死神討伐、レイド・イベント【佳境】

【問う。その笑みの意味は、何を意味しているのか】


 完全に決まったと、思っていた。

 雷霆と瘴気の衝突によって、瘴気は雷霆に焼かれ、一撃は死神の懐に入った。

 雷霆は死神を焼き、漆黒の鎧兜を更に黒く焦がし、今までにない大きなダメージを与えた実感があった。


 故に思わず零れてしまった笑みの意味は、油断意外に他ならない。

 問いを投げかける死神の、ダメージの一縷も感じさせない面の奥の声音を聞けば、油断していたことを否定できない。

 問いかけに対し、一切答えられないのがその証拠。


 前回の戦いから、次の再戦のためにと用意した雷霆の槍。

 攻撃力だけなら、課金武装を除いて最強クラス。しかし、剣や魔法と違って槍は扱いが難しく、何より取得条件が難しいため、使っている者はほとんどいない。


 この槍ならば、一矢報いることが出来ると思っていた。

 そのうえで、諸に懐に一撃入れることが出来た。

 故に油断が生まれた。油断してしまうほど、自信に満ち溢れていた。

 最高攻撃力――その肩書が、過剰なまでの自信となって、現状を生んだ。


 仮にも雷帝より人間に与えられた雷霆――などと大それた設定のついた槍の一撃を、片手で止められるなどと、思ってもみなかった。

 雷霆のダメージはあるようだが、スリップダメージ程度にジワジワ削っているだけだ。


【成長は認める。元々剣士であった汝が、雷霆を手にするまでの槍兵となるのに、どれだけの労力を要したか、我には想像の余地もなく、語ることも出来ん。付け焼き刃と断じるには、神の雷霆は過ぎた代物だが、強者が強い武器を持てば勝てるなどと、単純な演算で勝算を見出したわけでもあるまい】


 確かに、そんな単純思考で挑んでなどいない。

 だがだからといって、雷霆が片手で受け止められるだなんて思ってなかった。

 軽んじてはなかったが、そこまで格上だなんて、思ってもなかった。


 レベルをずっと上げ、槍兵として最高位に近い地位にまで上り詰めたと言うのに、未だ、実力に関して正確な距離が測れない。

 今まで漠然としていた死神と自分達との距離が、ようやく正確に測れると思っていたのに。

 未だ、底が知れない。


「――っ! まだまだぁっ!!!」


 石突に返して、胸部への三段突き。

 甲冑に弾かれながらも再び返して、刃を深く叩き込む。

 甲冑に弾かれて刃こそ通らないものの、力強い一撃は死神に片膝を付かせ、振り向きざまの一撃は、死神の側腹部に叩き込まれ、倒すには至らずとも、揺らぐ程度のダメージを与えた。


 身を焼く漆黒の雷撃が追撃として襲い、漆黒の甲冑をさらに焦がす。

 甲冑の焦げた臭いが、黒煙となって登る中、面の下の赤い眼光が光る。


 防御貫通の赤い光を携えて、漆黒の刀二本で斬りかかる。

 間合いの広さという槍の強みを無視して懐に入り、漆黒に青を混ぜた光を二本の刃にまとわせて、純白をも呑み込んだ剣閃にて、神の雷霆を丸呑みにした。


 漆黒の中から出てきたチーズドッグは高々と跳躍。

 掲げた槍を避雷針にして、青天より飛来した雷撃をまとい、先程の死神の如く、片腕に力を収束させ、筋力を限界まで膨れさせる。


「雷霆投擲――!!!」

【来るか】


 死神も応じる。

 二刀流をやめ、再び握り締めた大剣を振り被る。


 レイド・イベントであることを思いだしたごく少数の弓兵や魔法使いが、ここぞとばかりに遠距離攻撃を繰り出すが、大剣にまとわれた漆黒の剣閃にすべて吹き飛ばされ、掻き消される。

