vs純白の騎士【Ⅲ】

 『Another・Collar』の全プレイヤー強制ログアウトからの緊急かつ長時間メンテナンスに、全国の運営に非難と問い合わせとが殺到したことは言うまでもない。

 言うまでもなく訪れる結果であり、運営も覚悟の上だった。


 実際にはメンテナンスというメンテナンスなど行われておらず、国規模でのハッキング攻撃に等しい事態が起こっていることなど、プレイヤーの1人として想像もしていない。

 何より厳密に言ってしまうと、強制的にログアウトしたのはプレイヤー全員であって、


 医療用のためとはいえ、もはや『Another・Collar』の一部分と化し、プレイヤーの枠組みから外れてしまった2人の青年の意識は、未だ電脳世界の中にあった。

 強制ログアウトなどされようものなら、脳に過大な負荷が掛かると、病院側がやめさせたのだ。


 担当医からのチャットで連絡を受け、とりあえず自宅にしている学生寮に固まっていた2人だったが、プレイヤーどころかNPCさえ消えてしまった世界は寂寥に過ぎて、表現しようのない恐怖が襲ってくる。

 故にある意味では、突如轟いて来た龍の咆哮は、人外でも、自分達以外の誰かがいるのだという一縷の希望となっていた。


天馬てんま……」

「大丈夫だ、うい。大丈夫だ……大丈夫だ」


 龍の咆哮については、天馬ことアルタイルにもわかってはない。

 だが今までの経験から、何かと戦っている声であることは察することが出来た。

 龍が味方か敵かもわからないものの、龍の咆哮が聞こえなくなったとき――つまりは戦いが終わったとき、この事態が終息するのだとすれば、早期決着を望まざるを得なかった。


  *  *  *  *  *


 召喚獣。


 魔法使いを選択したプレイヤーが、いくつかの特定条件をクリアすることで獲得出来る。

 扱いとしてはサブウエポンのようなものだが、召喚獣を獲得すると召喚術士という役職に変わることが出来、そうなるとメインウエポンとして召喚し、使役出来る。


 他、ごく少数のボス級のNPCも眷属として召喚することがあり、死神と女神もそれぞれ眷属たる召喚獣を与えられてはいたのだが、今まで召喚したことはほとんどなかった。

 女神は使う機会がなかったし、死神は一度、まだ自分の力量が測れてない初期に使ったことがあったが、以降、禁忌とした。


 当時の批判も大きく、運営から酷く釘を刺されたこともあるが、何より死神自身、御しきれない、と判断したためである。

 ただし、言語も通じず握った手綱も意味を成さないほど凶暴――という意味合いとは、随分と離れている。

 むしろ、封じたのだ。


《ご主人様ぁ! 久し振りぃ! なんでもっと呼んでくれないのさぁ!? 僕退屈で退屈で、ついに将棋始めちゃったよぉ!》

【息災で何より。だが汝を呼ぶと創造主らがうるさい。汝は加減を知らぬ故な】

《そんなことないよぉ! ご主人様のためなら僕、頑張れるよ!》


 と、会話の内容通り、畏怖さえ抑え切れない邪龍の究極体たるジャヴァウォックは、死神に対して従順かつ忠実だ。

 一人称をとしているが、その姿にはまるで似つかわしくない少女のような声で話す。


 モデルとなった龍は、炎と無限に湧き出る呪いの言葉とを吐く異形の姿をしているらしいが、いくら美化したと言っても限度があるように感じるし、少女の声はさすがに原型から崩し過ぎではないかとさえ思う。


 ちなみに期待している人には申し訳ないが、人型の美少女に変身したり、マスコットサイズになったりはしないので、悪しからず。


【まぁ良い。なれば力を貸して貰おう。此度は猫の手――いや、龍の爪も借りたい事態であるが故】

《そういや、ここどこ? 塔の中じゃないの?》

【創造主らも予期し得なかった緊急事態である。今汝の手に押し潰されている、幾度となく蘇生する愚かな傀儡を、死ぬまで潰せ】

《つまり……手加減なしってことだね! わかった! やってやるぁ!》


 蘇生された騎士が龍の手をはね除ける――はね除けたと、騎士自身思ったかも知れないが、残念ながら勘違い。ただ龍が、手をどけただけだ。

 直後、鞭のようにしなる鋼鉄をまとったような硬い尾が、騎士をはね上げた。

 高々と打ち上げられた騎士に向けられる龍の口内には、深紅に燃える炎が蓄えられている。


《“ディアボロス・フレア”!!!》


 余談になるが、召喚口上となる詠唱を破棄せず唱えずに召喚すると、「何で言ってくれないの! カッコいいのに!」と拗ねて、騎士を変形、熔解させる灼熱の咆哮を受けることとなるため、詠唱を凝縮してタイムラグを無くせる死神も、先に叫んだ召喚口上を叫ばざるを得なかったわけだが。


