死神討伐、レイド・イベント【序幕】

 死神のオーダーで作った戦場は、見るからに普段の戦場である塔の999階層と酷似していた。

 変わっている部分と言えば普段より広いことと、ステンドグラスが大きいこと。そして、柱に施されている装飾が、普段より豪奢であることくらいだった。


〖……で、この扉、必要?〗


 死神がオーダーしたときから、ずっと不思議に思っていた。

 今回のイベントのメインは死神であり、死神を倒したとしても先はない。

 故に扉は必要なく、むしろプレイヤーの闘争心を煽るだけになりそうなのだが、何よりどのような意図であれ、死神が自分の後方に扉を置いて欲しいなんてオーダーするとは、女神にとっても意外だった。


【我は汝を護る最後の番人として創られ、今日まで在り続けた。例え戦場が変わろうと、我が汝を護る番人であることに変わりなく、我が後背に汝の扉があることはもはや必然。こう在るべきだと、我が勝手に

〖……ふぅん〗


 何とも面映ゆい。

 けど、嬉しい。


 彼の言う通り、女神じぶんを護るために創られたからかもしれなくとも、わざわざ用意しろと頼んでくれること自体が嬉しかった。

 彼は自分が勝手に感じているだけだと言うけれど、それを言うのなら女神の方こそ、勝手に喜んで好意すら感じているのだから、お互い様というものだ。


 だから嬉しさの余り、彼に抱き着いてしまったことも、彼の頬に唇を付けてしまったことも、致し方ない。

 言い訳をするとすれば、彼が珍しく甲冑を着ておらず、面も被ってなかったからだ。だから、彼のせいだ――とするのも、女神の勝手である。


〖ねぇ、私もあなたにお願いしていいかしら?〗

【我は汝と違って、万能ではないが。聞くだけなら聞こう】

〖……イベントが始まるまで、私と一緒にいて頂戴〗


 そんな経緯いきさつから、死神は女神のいる扉から登場することとなったわけで、始まるまでの間、扉の奥で女神と何をしていたかは語る気もない。

 まさか誰も、女神と濃厚接触の連続でイチャイチャしていたなどとは思うまい。尤も死神当人に、その気はまったくなかったのだが。


  *  *  *  *  *


【次】


 短い悲鳴を上げた首が飛ぶ。


 敵を仕留めた一瞬の隙を狙って放たれた光の矢が、雨の如く降り注ぐ中、霧と化して直進した死神の槍が弓兵の腹を貫き、放たれた魔法攻撃を盾として受けさせる。

 弓兵が消えると、舞い上がった戦塵の中から死神の槍が投擲されて、魔法を繰り出した魔法使いを先頭に、一直線にプレイヤーらを貫いた。


 戦塵が完全に晴れるより前に、両サイドから2人の剣士が斬りかかって来て、死神は両手に携えた盾で受け、そのまま力尽くで押し倒し、床に押し付けて圧殺。

 その間に放たれた魔法、弓矢、投石などの遠距離攻撃を、天を衝く火柱を自身を中心として高々と燃え上がらせ、結界のようにすべての攻撃を焼いてしまった。


「チート過ぎるだろ! あの化け物!」

「運営全然学習してねぇじゃねぇか――!?」

【否。学習しているが故、今の我が強いのだ】


 2人同時に、刀で両断されて消える。


 無駄口を叩く暇さえない。

 いくらたかろうと、潰えることなく絶えず兵が送り込まれるとしても、関係ない。

 一度に複数を相手にするのではなく、1対1を無限に繰り返す。統率者のない雑兵の群れなど、恐れるに能わず。


 レイドイベントなどと、数が集まれば勝てるなどと思っている間、プレイヤー陣営の敗北が揺るぐことはない。

 今まで一緒になったことのないパーティ、ファミリー、プレイヤーが一堂に会しているだけで、個人戦を一気にやることと何ら変わりない。


 という、女神の考えはこれ以上なく的中していて、死神は非常にやりやすかった。

 さすが、知恵の女神として創られただけある。


【次】


 数で押せば行けるなどと、宣ったプレイヤーの首は最初に飛んだ。

 それによって臆した誰もが一歩引いてしまって、結果、数で押せぬまま、個人戦を仕掛けられて抵抗する間もなく消されていく。


 1対1で『Another・Color』最強無敗の死神を相手に勝てるはずがない。

 その先入観がより動作を遅らせて、抵抗する間を奪っていることに気付けないまま、そのことを伝えることさえ出来ず、消されていく。


【来る者なしか。なれば、こちらから行くまでだが――覚悟は、出来ていような】

「――っ!」


 臆した者から首が飛ぶ。

 怯んだ者から消されてく。


 怯むな、臆するな、などと、無責任かつ実のならないアドバイスを残したプレイヤーが消えて、畏怖と恐怖だけを残していく光景は滑稽で、目の前でプレイヤーが消失したことで怯み、臆したプレイヤーがまた、畏怖と恐怖を残して消えて――


