襲い来る。

 攻撃そのものを耐え切れたとしても、強過ぎる麻痺に蝕まれた体は追撃を許し、反撃の術もなくやられるだけだ。


 故にベガが黎剣を大量複製して相殺することは必要であったし、間違いでもなかったものの、死神の誘いにまんまと乗る形になってしまった。

 一つの打ち漏らしもないようにと繊細なコントロールを求められるベガは無防備も同然で、死神をその隙を狙って大剣を振り被ることも、させまいとアルタイルが跳び込んでくることも、すべて死神の狙い通り。

 深紅を帯びた漆黒が2人まとめて呑み込んで、直後にベガを抱えたアルタイルが抜けだしてくることもまた、狙い通りである。


【“業剣カルマ”】


 防御が間に合ったため直撃こそさせられなかったものの、深紅と漆黒が防壁を粉砕して2人を焼き焦がす。

 わずかに解けた鎧の左肩部分を分解し、脱ぎ棄てたアルタイルの黒く焦げた肩に、ベガが治癒の魔法を掛けようとするが、させまいとした死神の追撃が2人を分断する。


 近距離戦において脅威が薄くなるベガを狙って刀の鯉口を切った瞬間、アルタイルが先に抜刀し、斬りかかる――が、その反応も予想の範囲内。

 籠手で受けると裏拳で殴り飛ばし、改まって深く踏み込んで抜刀。

 さすがに流星の速度よりは遅い上、アルタイルの邪魔があったため防御の隙を作ってしまい、黎剣を盾に防がれたが、薙ぎ払い、ステンドグラスに叩きつけた。


おごるなと、言ったはず。レベルが700だろうと上限だろうと、死神の剣は等しく向けられるもの。王であろうと、神であろうと、死神の斬首から逃れることは叶わぬと知れ】

「驕っているのは、果たしてどちらだ」


 裏拳で殴り飛ばされたアルタイルが立ち上がる。


 ふと、先程剣撃を受け止めた籠手を見てみると斬られており、血液が滴る代わりに傷を修復するためのリソースが消耗され、HPが削られていた。

 攻撃が最高速になるより前に籠手で止めたはずなのに、防御の上から――それも半端な攻撃力でもダメージを与えられるようになったと、言いたい様子だが。


「あまり、舐めて貰っては困る」


 降り注ぐ黎剣を咄嗟に弾く。

 ほとんど砕くまでに至らず、弾かれた黎剣が軌道修正して再度、襲い掛かって来た。

 幾つかが鎧の隙間に突き刺さり、鎧の内に隠れた肉を刺す。


 私の事も忘れるな、とベガの眼光が訴えてくる。


 今まで鎧に弾かれて砕けるだけだったが、黎剣のコントロールも硬度も上がっているようだ。

 確かに死神でさえ、驕りも過ぎれば返って命を狩られるだろう。死神の斬首は誰にも等しく向けられるものであるならば、死神自身もまた例外に漏れない。


 であるならば、因果応報も然り。

 驕れる者から消えるなら、死神もまた同じ。


【正確な時間など計測してないが、久方振りであることには違いない。嗚呼、実に久しいぞ。いつ振りだろうな……この感覚を、汝ら人はなんと呼ぶ。命を奪う背徳感か。好敵手と対峙する高揚感か。それとも、殺し合いをする緊張感か】


 面の下、赤い眼光が青に濁って光る。


 赤より青の方が火としての温度は高いというが、死神の瞳が同じ仕組みかは誰も知らない。

 何せ、誰も見たことがないからだ。死神の眼光が、青く光っているところなど。


【ともかく久方振りである……我が魔法を使って戦うのは】

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