vs純白の騎士【Ⅱ】
二人の少女はチャットを繋ぐ。
平々凡々。特筆すべき経歴はない、貧乏でも裕福でもない一般家庭に生まれ、一般教育を受けてきた二人の女子中学生だ。
「ねぇ、『Another・Collar』ログイン出来る?」
「今運営に問い合わせしてみたけれど『調査中につき対応出来ません』って弾かれちゃった。『Another・Collar』全体で何か不具合が起きてるみたいだね」
「詫び石貰えるかなぁ……」
「貪欲だなぁ。ガチャをするのは自由だけど、課金すんなよ? 中学生」
「わかってるってぇ。でも、今度はあのNPCさんと並んで戦えるようになりたいんだぁ」
* * * * *
塔の外壁が崩壊する。
女神は天上へと飛翔し、落下する騎士を追いかけて、死神は塔の外壁を素手で抉りながら螺旋を描くように落ち、騎士が目の前に現れると両手で握り締めた大剣を振り下ろし、叩きつける。
森へと薙ぎ払われた騎士は大木を何十本と叩き折りながら吹き飛ばされるが、直後、倒れた大木を片腕の筋肉をこれでもかとばかりに膨張させ、死神に対して投げつけてきた。
だがその程度、ゴブリンの振る棍棒の一撃にさえ劣る。
躱す必要も流す必要もなく、大剣を突き立てて仁王立ちしたまま、ぶつかってただ砕ける大木の中に紛れて飛び込んできた騎士の刺突を躱し、顔面を叩きつけてから、漆黒の魔力で爆散。
【うん?】
飛び散った頭が復元している最中にも関わらず、騎士の腕が死神の足首を掴む。
先ほど数十本の大木を投げ飛ばした力で振り回し、何度も地面に叩きつけるが、その程度でダメージを受ける死神ではない。
直後、腹筋で上半身を起こした死神の両腕に足首を持つ手を掴まれ、身ごと捻って潰される。
追撃となる後ろ回し蹴りが再生直後の騎士の顔面を歪ませ、地面に叩きつけた直後、漆黒の剣閃が騎士の胴体を両断。直後、さらに爆散させた。
【女神よ。これで幾度殺した】
「7回よ。あと6回……ただし」
【演算の上では、であろう。心得ている。しかし汝ほど優れた演算機能を持たぬ我には驚愕を禁じ得ぬ実状である。あれに割かれているリソースの容量を、疑わざるを得ない】
現実世界と『Another・Collar』、二つの世界の金銭の価値観がどれだけ隔てられているのか、現実世界において、金銭がどれだけの力を持つのか、死神は知らない。
だが、以前に挑んできた重課金プレイヤーとは比べものにならない莫大なリソース。それこそ、金銭が働き、騎士というウイルスは作られたように感じる。
それこそ、傾国さえ厭わないような厖大かつ莫大な財産が、現実世界における別の金銭的問題を解決出来たはずの物が注ぎ込まれたような気がして、死神は不憫でならなかった。
【女神よ。戦域を広げる。あの小屋を巻き込みかねるが、許せ】
「この事態を解決したら、彼らに強請ればいいだけよ。あなたさえ生きていれば、無事であれば、何事もなければ、私はいいのだから」
【……感謝しよう】
蘇生完了。
両腕がダランと下がった状態のまま立ち尽くしたかと思えば、一瞬で沸点に達して理性が蒸発。思考回路は焼き切れて、ただ敵へ突進する暴力装置と化す。
一切の躊躇も迷いも失い、破壊の一撃をランスへと集束させた騎士が飛び込んだ。
【“
霧と化した死神が騎士に貫かれ、文字通り霧散。
直後、騎士の首根を捕まえて槍の如く投擲。ランスを振り下ろして大地に突き立て、大樹の根と絡めて止まった騎士の頭上へと霧と化して駆け抜けた死神の漆黒の閃光が、爆ぜる。
空高く打ち上げられた騎士を追いかけ、霧となって舞い上がった死神が大剣を振る。
爆ぜる漆黒。吹き飛ばされた騎士を追いかけて、死神が大剣を振ってまた、漆黒が爆ぜる。
ひたすら霧と化した死神が敵を追撃するだけの技だが、これも使用を禁じられている。
何せ霧と化す上に速度は通常の倍。
倍速で繰り出される攻撃は、ダメージ判定に影響しないものの、プレイヤーらの脳裏に重い一撃を描かせて、実際のダメージより大きく感じて失神。
安全装置が働いて強制ログアウトという批判殺到の結果を免れないからだ。
追撃が百を超えた頃、騎士の抵抗に諦めが見え始めた。
叩きつけた頭蓋を掴み、地中を掘り進めながら森の中を滑空するように駆け抜け、定義上は水たまりの湖へと下手投げで落とす。
魚が住み着くほどだ。深さはある。
贅沢を言えば、このまま封印するような形で終わってくれれば幸いだが、そうはいくまい。
甲冑の重みで沈んでせめて一度、願わくば二度以上は溺死して欲しいものだが。
【何度死んだ】
「残念ながら、さっきの殴打の連続で1回だけ。すぐ、上がってくる」
天上の女神の演算結果は、すぐさま正答であると証明される。
白き光が灼熱で以て湖を焼き、湖を蒸発。
溺死するより前に水のすべてを蒸発させるという暴挙に出た騎士が、甲冑の隙間から眼光を光らせ、熱の籠もった息を吐いて直立していた。
〖キルキルキルキルキルキルキルキリキルキリリリリリリリリリリリ――!!!〗
「――! 霧化! そこ退いて!!!」
