死神討伐、レイド・イベント【開幕】

 レイドイベント当日。


 開始まであと5分を切った頃、集ったプレイヤーはおよそ560人。

 全員が、戦場として用意された場所の豪奢さに驚愕する。


 日本では度々大きさの比較対象として出されるドームと同等規模の大きさを誇る八角形オクタゴンの内、6つの壁にはそれぞれ異国の神話を切り取ったステンドグラスで飾られており、プレイヤーらが入ってくる門の丁度真正面に位置する壁には、白銀の大扉がある。


 幾度となく死神と対峙したプレイヤーならば、幾度となく死闘を繰り広げた魔の999階層を思い浮かべることだろう。

 幾度となく挑み、届くことのなかった白銀の扉。未だ誰も開けることの扉が何故、このイベントにあるのか。


 今回の相手は死神1体。

 他に何か出てくることはないはずで、運営からも何も聞かされていない。


 ならば目の前に見える白銀の扉は、今まで誰も到達し得なかったことを差しての皮肉か。

 運営からの挑戦状なのか。

 プレイヤーらの間で様々な憶測が飛び交うが、誰1人として、死神当人の要望であるなどと予想する者はなかった。


 何より、開始1分前になって、今まで1度も開けられなかった扉が突如開いて、漆黒の奥から死神が闊歩して出てくることなど、誰も想像できるはずもなく、死神の思わぬ形での登場に、皆が驚愕を禁じ得ない。


【陰あって陽があり、闇あって光あり、死あってこそ、生の価値あり。曰く、世界に万能の神があり、全能の神さえあった世界にも、今や神は存在せず、神と崇められし者でさえ、死を超克すること能わず。死とは、神さえも抗うことを諦めた絶対の終焉である】


 荘厳。


 さながら、歴史上の偉人となり得るだろう人物と対面しているかのような緊張感。

 今まで幾度となく対峙してきたはずのプレイヤーでさえ、萎縮してしまう気持ちを抑え切れず、武器を構えることを忘れてしまう。


【魔法。秘薬。天使の羽。我の馳走した仮初の死を跳ね除ける術をいくら携えようとも、汝らは、汝らの崇める神と同じ終焉を回避すること能わず。例え仮初なれど、汝らは我の馳走する死という終焉から、免れる術はない】


 余談になるが、死神と女神の声はベテランの声優の声を下に創っている。

 そのため、このときの死神の長い台詞を新たに撮ったのかと、死神のベースとなった声優のファンであるプレイヤーは歓喜していたが、まさか人工知能がこの場でアドリブで喋っているなどと、誰も思うまい。


 声優当人がこの話を聞けば、驚くだろうことは免れず、運営は早速根回しを余儀なくされた。


【汝らの命に永久とわはなく、生に無限なし。延命の術は数あれど、終焉を逃れる術はなし。故に、甘んじて受けるがいい。例え、この死神の刃を拒むことが出来ずとも、恥じることはない。枕元に立った死神の刃は、退けられぬが必定である】


 普段突き立てる大剣を高々とかかげたかと思えば、対峙するプレイヤーらに刃を向けるよう振り下ろす。

 ただ振り下ろしただけで舞い上がった剣圧が、集ったプレイヤーを戦慄させた。


 同時、イベント開始が告げられる。


 今までの簡素なブザーではなく、死神がオーダーして作らせた荘厳かつ豪奢なオーケストラが流れ始めて、プレイヤー全員の緊張感を底上げした。


【開幕か。なれば、来るがいい。この世界に完全なる死が存在せぬのであれば、それに近しい一撃を馳走しよう】


 死神討伐レイドイベント、開幕――

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