vsトリック★スター

 此度は随分と、ソロで挑んで来るプレイヤーが多い。


 ソロで挑んで来れば得られるボーナスがあるなどと、聞いてはないのだが。

 とにかく、これで18人。今までで最多だ。

 それだけのプレイヤーが育ったということなのだろうが、だからといってそう易々と、1000の内の998まで単身来られてしまうとは、そのうちすべてのプレイヤーがこの階層に至る日も少なくないのかもしれない。


 そして今、19人目のソロプレイヤーが入ってくる。


  *  *  *  *  *


 最強無敵にして無敗の暗殺者――漫画「ブラック・アウト!」の主人公、トリック★スターを簡単に説明すれば、そんなキャラクターだ。

 いつからもはやテンプレートと化した、女と見紛うほどの美男子で、チート能力を駆使してあらゆる強敵を倒しながらハーレムを築いていく、チーレムキャラクター。


 そのように、描いた。


 最初からそのつもりで作り上げ、そのつもりで描き、そのつもりで続けて来た。

 だが、わからなくなった。


 描いていく途中で、彼と言う存在が歪んでいった。

 最初はスラスラ描けていた。ただ脳内で動く彼を描けばよかった。台詞に至ってはもはや代筆と言って良かった。


 なのに、描けなくなった。


 読者の期待に応えようとし続けて、読者の批判を聞けば聞いていくほど自分を追い詰めた結果、ついに自分の中で、彼も、彼が生きていた世界さえも動かなくなった。

 自分の中で彼が死んだ。死んでなくとも、植物状態にまで追い込まれた。


 彼は、トリック★スターは一体どこへ消えてしまったのだろう。

 完全なスランプに陥り、担当の編集さんのアドバイスを受けて休載することとなったのだが、このままでは時間の問題だ。

 いつ打ち切られてもおかしくない。


 どうにかしなければならないとわかっているのに、あれだけスムーズだったタイピングがまったく進まない。指はもう、キーボードの位置を忘れてしまっていた。


 だからここに来た。

 最強無敵にして無敗の暗殺者、トリック★スターが『Another・Color』最強の死神に挑む。

 そう、自分自身が、トリック★スターとして挑むのだ。


  *  *  *  *  *


「ここまで998階層。数えるのも億劫なほどのモンスターが掛かって来たが。どれもこれも例外なく、それこそ数えるまでもなく、ただ吠えて襲い来るだけだったが、さすがにこの世界無敗の死神は違うらしい。人を模して、言葉をも操るか」