女神の言う通りに死神が霧となって後退すると、追いかけようとした騎士の四肢を地中から伸びた黄金の鎖が何重にもなって絡め取る。
同時、騎士の頭上に重ねて展開された魔法陣は、プレイヤーならば絶望さえするだろう。規模も数も圧倒的な上、詠唱は死神と同様に一瞬の中に凝縮してしまうので、本来あって然るべきタイムラグがほとんどない。
それでいて繰り出されるのは、必殺の一撃。実装はされているものの、未だ身につけたプレイヤーが1人としてない極大魔法。
「“アース・プレッシャー”」
プレイヤーや創造主らの世界における星の引力――すなわち重力を数値化して、仮に1とした場合、女神の演算では12倍の重力負荷を掛ける極大魔法。
死神に掛けたことこそないが、どれだけ強固で頑丈な鎧を身にまとっていようとも、星の圧力には逆らえない。
騎士がその場に埋もれ、さらに人型であったことさえわからなくなるくらいに潰されるのは必至。むしろそこからの復活など、本来あり得ないはずなのだが。
「これで何度殺せたかしら」
【一撃でそう幾度も殺されては、死神も立つ瀬がないな】
「こんな暴力、通じて1回よ。それに……」
女神が揺らぐ。
16枚の翼すべてから大量の羽が落ちて、尚耐えようと翼を羽ばたかせる姿には、どこか痛々しいものを感じられた。
極大魔法の反動か、HPを消耗しているようだ。
「こんな自滅しかねない魔法、そう何度も打てないわ」
【女神よ】
振り向きざまに受け止める。
死神から投げ渡されたのは、先日ただの傷薬のためと、2人で一緒に作った
わざわざ持ってくる必要などないだろうに、死神が持っていたことに喜びを覚えた女神はニンマリ笑って、
【これで、後何度だ】
「……」
【後、何度殺せばいい】
「……」
【女神よ】
「……あと、11回」
【何?】
演算を間違えた――ということはあるまい。
ならば
無論今現在の演算結果が、偽装された数値である可能性は捨てきれないが。
【……度し難し】
「え?」
【この騎士が望んでなったか、元よりそう在るべしと創られたのか、知る由もなければ術もなし。されど無限の蘇生など、死に対する冒涜以外になく、死という終焉の尊厳を侮辱する行為に他ならぬ。例えこの世界における死が仮初なれど、一時的な終焉もなく戦い続けるなど、戦士ではない傀儡の愚行。純白の騎士など名ばかりの、
死神の眼光が鋭く光る。
面の下にある表情こそ見えないが、声音は確実に怒っている。
操る言葉も、もはや逆鱗に触れたことを明白にして隠さない。
「仮初の死なれど――」だなんて、割り切った言い方をしていたものの、それでも誇りはあったのかもしれない。
『Another・Collar』も死神も、プレイヤーらからしてみれば趣向品の1つ。飽きれば終わるただの余興。泡沫のように、忘れ去られて消えるが必定。
それでも死神は、自分が仮初の存在で、与えるものさえ偽物だったとしても、誇っていたのかもしれない。誇りを持とうとしていたのかもしれない。
ならば、誇りを穢された彼が憤るも当然。
自らでさえ、禁じ手と封じた物を出すのが一時的感情の暴走だとして非難されようとも、女神だけは許せた。
命の冒涜だとか貴さとか、人工知能である女神には感覚的にしかわかっていないけれど、死神は仮にも、多くのプレイヤーと戦い、ゲームオーバーさせてきた。
故に仮初でも、わかるのかも知れない。わかるように創られたのかもしれない。
命の尊厳と貴さを。仮とはいえ、死神はその命を、狩るが故に。
【
詠唱を破棄することなく、死神は綴る。
大剣を突き立てると魔方陣が出現し、6つの火柱が上がると、螺旋を描きながら天を穿ち、本来空くはずのない亀裂を砕き、虚空の奥から、妖しく光る巨大な目が覗く。
【
呼び掛けに応じて、虚空の彼方より長い首が伸びて出てくる。
紅色の双眸。額に輝く第三の目は
ノコギリのような歯がびっしりと生えそろった巨大な口を開け、天地轟く咆哮と共に火炎を吐く漆黒龍が、死神の後輩に降り立った。
【さて。もはや女神の演算すらも欺く創造主の
女神の圧力で潰され、龍の火炎に焦がされた騎士が、原型を取り戻して襲い来る。
直後、戦斧並に鋭く尖った爪が揃った龍の手が、その戦斧の如き爪を使うことなく、腕力に物を言わせて、質量で押し潰した。
【考えるまでもなく、過ぎた力で死ぬまで殺す。殺すに至るだけの質量で以て、全力で以て叩き潰す。無限の蘇生などと、命の貴さを冒涜する行いを続けるのなら、無限に死に続ける苦痛を、甘んじて受けるがいい】
龍の咆哮が、猛々しく轟く。
主である人工知能の憤怒に応じるが如く、猛々しい程に。
そして、この状況では女神しか気付けぬのは当然なのだが、敢えて言おう。
このとき、女神しか気付けなかった。
憤怒という感情を覚えた死神が今、人工知能という領域を一歩、逸脱しそうになっていることを。
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