死神vs流星・白夜【Second・Stage】

 これまでの厖大な数の戦闘において、死神が魔法を戦いに使ったのはたった3度。


 1度目は初めて、Lv.100を超えるプレイヤーのいるパーティを相手にしたとき。

 2度目は初めて、複数のファミリーが連合を組み、1000人以上の規模を1度に相手したとき。

 3度目は――実験だ。結果、現在のプレイヤー相手に、魔法の使用は必要以上の浪費だという結論に至った。


 故に3度目以降の数億に至る戦いにおいて、死神は1度も魔法を使うことなく蹂躙してきた。


 その死神が放った魔法を使う宣言は、果たして敗北のフラグと捉えるか。

 勝利の宣言と捉えるか。


 本来ならば、誰もが前者と捉えるのだろう。

 さながら、相手に攻撃が決まった後、戦塵に紛れて見えない先の敵に対して味方が発する「やったか」の一言の如く、誰もが当然とばかりに、逆の展開を予想するかと思う。


 だが今回においては、誰もがフラグだと言い切れなかった。

 何せフラグを放つのがかませ犬役の敵でもなく、特別な設定も与えられてないモブに近しい味方キャラでもなく、この戦いを見守るプレイヤー全員が1度以上は敗北を与えられている、最強無敗の死神なのだから。


「ベガ」

「うん……」


 2人も初めて目にする、死神の魔法。

 詠唱を省略できる死神相手に、魔法を阻止するための特攻は逆効果。まともに魔法を喰らうことになりかねず、高々と大剣を掲げる死神に近付けなかった。


【民は王へ叛逆し、神は星へと叛逆せん。されど死に叛逆する者存在せず。叛逆敵う者存在せず。生きとし生ける生命よ、汝らが叛逆せんと遠ざけた死が、跫音鳴らしてそこに行く。故に逝け――“命よ、安らかに眠る時だエンド・レスト”】


 外で傍観しているだけのプレイヤーらには、何が起こったのかわからなかっただろう。

 理解が及ぶはずはなく、観察しようとも見えるものはなく、故に何の検討も付かない。

 状態異常のパラメーターに記されている物はなく、いつか自分達が受けた場合の対策として見ておこうなどと思ったプレイヤーらの思惑は、完全に裏切られた。


 大規模な攻撃もなく、見えない攻撃が後から2人を消失させるわけでもなく、何の変貌も変化も見せず、見えない。

 だが2人は確かに、見えない何かによって、押し付けられているような感覚を感じていた。


「重力……?!」


 体感などしたことない星の両手が、肩に乗っているようなイメージがベガの頭を過ぎる。

 だが一瞬で圧し潰すような威力はなく、わずかに体を押し付けられているような感覚を絶えず感じているだけで、痛みは感じない。

 が、HP


 3秒でHPが1削られる程度の、スリップダメージにしたって小さすぎる体力の消耗。

 ダメージを受けているというより、ただ疲労が蓄積されているという感覚。

 このまま行けば本当に、力尽きて眠ってしまいそうな――


「ベガ」


 不意に、手を握られる。

 アルタイルだとわかると、安堵が涙腺を緩くして涙を誘い、拭わせた。


 死神が知るはずもない。

 だが想像してしまった。狙ってやっているのかと、憤慨しそうにさえなった。

 今も現実の世界で眠り続ける自分達の体が、そのまま力尽きて眠ってしまうイメージが頭を過ぎって、そのままだったら泣きじゃくっているところだったかもしれない。

 アルタイルが手を握ってくれたお陰で、何とか堪えることが出来た。


 それでも尚、この世界で初めてになる倦怠感にも似たプレッシャーは重く圧し掛かって、ゆっくりと、毒のようにしたたかに、ゆっくりと、確実に命を蝕んで来る。

 状態異常ではないため回復薬ポーションを使っても意味がなく、HPを回復しても時間が経過していけばまた回復せざるを得なくなり、徐々に追い詰められていく。


 一撃必殺で敵を屠れる死神には、確かに必要のない魔法。

 今までそこまでの長期戦に及ぶこともなく、使ったところで無駄でしかない。

 使われるどころか、見たこともないのは当然だ。使うような相手と、対峙したことがないのだから。


【刻限は定められた。定命の者達よ。汝らに命を永らえる術あれど、永遠を生きる術はなし。限りある永い時を戦って果てるか。潔く死に果てるか――選べ】

「選ぶまでも――」

「ないわ!!!」


 分散する黎剣の群と、星剣の抜刀とが両側から死神に襲い掛かる。

 振り下ろされた大剣が生み出す、深紅を混ぜた漆黒にて刃ごと斬撃を呑み込み、相殺。

 アルタイルは後退を余儀なくされた。


【短期決戦に持ち込もうとするのは明白の理。ならばこちらもそうさせるはずもなく、故にこの魔法の発現は必定なり――】


 と、言われれば焦燥も必至。

 阻止するべく特攻して来るのも必定。

 ならば、対策も対応も決まって来よう。


「“流星剣シューティング”」

「――! ダメ、天馬てんま!!!」


 ベガの言葉がギリギリ届いて踏み止まり、回避に至る。

 そのまま斬りかかっていれば、腹に穴を開けていただろう漆黒の槍が地面から生えてきて、目の前を通過。後退すると直前までいた場所から次々と槍が生えて、回避のため距離を取らざるを得ない。


