死神討伐、レイド・イベント【第二幕】

 詠唱圧縮。

 死神の振るう鎌。刀。大剣。刃物の武器すべての刃が、血色に染まる。


 漆黒の刀身に血色の刃。

 禍々しい雰囲気だけに留まらず、元より即死級の一撃を誇る死神の一撃に、防御貫通のスキルを付与する死神の術技。


【“悔恨アビス”】


 レイド・イベント3日目後半。


 女神の読み通り、前以て情報を得た比較的レベルの高いプレイヤーが参戦し始めた。

 死神の一撃をも防ぐ防具の持ち主も、チラホラと現れ始めたがための対処だ。


 それこそ初期――未だ死神の実力が未知数だった頃に搭載された機能だが、一撃で敵を屠れる攻撃力を持っている今の死神が使うには、プレイヤーらにとってはふざけるなという話。

 即死級の一撃を防げる防具をせっかく揃えたというのに、それらが無効化されるのだから当然の話であるが、死神にとっては最初から与えられている能力を使っているだけ。

 文句を言われる筋合いなどなく、耳を傾ける必要もない。


 故に雑言が飛び交うより前に跳び、目の前の首を6つほど盾や甲冑ごと刎ね、沈黙させる。


 畏怖と恐怖が生み出す静寂の中、高々と矢筈を引いて放たれた漆黒の矢が厖大な量に分散し、戦慄するプレイヤーの体を射貫いていく。

 刃による攻撃ではないため、盾で攻撃を防ぐプレイヤーもいたが、漆黒の雨の中を疾走する死神の振る大剣が盾を貫通し、隠れていた首を刎ね飛ばす。


 戦場に突き刺さる矢が霧散し、蔓延る漆黒の瘴気。


 毒の気配さえ感じさせる色をしていたが、瘴気と言ってもただ黒いだけの雲のようなもので、実害はない。

 ただし、だが。


【“夢幻闇夜ナイトメア”】


 突き立てた大剣の摩擦から生じた静電気が、膨らみながら蔓延る瘴気を駆け抜ける。

 積乱雲の中で光る雷鳴が如く、漆黒の瘴気を赤い電光が戦場全域を駆け抜けて、挑んできたプレイヤーらを入場直後に感電。麻痺させる。

 さらに突き立てた大剣をそのまま90度回すと、雷光が刃を持つ雷霆となって、参戦もしくは再戦しに来たばかりのプレイヤーを一掃した。


 たった今投入された数も合わせ、戦場にいる敵が1000に近くなったため出したようだが、女神の思惑からは少しズレていた。


 確かに、弓矢での下準備から技の起動まで時間の掛かる“夢幻闇夜ナイトメア”は、レベルの高い相手に使うにはあまり適しているとは言い難く、技の内容を知っている相手には対処されやすい。

 イベント期間としてはまだ中盤の今繰り出せば、対処法――具体的に言うと、状態異常無効化からの防御力アップという方法で耐え抜かれてしまう。


 死神もそれはわかっているはず。

 故にこの場合、大幅なMPを消費し、今後の展開としてキツくなることを考慮した上でも、死神にとって1000人近いプレイヤーを一掃しておきたかった展開になったのだと考えるべきだ。


 そして理由は、すぐにわかった。


「わざわざ間引いてくれるとは、嬉しいな」


 チーズドッグ率いる、4人パーティ。


 二桁行かない少数パーティで言えば、アルタイルとベガの2人組の次に、死神を打倒し得る可能性を持ったパーティの登場である。


【少しは小賢しくなったか、人よ】

「このまえみたいな愚策は取らないさ」

【滑稽。死に対する抵抗の一切が、無駄に終わる愚策なり】


 放たれる光の矢が大剣に弾かれ、隙を狙って撃たれた雷弾は天より落ちてきた漆黒の盾に阻まれ、髑髏の口に呑み込まれる。

 鈍重に見えそうな盾を持ち上げた片腕が筋力で膨れた直後、投擲された盾が螺旋を描く漆黒の槍に変形しながら飛んで行き、4人の後方に潜んで機会を窺っていた集団を吹き飛ばした。


