死神 戦う意味を問う
命を狩る。
狩猟。防衛。闘争――あらゆる理由も経緯もあれど『Another・Collar』という世界に限り、命を狩る行為は狩猟であり、防衛であり、闘争でもあるものの、すべてが遊戯に通じる。
命を狩ってアイテムを得る。命を狩ることを目的としたクエストがあったり、狩ることで得られるものは多く、得るために狩ると言っても良い。
しかし、そんなものはすべて建前であり、美化の限りを尽くして飾った言葉に変わりない。
彼らが道楽としているのは、遊戯としているのは、闘争であり、防衛であり、狩猟であり、命を狩る――殺戮である。
『Another・Collar』含め、大概のゲームは、殺したモンスターの数がそれと同等以上のレベルとして数値化され、表示される。
であれば、死神と対峙するに相応しいまでに上げたレベルを代償として蘇生し、弱体化していく騎士の現状は、人工知能という身分でありながら、不相応な皮肉を感じずにはいられない。
酌量の余地はなく、無罪はあり得ず、剣を収めることはない。
だが、目の前の騎士に同情しない部分も、ないでもない。
もはや本人の意思を知る術もないが、騎士が死神を倒し、ヘヴンズ・タワーを攻略するためだけに創られ、殺戮を強制されていたというのなら、感じる物はある。
創造主のモデリング次第では、自分も同じような殺戮兵器と化していたかもしれないし、今後そうなってしまう可能性も否定しきれない。
今から斬るのは、未来、なり得るかもしれない己。
しかし未来など、未だ来てない未知の可能性。演算さえ届かない、未知の領域。
斬ったところで拒絶できず、回避できるものでもないことは、演算を必要とせずともわかっているつもりだ。
そうなると決まっているわけでもないのだが、どちらにしても断じてという言葉は通用しないだろう。いずれにしても、もしもの可能性の域から、出ることはないということだけが、断言できる。
【あれとはこれのことだったか】
「そうよ! 通じると思ったのに! なんかちょっと恥ずかしいじゃないの!」
今ここで騎士を殺すことに意味はなく、無限に分岐する未来の1つを選んだと言えば格好がつくかもしれないけれど、辛うじて防衛にカテゴライズされるかな程度で、狩猟でもなければ闘争でもなく、娯楽でもない。
行く先に一切の悦はなく、楽もなく。
唯一覚えた怒りの後には寂寥ばかりが積もって、虚無とわざわざ表現するものさえ存在せず、この先に得るものはなく、失うものこそ持ってない。
《ご主人様! 女神様! 準備出来たぞぉ!!!》
では、戦う意味は。
ここで騎士を討ち倒した先に何もないというのなら、抗うことに意味はあるのか。
問われるまでもなく、答えるまでもない。
また、問われても、返せる答えを持ち合わせていない。
「オッケー! じゃあ、せぇので合わせるわよ?!」
ただそれでもというのなら、強いてでも返せというのなら。
防衛にカテゴライズされる戦いの果て、護られるものが己だけでないからか。
【承知した】
「じゃあいくわ! せ・ぇ・の!!!」
果たして、何のために護る。
同じ境遇に立たされている同情か。
永く共にいたがため芽生えた仲間意識か。
それとも、他に何か――
【“
何か意味があるのだとしたら、教えられるものがいたとしたら、どんな言葉で飾るだろうか。
* * * * *
〖どうどう? 素敵だと思わない? あの騎士、モンスターみたいで嫌いだったけれど、甲冑のデザインだけは格好良いと思ってたのよね。いいでしょう?〗
【特別、我は甲冑にこだわりがあるわけではない】
〖えぇ? 街にまで甲冑で行こうとするあなたが?〗
創造主らがどのようにプレイヤーらを説得し、納得させたのか興味はないが、騎士の存在が完全に
塔のイベントはしばらく中止となったようだが、毎週ずっと同じ事をやっていた死神としてはなんだか落ち着かず、創造主に騎士が着ていたのと同じ甲冑を貰った女神が見せびらかして来るが、返事はどれも上の空。
後ろから抱き着いても胸を押し当ててもほぼ無反応なので、女神も不満そうだ。
ついに甲冑を脱ぎ捨て、全裸にも近しい装いで死神の膝の上に乗り、面を外して覗き込む。
死神の赤い目が、女神の目と見つめ合って、彼が慌てふためく姿を待望していたのだが。
残念。
先に参ったのは女神の方で、すぐに死神に面を被せて、胸元に顔を埋めようとして思い切り甲冑に頭突きしてしまった。
【……何をしているのだ。汝は】
意識を向けることに成功はしたが、理想的展開でないことは言うまでもない。
威厳を保ちたいところだが、ぶつけた頭が痛くて拭っても拭っても目は涙目のまま潤み、頭を押さえる姿にはもはや、威厳の欠片も見られなかった。
【
〖……ありがと〗
【汝の演算能力があれば、このような失態を繰り返すこともあるまいに】
〖それ、私をいじってる?〗
【失言だったか】
無言。
今度はゆっくりと、死神の胸に額を擦りつけるように落とす。
金色の髪が甲冑の至るところに絡まって、さながら蜘蛛の巣に絡まった蝶のよう。
されど捕食されることはなく、慈愛の抱擁さえもない。
死神はただ、見下ろすだけ。
女神はただ一瞥するように見上げ、深くため息を付いてから、身を委ねるだけだ。
〖知恵を司る女神が、情けないわよね。戦略も計略も謀略も知略も、奇策さえも掌の上――だなんて、過大広告も良いところだわ。あなたのことになると、計算も演算も打算も空回って、絡まって、うまくいかないの。なんでかしらね〗
【知恵を司る女神に導き出せぬ演算結果を、我が導き出せるはずもなかろう】
〖そうね。でも、そう言いながらも答えようとしてくれている。考えてくれている。今のあなたは、そういう目をしてる〗
【我に関する演算は、狂うはずではなかったのか】
〖そうね。狂うはずなのに、今だけはうまく行ったわ……次も、うまく出来れば良いな〗
彼女の言う次とは、いつのことを差しているのか。
数秒後。
数時間後。
数日後。
数週間後。
或いは、もっともっと先の話なのか。
そのとき、死神という存在はそこに在るのか。
彼女と共に、今日まで在り続けた死神はいるのか。
仮にいないと仮定して、胸に積もる寂寥は深く、いると仮定して、積もる寂寥は少ない。
ならば、女神の演算でさえも導き出せない死神の戦う理由とは。
彼女にとっての次を、生み出すことなのだろうか。
この結論に、一体何度、未来を託したことか。死神はもう、数えるのをやめていた。
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