【死神が言葉を操ることを、不服とするか】

「いいや? 俺は狩るだけだ。相手が人間だろうと人形だろうと異形だろうと、命あるなら狩るだけだ。それが暗殺者トリック★スターの在り方だ」

【そうか……では問いを投げよう、暗殺者よ。暗殺者と名乗りながら背後を取る気配もなく、ただ弁論を並べるだけの貴殿は果たして、暗殺者として戦えるのか】


 芯を捉えた発言を受けて、暗殺者は死神の背後を取った――つもりだったが、目の前にあるはずの死神の背中がない。

 背後を取ったはずの暗殺者のさらに背後を取った死神が、高々と大剣を振り被っていた。


 俊足を駆使して走る。

 距離を取って腰の魔導拳銃を抜き、即座に引き金を引いたが、銃弾は虚空に消える。

 再び死神の姿を見失って周囲を見回していると、全身が影に覆われて頭上にいることに気付き、咄嗟に跳んで落下してくる剣撃を躱す。


 空中で態勢を立て直し、着地と同時に、走る。

 四方八方、死神を攪乱すべく走って、出来た隙を突かんとしたとき、先を読まれた大剣が、のけ反って躱した暗殺者の目前を通過。

 そのまま素通りし欠けたところを死神に捕まり、叩きつけられる。

 反撃とばかりに銃撃を喰らわせるものの、漆黒の装甲に弾かれてまるで効果がない。


【我の知る暗殺者の振る舞いとは、随分と異なるのだな】

「――!」


 そうだ。

 こんな無様は晒さない。こんな醜態は晒さない。


 自分の中のトリック★スターは、こんなにも弱くはない。


 右手に仕込んでいた魔法を起動。

 眩い閃光にて、死神の視界を奪わんとする。

 力の緩んだ束縛から抜け出し、腰に脚を絡めてから片腕で跳ね、反転。背中へと回ると大量の起爆札を貼ってから、背中を蹴って距離を取ると、一斉に起爆。

 爆風を受けてより遠く距離を取り、弾丸を装填した。


「仕留める瞬間にこそ最も油断が生じるものだ。力も実力もそちらが上なら、こちらは技術で勝負する。故に、勝ったと思うなよ。その瞬間に一歩ずつ、おまえの敗北が近付くのだから」


 面の下、死神の眼光が赤く光る。

 熱の籠った白い息を面の下から噴き出し、不意の一撃をくれた暗殺者を狙う姿は、漫画家であるプレイヤーに機械兵を意識させ、NPCなのだから当たり前と思いながらも、命令に忠実過ぎる殺戮をする機会を想像すると、怖くなってしまって仕方なかった。


 だが、負けるわけにはいかない。

 自分は最強無敗、史上最強の暗殺者、トリック★スターなのだから。


【疾く、眠るが良い】

「どちらが早いかな」


 眠るが早いか、眠らせるが早いか。

 暗殺者と死神の戦いは、速度の領域へと的を絞られる。

 

 互いに相手の背後、死角、隙を取り、取られまいと肩で風を切り、命を斬らんと刃を揮い、暗殺者は至る所に罠をも仕掛けて死神を捕えんとする。


 赤い眼光を光らせ、漆黒の瘴気をまといながら風を切って駆ける死神の速度を追いかける暗殺者の双眸は、眼鏡の奥で忙しなく動き続けている。

 宵闇を見通すべく存在する黄金の双眸は、霧と化して背後に回ってくる死神の動きを捉え、振り被られる大剣の一撃を辛うじてではあるが、受け流す形で躱し、銃撃で反撃している。


 連続する一瞬の攻防。

 刹那の瞬間に繰り出される一手で決まる生き死に。


 自ら引き金を引き、敵を追い、迫り来る敵の攻撃を掻い潜る。

 他のどこへ行こうとも、経験できることない緊張感。頭の中で練るだけでは、到底超えられない限界を遥か超越した命のやり取りの中、彼の中で、最強の暗殺者が鼓動を取り戻していく。


 暗殺者が息を吹き返し、指先から脚から、彼を構成する細胞が一つずつ起き始めたとき、暗殺者の拳銃が捕まった。

 即座に引き金を引くものの、死神の手で銃口が塞がれ、貫けずに戻って来た結果、銃身が爆発。銃を握っていた右手が、変形しながら灼け焦げる。


 それでも片手を犠牲にしながら死神の首に括り付けた鎖を引き、締め落とそうとするが、硬度が高いはずの鎖が砕け散る。

 装甲に隠れてよく見えなかったし、数少なく露出した生身だと油断していたが、甲冑と面の間でわずかに見えている黒い首は太く、それこそコミックかというくらいの筋肉の塊。

 鎖が砕かれても、まぁゲームの仕様なのだろうなと変に納得してしまいそうになるくらい、恐ろしく太い首をしていた。


 それでも諦めきれず、脚を繰り出す。

 無論、死神の装甲を前にただの蹴りが効くはずもなく、蹴りはあくまで装甲に起爆札を貼るためのフェイントだったのだが、起爆するより前に顔面を殴り飛ばされ、それでも起爆したが、結局、効かなかった。