「まったく! あの死神のチート加減と言ったら!」

「ねぇ。なんかますます狂暴な感じ? 参るわぁ」

「だけどやるしかねぇでしょ! ねぇ、チーズドッグ!」

「その通りだ。行くぞ!」


 弓兵のグッドラック・ストアが走る。


 普通、弓兵は後方から支援する形で狙撃するのが常套戦術だが、彼は例外だ。

 ゲームのスキル関係なく、現実で習っているテコンドーが接近戦でも役立つ上、速度に大きく能力値を振っているので、どちらでも戦える。


 そして死神は、現実の格闘技相手には疎い。

 ゲーム内のスキルや魔法には強いが、現実でしか体得出来ない武術や護身術には耐性が薄く、弱点として突きやすい。

 さらに言えば、日本での浸透度の低いテコンドーは、日本のプログラマーが創った死神には遠い存在故、対応が難しいのだ。


 魔杖の魔法使い、トムヤムくんの描いた魔法陣が死神の足元で火柱を具現化。

 直後、炎の壁を遮蔽物としながら、通過してきた輝ける矢が死神の左肩に突き刺さる。

 さらにグッドラック・ストアが現代にて磨き上げた渾身の一撃が、死神の側頭部を蹴り飛ばした。


 決まった。


 これで倒れるはずもなかろうが、しかし確かな手応えをグッドラック・ストアは感じていた。

 ただし、彼が感じた手応えは錯覚でなかったものの、彼が実感したほどのダメージを、死神に与えていなかった。


 前回同様、皮肉にも、彼は自身の名と相反して、運が悪かったとしか言いようがない。


 尤も彼に、知る術も知る由もなかった。

 前回の戦い以降、死神がプロレスの元世界チャンピオンと戦っていたなどと。


「――っ!」


 水平手刀チョップ


 今まで死神が使ってきたことは一度もなく、ましてや下顎を狙って出したはずの足技を、敢えて側頭部で受けて脳の震動をわずかにでも弱めるなどと、そんな、本物の格闘家でもしないような捨て身ながら、格闘を経験したことがあるかのような発想に驚きを禁じ得ない。


 何より手刀を確実に当てるため、武器の一切を手放して顔を蹴った脚を捕まえてくるなど思ってもなかった。

 故にそこから先の展開も、想像などしているはずもなく。


 捕まえた脚を振り回し、床に強く叩き付ける。

 反撃とばかりに繰り出された脚技を躱し、胴を両腕で締めた死神は身をのけ反り、クリムゾン・チリの魔法陣が放出する炎の円陣さえ散らす衝撃を放つバックドロップで叩きつけ、床に深いクレーターを作り上げた。