 わずかに人の形を保ちながら、黒く炭化した騎士が落ちる。

 だが直後にまた恐ろしい速度で修復され、蘇生される。これが騎士あれを創った創造主らの希望通りなのだとすれば、やはり憤りを禁じ得ない。


 死ぬだけの攻撃を受ければ、それに値する痛みも伴うはず。

 それを喜々として受け入れるはずもなく、抵抗しないために思考回路を焼いたというのなら、下劣極まりない愚行である。


【例えこの世界における死が仮初であろうとも、汝が死にきる前に蘇生されようとも、死を与えるまで殺し尽くす。これ以上の苦痛が与えられないという意味合いでは、死は汝に対する我の慈悲である。甘んじて受けるが良い】

〖し、しし! しぃにぃがぁぁぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃぁぁっ――!〗


 兜に亀裂が入って、口の部分だけが砕け散る。

 兜の中に溜まっていただろう湖の水で薄まった奴の体液をぶちまけ、唾液に塗れた大口を開いて、唸る姿はまさに獣。

 未だ兜の奥に隠れる双眸は、血眼になってこちらを睨んでいる。


 本来、血液や体液は『Another・Collar』にて反映されないはずなのだが、非正規の産物だからか、もはや隠し切れていない。

 故に無敗の死神ながら、初めて見た。血。


 臆しはしない。動揺もない。

 改めて憤ることもなく、むしろ感情はどちらかと言うと平静で、血反吐を撒き散らしながら襲い来る騎士のランスをも片手で受け止め、押すも引くも許さず、大剣の一撃にて両断した。


 蘇生も中途半端のまま起き上がり、絶叫と共にランスを振るう。

 しかし死神は高々と垂直に跳んで回避。代わりに迎える邪龍の額で開く黄金の目より、放たれた金色の光線が騎士の上半身を焼き尽くし、炭化させ、吹き飛ばす。


 だが上半身が消えて尚、プログラムが消えた上半身を再構築。

 下半身があるはずのない腹筋を利用したかのように立ち上がると、再構築された腕で殴りかかってきた。

 崩れた兜も再生されていたものの、すでに中身は透けているも同然。

 もはやゴブリン程度の知性しか持ち合わせてないだけの、なかなか死なないだけのモンスターにまでであることは、露見しているのだから。


【ジャヴァウォック】

《了解! やっちゃうよぉ!》


 天高く飛翔した龍の4つの角が輝き、破裂音を繰り返しながら雷電をまとい始める。


 本来ならば、出来るか出来ないかは別として、何かしらの大規模攻撃を準備している龍を先になんとかしようとするはずだ。

 人工知能なら尚更、ベストの選択を演算で導き出せるはず。


 だが騎士はランスの復元を待つことなく、上半身が復活した直後に死神へと迫り、握り締めた拳を何度も叩き込む。

 死と蘇生を幾度となく繰り返していくうち、戦い方まで忘れてしまったのか、乱雑に繰り出されるだけの拳は、大剣を突き立てて仁王立ちする死神に1つとして響かない。


 もはや止めることに力は要らず、意識さえも要らず、呼吸さえも要らない。

 最初に刺突を繰り出してきたときとは、まるで別人。いや、もはや人とは形容し難いケダモノである。


「……なるほど、そういうことね」

《離れて! 女神様!》


 女神が攻撃範囲の外へと飛ぶと、龍の角が金色の雷霆と変わり、天を衝く。

 金色の波動が空に広がり、波動の走った場所から破裂音と摩擦音とが聞こえ始めて、静まりかえった次の瞬間、金色の雷霆が騎士へと落ちた。


《“レクイエム・リコール”!!!》


 死神は霧と化して一瞬のうちに回避。

 霧を殴った虚しさを感じたか否かの刹那の一瞬に落ちた雷霆は、騎士の命を大きくすり減らし、溶かし、燃やして殺す。


 が、やはり消すまでには至れず、ドロドロに熔解した状態から復活する騎士目掛けて急降下。

 戦斧の如き鋭い爪で、蘇生して一分にも満たない騎士の五体を引き裂いた。


 それでも尚、完全な消滅に至らない騎士の蘇生に、龍も苛立ちを御しきれず吠える。


《あぁもう! なんで死なないんだよ、こいつぅ! このっ! このぉっ!》

「死神!」

【……演算が終わったか】


 勝利の算段はついたようだ。

 何せ未だ誰にも知られてないものの、仮にもこの世界最強の座に置かれている女神が、勝利を確信して微笑んでいるのだから。


「あれは、1度の蘇生でレベルを1つ下げてるわ」

【なるほど。攻撃力が削がれ、戦い方も雑になっていたため妙には感じていたが……そういうことか。レベルと戦闘力を直接繋げ、擬似的な無限の蘇生を可能とした、と。小賢しい真似をする】

「でもおそらく、創造主の技術でも禁忌。あの騎士に掛かってた情報操作も、全国創造主の知識の海――えっと、サーバー、だったかしら? を詮索したら出てきたわ」

【では、あれの正確な寿命もわかるか】

「えぇ。あなたと私とで、をやりましょう? それでもう、片が付くわ」

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