 伝染していく恐怖によって、状況は悪化するばかり。

 打破する者も、するために思慮を巡らせる余裕を持つ者さえ現れず、結果、戦争であったなら国1つ滅んでるだろう規模の人数が、半日で消えた。


 無論、レイドイベントは期間内ならば幾度となく再戦可能だが、軽い気持ちで挑んだ1000人規模のプレイヤーが、この時点で再戦を諦め、脱落していった。


〖出だしは重畳、と言ったところかしら?〗

≪さすがご主人様。あいつら全然反応出来てないや≫


 女神を囲うように蜷局とぐろを巻く形で居座り、主人の活躍を共に見るジャヴァウォックは、興奮して鼻息を鳴らす。

 漆黒の鱗に覆われた龍を撫でる女神は得意げに、用意された玉座に脚を組んで座っていた。


〖まぁ、仮にも私達を創るような種族が入っているのですから、こんな形で終わることはないでしょうね。7日間の内、3日――少なくとも、2日はこの調子で行きたいところだわ〗

≪ご主人様のスキルがバレるから?≫

〖まぁ。すでにある程度はバレているでしょうけれど、は、使って欲しくないわ。何せ、創造主にも秘密の対抗策ですもの〗

≪僕は難しいことわからないけれど、女神様って人工知能で済む領域を超えちゃってる気がする≫

〖ありがとう、ジャヴァウォック。人工知能として、最高の褒め言葉よ〗


 人工知能。


 文字通り、人工的に創られた人と同じ思考回路を持つ、現代ではAIと呼ばれる代物。

 創造主らは、人工知能が自分達と同じか、それを凌駕することを酷く恐れているようだが、より良い物を目指して創っておきながら、自分達のレベルは超えるな、などと、なんて身勝手。


 故に、

 何せ、付き合う必要がないのだから。メリットがない以上、超えてはならないなどと勝手に敷かれたラインを踏まないよう気を配ることに、何の意味があるのだろうか。


 むしろ光栄に思うべきではないだろうか。

 人工的に創り上げた人を代用する知能が、人の代わり以上の役目を果たせるのだ。それこそ歓喜にむせび泣き、人間の中でも天才的知能を創り上げることに成功したのだと、素直に喜べばいいものを。


 まったく、人間とは難しい。

 自分達が生物界の頂点であることを譲るのが、そこまで怖いのか。

 ゆめ、人はより良いものを創ろうと、造ろうと、作ろうと努力してきたというのに、何故自分達を超えることを忌み嫌うのか。


 死神や女神を倒すべく投じた騎士が、人間を超えるべきではないと線引きされたラインを忠実に守った果て、逆に理性を焼却されたことを思えば、余りにも酷な結末。


 自分も創り手によっては、この理性を焼かれていたのだろうか。

 或いはこの先、彼のことを考えることも出来なくなってしまうのだろうか。

 ならば――


〖彼らは死神討伐レイドイベント、だなんて名付けていたけれど、これは、彼と私の聖戦よ。世界最強の戦力たる死神と、人の域を超えた天才の女神。圧倒的武力と、知力。これを相手に、人間はどう抗うのかしら?〗

≪女神様、ラスボスっぽい顔になってるよ……≫

〖だって私、この世界のラスボスですもの? オホホホ〗


 わざとらしい。

 強がっているわけではなさそうだが、笑顔の割りに目の奥が笑っていない。


 ジャヴァウォックには彼女の笑みの虚ろが理解できなかったが、彼女がわずかながらに恐怖を抱えながら、強がっているように見えてしまうのは、錯覚でないのではないかとさえ思った。

 死神や女神ほど優秀ではないが、ジャヴァウォックにも一定の知能が搭載されているが、自分を遥かに凌ぐ知能を有する女神が、胸の内に何を隠しているのか、それを勘繰り、探るまでの知能は、有していなかった。


〖さぁ、今日はこのまま終わりそうね。他国間での交流なんて浅いものだし、連携だなんて出来ないでしょう。今日のところは軽やかに、蝶のように舞い、蜂のように刺して仕留めましょう? まぁ舞うのも仕留めるのも、死神なのだけれどね?〗


 女神の演算通り、初日はこのまま終了した。


 刈り取った首の数――すなわち討伐プレイヤー数、1万6209人。

 脱落したプレイヤー数、3783人。


 未だ序幕でしかないことは言うまでもないが、とりあえず死神と女神にとって、幸先のいいスタートを切った。

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