 咄嗟に弓を捨てて頭を庇ったが、背中を走った衝撃は気絶するには充分過ぎて、安全装置が稼働。完全に気絶するより先に、グッドラック・ストアは強制的に退場させられた。


「馬鹿な……!」

「だけど、お陰で準備は出来ましたよぉっとぉ」


 仲間の死闘が作り上げた時間を、トムヤムくんは無駄にしない。

 グッドラック・ストアが戦っていた間に設置した魔法陣を同時起動。溶解した床が灼熱のマグマと化して波打ち、死神を襲う。


「霧になれば蒸発してお陀仏。死神も仏になっちゃいますんでねぇ。ま、普通ならこれでイチコロなんですけれどぉ。そぉうまく行かないですよねぇ」


 わかってはいる。

 わかってはいるのだが、抜けたような態度の中にも、悔しさは滲み出る。


 いくら自分自身で誤魔化そうとしても、うまく行かない。

 自分が時間を掛けて練り上げた戦術が、会得した魔法が、仲間が作ってくれた時間を割いてまで、彼の救出より優先して放ったというのに、未だ、漆黒の甲冑は立っている。


 “グランド・アックス”。


 戦斧かハンマーを主武装にしていると会得出来る、自身の正面に向かって岩の刃が幾重にも伸び出る魔法。

 だが死神は大剣を全力で振り下ろすだけで、地面をひっくり返すだけの剣撃を持っている。

 マグマの波が襲い来る直前、自身の足元を叩き割って、捲れた岩が一時的防壁となった隙に回避したことはすぐにわかった。


 仲間1人とMPすべて。


 払った代償は大きく、成果は乏しい。それこそ、大剣の一振りで看破されるなど、落ち込まないはずがない。


「あぁもう、勘弁して欲しいっすわぁ」


 一瞬で間合いを詰められ、床を捲る大剣の一振りに両断され、トムヤムくんも離脱。

 彼を助けるため、跳び込んだクリムゾン・チリの拳が死神の側頭部に決まったのはほぼ同時。

 だが彼は殴ったつもりはなかった。

 持っていたクナイで刺したつもりが、面の強度にクナイが負けて砕け、結果、殴る形になっただけである。


【汝は剣士と記憶していたが】

「憶えてくれていたとは光栄だが、生憎と俺は剣は使うが剣士じゃないんだ。何せ、毒だって使うんだからな」

【なるほど、失敬した。だが汝もまた不敬である。暗殺者が死神に挑むなどと】


 確かに、言われてみれば暗殺者にとって死神は上位互換に当たる存在か。

 だとしても、今の死神の反射速度には驚きを禁じ得ない。


 死神の一挙手一投足が速いのは知っているが、クナイを砕いた魔力障壁は、

 確かにクナイには毒を塗っていた。直接殺すためでなく、動きを止めて次へと繋げるための強力な麻痺毒。

 だが、わざわざ滴らせて察知させるようなヘマはしていない。

 毒の調合スキルを完全にまで上げた自分の調合した毒は、完全なる無味無臭かつ無色。気付かれるはずがないと、チリは自信さえあったのに。


 何故バレた――


【先に戦った暗殺者が言っていた。殺す時にこそ最も隙が生じる、と。汝も習うが良い】


 誰だ、そんな余計な入れ知恵をしたのは。

 チリの脳裏に、ずっと休載していたのに突然再開した漫画の主人公が脳裏を過ぎって、過ぎった光景を最後に退場させられた。


「嘘だろ……?」

「あの3人が、立て続けに……」


 レベル400近い3人がやられたことで、ずっと下のレベルのプレイヤーは怖気づき、何人かは即刻リタイアボタンを押して自ら消えて行く。

 情けないと死神でさえ思う中、彼らのリーダーであるチーズドッグは槍を構えてゆっくりと、死神と対峙する形で歩み寄ってくる。


【いつも通りの汝らの戦い方で、安心した。前の3人が命を賭して我が実力を計り、すべてを見越した汝が、1対1で我に挑む。相変わらず、我には理解し難い戦略であるが、いつも通りの汝らの戦い方故、安堵さえさせられた気分だ】

「そうかい、それは何より。確かに前回は、とても酷い有様だった。異物が紛れたせいもあったが、俺達らしからぬ戦い方だった。まぁ構図だけ見れば、今までと何ら変わりなかったかもしれないが、しかしおまえの感じている通り、俺達の戦い方じゃなかった」

【では、此度は真の汝と戦えると?】

「あぁ。今度は見逃してくれ、なんて言わないよ」


 Lv.415.


 前回よりレベルも含め、大きく成長したチーズドッグが単身挑む。

 ここからの展開は、女神にとっても完全に計算外。未知の領域へと踏み込み始める。


「行くぞ!」

【来ませい】


 雷霆をまとった槍と、漆黒の大剣とが衝突する。


 周囲のプレイヤーは、これがレイド・イベントであることを忘れ、野次馬と化していた。

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