「あっ、ぁぁっ……!」


 歯を食いしばって耐えていたが、限界が来た。

 片腕は灼けて変形し、もう片方の手も鎖を引いたときに切れ、片脚をも犠牲にしたというのに尚、届かない。


 最強の暗殺者、トリック★スターが――負ける。


 だが、悔いはない。

 敗北を招いた死闘にこそ、意味はあったのだから。


【刻限である】

「あぁ……その、ようだ」


 もう終わらせてくれ。

 早く、この感覚を描きたい。自分の中に蘇った彼を、彼を取り巻く物語を、この手で――


【――暗殺者よ、疾く去るが良い】

「え――」


 強制ログアウト。

 鳴り響く警報ブザー。

 わかりやすいくらいに赤々と輝き、色彩豊かに輝くステンドグラスの美しさはどこにもない。

 そして本来施されるはずの回復も機能せず、直後、下の階層と繋がる扉が吹き飛んだ。


【これが、汝らの用意した強敵か】

『殺せ! いつも通りに殺せ、死神!』


 いつもと違う調子で、強制的に介入してきた創造主が怒鳴る。

 いつもより背後で聞こえる音が騒がしく、怒号という怒号が飛び交っている。


『それはもうプレイヤーと考えるな! あらゆるデータを改ざん、破壊するウイルス! おまえ達人工知能を殺すために作られた最悪の敵と思え!』

【……要は汝ら創造主の世界の抗争に巻き込まれた挙句、尻拭いをさせられるわけか】


 正論過ぎて、ぐぅの音も出なかった。


 実際、それをけしかけて来たのは自分達ではないのだが、そう仕向ける挑発したのは紛れもなく自分達であり、自分達が完全に無関係かと問われると、頷くことは出来ない。


 故に現在、日本を主体に『Another・Color』を運営する各国が総動員して、全プレイヤーを強制退出させ、を止めるためあらゆる手段を駆使していた。

 だがファイアウォールもウイルススキャンもすべて突破され、逃げ遅れたプレイヤーもモンスターもすべて殺し尽くし、が今、死神の目の前に対峙している現状である。


【良かろう。なれば――】

「私が出てもいいわよね?」


 再び、彼女自身の手によって扉が開かれる。

 8対16枚。白と黒の天翼を広げ、女神が死神の間へと顕現した。


「私も参戦した方が、より効率がいいわ。そうでしょう? 何せ今、すべてのプレイヤーは蚊帳の外――いいえ、ゲームの外ですもの。あなた達が隠してさえくれれば、問題ないものね?」


 人工知能に協力を仰ぎ、そのために脅迫される。

 なんとも皮肉。飼い犬に手を嚙まれる、とはまさにこのことか。

 死神は、大剣を突き立て、先の戦いで一瞬ながら縛られた首を鳴らす。


【創造主よ。汝らは汝らの出来ることをせよ。我らはこれを仕留めるのみ。それで良いな】

『あぁそうだな! そうだよ畜生! じゃあ任せたぞ! 期待してるぞ最強無敗の死神様よ!』

「……乱暴な言葉ね。本当に私、あんなのから生まれたの?」

【気を急かされているのだ。そう言ってやるな】


 舞い荒れる塵芥ちりあくたを咆哮と共に消し飛ばし、姿を晒す純白の騎士。

 そういう設定なのか元々のデザインかそれともバグか。いずれにせよ、もはや純白と呼ぶには過ぎるくらいに血に塗れ、汚れきっていた。

 死神と女神を並べて見て、ただ唸る姿に騎士たる凛々しい姿の片鱗もない。


〖殺す……目の前の敵、敵、敵! ててててててててててててててて――!!!〗

【仮にも死神を前に――いや、死神に対して殺すと妄言を吐くか。不遜、不敬。汝には万死さえも生温い】

「あら、珍しくお怒り?」

【死神の揮う剣に私情は挟まぬ。しかし仮にも騎士を名乗り、この塔を登るのであれば誇りを保つべきであろう。ただ本能のままに戦い、貪るなど獣の所業。我がこの塔にて求めるは、獣の首に非ず。蛮行一切不敬なれど、我に挑まんとする人間の首である】


 初めて、死神のポリシーとでも言うべきものを聞いた。

 どうやら、かなり怒り心頭している様子。その隣で、女神は不適にもほくそ笑んだ。

 何しろ、これが初めての戦闘であり、何より初めての共闘なのだから。


「じゃあ見せてやりましょう。あなたの揮う死神の大剣と、目の前の騎士の姿をした怪物の剣。そこにある絶対的な差を」

〖し、しし……死神! ここここ、殺す!〗

【能の無い獣よ、潔く首を出せぃ!】


 死神&女神vs純白の騎士――唐突ながら、開戦。

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