 空の雷霆と地上の漆黒とが、一切の介入を許さんとばかりに光を強め、膨張する。


 直後、互いに狙ってもないだろうが、ほぼ同時のタイミングで膨張していた光が一瞬で圧縮され、互いの技が衝突した。


 “人域雷霆アナザーライト・ケラウノス”。


 “確実死デストルドー”。


 2つの大規模攻撃が、戦場全域を包み込む。

 焦土と化した床はすぐさま綺麗に再構築され、砕けたガラスは時間を巻き戻したかのように戻っていく。

 消えていくのは、巻き込まれる形で戦いを傍観していた野次馬と化したプレイヤーのみ。


 死神とチーズドッグの2人は、黒焦げになりながらも立ち尽くしていた。


「相打ち、とは言い難いな……」


 HPは、レイドボスとプレイヤーの間で桁外れの差があるため、比べるまでもない。

 が、自らまとった雷霆と死神の放った漆黒とで焼かれ、炭と化して折れた槍を見れば、勝敗は火を見るよりも明らか。槍が消えたのも、これ以上戦えない証拠と言える。

 何よりHPも、もう底をついていた。比べるまでもないというのは、そういうことだ。


「友の分まで削れたと、思いたいところだが……どうやら、数歩足りなかった、ようだ」

【何を持って、足りないとする。我のHPを、いくら削れば足りることになる。我を倒す以外に足りる方法がないと言うのなら、おごりと言わざるを得ん。彼ら3人が、汝にとって如何に大事な存在だとしても、我に届かなければ報いれないなどと、傲岸不遜も甚だしかろう】

「……それも、そうか。うん、まぁ、俺なりに頑張った、と言ったところか」


 死神に文字通りの必殺技を出させ、槍を破壊されながらも、今まで以上のダメージを与えることに成功した。

 今回のレイド・イベントでの勝機こそ見えないが、本来のイベントに戻った時の勝機は見えた。故に希望はこのイベントの後に託し、チーズドッグは退場した。


 少人数規模のパーティで、という制約こそあるものの、『Another・Color』において死神を打倒し得る可能性を持った第2候補チームが脱落。

 この事実はプレイヤーらの心を更に折り、更に多くの脱落者を出した。

 それこそ、現実の仕事や家庭を優先する――と尤もらしい理由をこじつけて、1人、また1人と消えていく。

 故に参加人数が減り、今回のイベント参加を見送るファミリーやパーティも少なくなく、結果として此度の戦いの結果は、また数万規模に及ぶプレイヤーに影響した。


 故に彼らの参戦もまた、プレイヤーに大きな影響を与えることだろうことは、間違いない。


【来たか】


 国籍は、チーズドッグらと同じ日本。

 現実世界の時間帯から、彼らの年代が深夜帯に出てくることもないだろうと思っていたが、女神の演算が大きく狂う。


 知恵を司る女神の演算が狂い始めた今現在から、何が起こるかなど知る由もない。

 わかることがあるとすれば、これからたった今繰り広げられた戦いよりも、更に厳しく激しい戦いになるだろうという、わかり切ったことだけだ。


 握り締めるは星の剣と夜の剣。

 現在登録されている『Another・Color』全プレイヤー中、最高レベルを誇る2人。

 たった今、仕留める可能性を順位付けた場合、第2位に位置するパーティを打倒し終えたばかりだというのに、立て続けに来るとは思わなかった。


「誰も、いない?」

「そうね。だけど、死神がいるわ」


 Lv.700――アルタイル。


 Lv.700――ベガ。


〖使い時を、早めることになるかもしれないわね……


 星と夜を携えて、2人の剣士。

 女神の演算では来る可能性さえ薄いと思っていたのだが、計らずとも狙っていたような、2人にとって、最高だろうタイミングで現れた。


 今回天は、彼らに味方するらしい。

 しかしそれでも、死神が負ける要素はないと信じているが。


「悪いが、休息は与えられない。俺達をおまえを倒し、死を超克する」

【休む暇さえ与えねば我に勝てるなどと、傲慢に満ちた考えでいるのであらば、改めよ。人の尺度で死神を計るなど、驕り以外の何物にも値しない】


 漆黒の大剣を突き立てての、仁王立ち。

 999階層にて、挑戦者を迎えるいつもの形。

 死神がその形で構えた理由を理解したのは、扉の奥の女神だけだった。


【来るがいい。遠慮も無粋。躊躇は無用。死神たる我の刃が無慈悲の一撃なれば、汝らの抵抗に慈悲があってはならぬ。人よ、驕ることなかれ。例え汝らのそれが同情だとしても、戦場においては驕りと変わらん。ゆめ、忘れるな】

〖あなたらしくない……〗

≪女神様?≫


 レイド・イベント4日目にして、最強の2人との直接対決。

 同時、死神が初めて、敵に対して虚勢を張った。


 意味など明白。

 相手が相手ということもあるだろうが、虚勢を張らねばならぬほど、死神が消耗しているということだ。

 やはりこのイベント、そう易々とは、終わりそうにない。

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