【威光の影。白く輝く星の黒点。生に蔓延る死――果ての庭園に踏み入ること能わず。禁断の果実は見ることさえ叶わず。命ある者死せるが運命さだめなれば、死神たる我が刃は死を遠ざけんとす命に放つくさびなり。故に神よ、御身の加護を貸し与え給え。我により多くの楔を打たせ給え――】


 長々しい詠唱を省略せず、長々と並べて見せるのは挑発の意味合いもあり、時間稼ぎもある。

 詠唱が並べられるこの時間にも、先に発動されている魔法がHPを削っているのだから。

 更に重ねて、この魔法は――


【“至り目指す領域は最早植物エンド・カウント”】


 防御力アップにダメージ削減。おまけにプレイヤー側の攻撃力低下。

 防御のバフ、攻撃のデバフを同時に行うこの魔法も、非難殺到間違いなしの効力。

 唯一希望が見いだせるポイントとしては、攻撃力の低下がプレイヤーだけでなく、か。

 攻撃力に即死能力が無くなっているのも大きい。が、今の状況では余り大きな希望には至らない。


 何度も繰り返しているが、2人のHPは、刻一刻と削られているのだから。

 死神の攻撃をすべて躱そうとも、回復の魔法や回復薬ポーションをいくら投じようとも、いずれ、確実に0になる。

 そして早期決着を望もうとも、防御力アップとダメージ削減が攻撃を阻む。


 あらゆる攻撃を受けようと倒れず、繰り出す攻撃で確実に屠る。

 ゲームと言う世界だからこそ起こり得る強化バフ弱体化デバフの暴力が、2人の前に立ちはだかる。

 それこそ延命するだけして、不死にはなれない人間達の前に立ちはだかる死神の如く。抗いようのない存在として。


 カウントダウンは開始された。

 同時、死神のカウントは止められた。


 しかし――2人に諦めるという選択肢はない。

 ここで諦めるような2人だったなら、炎に立ち向かうことさえなかったはずなのだから。


「“天翔彗星ストライク”」

「“黎明の明星サンライズ”」


 防御貫通能力を付与するスキルと、攻撃力を上げるスキル。

 双方、極限までスキルのレベルを上げている様子。それでも下げられた能力値と合わせて見れば、プラマイゼロと言ったところ。

 いや、最高値のスキルを使ってようやく打ち消せる現状は、むしろマイナスか。


 それでも諦める姿勢はなく。眼光には未だ、鋭い力が宿っている。

 掻き消される闘志はなく。力の籠る手が、剣を握り締めている。


 頭は作戦を考え、目配せは互いに合図を送り合い、体は脳内でシミュレートされた動きを繰り出すため、熱を帯び始める。

 ずっと居続けているせいか、時折ゲームであることを忘れてしまう。しかし、だからこそ生まれる集中力。

 真に命を賭している感覚が生み出す、真の緊張感。

 ゲームだからと割り切っている者達は決して持ち得ないだろう緊張感は、死神はもちろん、モニター越しのプレイヤーらにまで伝わり、数名に唾液を飲ませる。

 今この時、この瞬間において、自分達がいる空間がゲーム世界であることを実感しているプレイヤーは、1人もいなかった。


 戦場に立った経験こそないが、生死の境を今も尚歩き続ける2人だからこそ持てる緊張感。

 生と死の境界線を歩くが故、目の前の死神をNPCとして見ておらず、かといって特殊な人工知能であることを見抜いているはずもなく、実在するはずのない正真正銘の死神として、自然と対峙していることに、本人達でさえ気付いていない。


 死神の赤い眼光が細くなって、鈍く光った瞬間。

 流星の剣と黎明の剣が、同時に死神へと肉薄。大剣と漆黒に衝突し、力を競う。

 直後、死神が退いた。防御は展開され、攻撃力も削いだ。それでも衰えぬ手応えの正体に違和感を感じざるを得ず、思わず、退いてしまった。


〖死神……?〗


 女神さえも、動揺を禁じ得ない。

 彼女が知る限り、死神が脅威を感じて退いたのは、これが初めてのことだったからだ。


「天馬」

「あぁ。うい、勝つぞ」

「うん!」


 数値に変化はない。

 能力値に変化はない。

 ならば彼らがこれ程までの力を発揮できる理由は一体何だ。


 世界に異常は見られず、彼ら自身にも改悪はない。

 ならば、認識を改める必要がある。


 今目の前に対峙しているのは、この世界における最強のプレイヤーではない。

 本気で、死に抗おうともがく


【双方が口にした今の名が、真の名か――創造主は、この世界において、真の名を発するはご法度と言っていた。故に名は、我が胸の内に伏せる。そして最早、


 来い。

 来たれ。

 来ませい。


 幾度となく繰り返して来た戦いの中で、死神が先手を取ったことはなく、常に後手。

 常に後手を取りながら、相手より先に攻撃が決まる。単純に死神の方が速く、確実に決まるからだ。理由はそれ以外にない。


 故に今、不測の事態が起きていることに気付けているのは、果たして何人いただろう。

 少なくともモニターで見守る女神の鼓動を作り上げるプログラムは、暴走しているかのように速過ぎる鼓動を打ち続けていた。


 まったく不安がなかったわけじゃない。

 1%も、敗北の確率がないだなんて思ってもなかったけれど、ずっと強く、信じていた。今も変わらず、彼が負けないと信じているけれど、それと同じくらい、不安でしょうがない。


≪女神様? 大丈夫?≫

〖……死神さん〗


【行くぞ。星を冠した人間よ】

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