vsバック・ダンサー

 男は、人生において2度、負けを実感したことがある。


 キング・オブ・ポップ――だなんて馬鹿げたくらい大きな異名を持つ男がいた。


 謎の死を遂げ、伝説となった男がいた。


 もう100年近いほど前の人間だというのに、当時中学生だった男は憧れた。

 異国語ながら、歌声に痺れるくらいの衝撃を受け、何より人並み外れたダンスをしていた。


 当時の環境で、また当時のポップという音楽の世界で、彼がどれだけ偉大な存在だったか、想像するのは難しい。

 今でこそ天才と呼ばれるダンサーは多く、何だったら10歳になったばかりの子供が、大人を負かすなんてことさえ珍しくなかったものの、そんな天才が集ったところで、キングと並ぶどころか、超えるなど夢のまた夢。


 彼の存在は、例えこれから1000年経とうとも、王者という椅子に在り続けるのだろう。

 そう、思っていた。


 そんなとき、彼を真似る男がいると聞いた。

 当時の、一流とまでは言わないまでも、それこそ当時名の売れた歌手のバック・ダンサーとして踊っていた頃。よりキングの凄さがわかり、憧れを超え、崇拝さえしていた時期だった。

 そして奇妙な縁というべきなのか、とある番組でその男の後ろで踊ることとなった。


 憧れの人の楽曲で踊れることは、誇りに思う。

 だがあろうことかキングを真似する男の後ろで踊るなど、なんという皮肉。

 自分の運命さえも呪いながら、練習するためスタジオに入ると、驚いた。


 歌声もダンスも、キングの二番煎じでしかないはず。ただの真似でしかないはずなのに、男は、彼に最も近い歌を歌いながら、彼と相違ないダンスをしていた。

 真似と呼ぶには、模倣と呼ぶには余りにも完璧すぎる。誰よりも先にスタジオに入り、すでに大量の汗を掻いて踊る男を、モノマネ芸人だなんて肩書に収めていることに違和感さえ感じた。


 超えようなどとは思ってない。

 だが、キングと呼ばれた人を真似る。人に見て貰って似ていると、キングの復活とまで言われる彼は、キングを超えてこそいなかったものの、男の中ではすでに、彼はキングの隣にいた。


 個人的かつ勝手な妄想だが、彼だけが唯一、キングの隣に立つことを許された男。

 ただのモノマネと断じ、その後ろで踊ることを恥じとした自分はそのとき、2度目の敗北を味わった。


  *  *  *  *  *


「俺のこと、憶えているか? 死神さんよぉ」


 ソロプレイヤー。


 1人で挑むのなら、自分に気を引く挑発行為など意味はなく、囮になったところで得する相手はない。

 ならば純粋に、求められているのは会話であると、死神は判定した。


【記録には残っている。汝は前回、100人規模のファミリー連合の中にいて、何もせず斬られた者であろう】

「憶えててくれたのは嬉しいが、すっげぇ棘のある言い方するのな。でも確かにそうだ。俺はあんたに何もさせて貰えずに斬られて終わった」

【否――自ら虚飾を施すな。汝は何も出来なかったのではなく、のだ。汝はあの戦いで、およそ100人の仲間を囮に、我をすかさず観察していたのだ】

「そこまで見抜かれてたとは、恐れ入ったよ」

【理解できぬ。あのとき何もしなかった男が、今度は単身乗り込んでくるなどと】

「理解できないだろうなぁ。むしろ理解されると困るんだよ。103人も死んで貰って、こっちの意図を理解されちゃあ困るのさ」


 掲げた右手に握り締める鋼鉄の大剣。

 重さに任せて振り下ろしたそれの大きさを見て、死神は目を細め、訝しむ吐息を漏らす。


【我の剣と同じ大きさの物か】

「さすがに同じ物を用意することは出来なかったからなぁ。ま、代用品って奴よ」

【死神の剣を真似るか】

「馬鹿にしてるのなら、改めさせてやるさ――“高速移動ソニック・ムーブ”!」


 肩で風を切る高速移動。

 魔法ではなく、剣士が会得出来る剣技の一つ。

 だが、それにしてもかなり速い。話の最中で何か仕込んでいるのは気付いていたが、どうやら敏捷性を上げる魔法を自分にかけていたようだ。


 背後に回って来た大剣が、首を狙って払われる。

 霧と化して距離を取って躱すも、また背後に回られて首を狙われ、大剣で受ける。


 刺突から斬り払いから兜割りまで、すべての剣を衝突させていく中で、死神は気付く――いや、気付かないはずはなかった。

 何より相手も、ずっと意識していたはずだからだ。


【我が剣技を真似るか。不敬なことよ】

「だから100人を超える犠牲を払ってんだ。そう簡単に、負けるわけにはいかねぇんだよ」


 最後尾の敵を背後から殲滅する、死神の基本戦術。

 それを真似るために加速の魔法を掛け、俊足の剣技で背後を取って、常に首を狙う。


  *  *  *  *  *


 動きを真似る。

 バック・ダンサーとして踊るなら尚更、他の人と合わせるために振付師の用意した振り付けをひたすら真似し、自分の物へと昇華する。

 だから動物だとかモンスターは無理だが、人型の死神の動きなら――ダンスではないが、しかし、真似ることなら。


 100人以上ものプレイヤーから恨まれる可能性さえあった。

 結果として、自分は何も出来ないまま倒されたことになっていて杞憂に終わったけれど、それでも悪いことをしたと思っている。

 自分にとっては、ただ死神の動きを見たいがための消化試合だったけれど、他のプレイヤーは今度こそと本気で挑んでいたからだ。


 だから、負けるわけにはいかない。


 記憶力には自信があった。

 いつもダンスの練習をするときは1回だけビデオを見て、ひたすら体に覚え込ませていた。


 だから1度だけ見た死神の動きを脳裏に焼きつけ、色々なダンジョンでひたすら練習した。

 スケルトンなどの人型モンスターを相手に、ひたすら死神を相手に想定し、死神の動きを頭の中で何度も反芻しながら、死神の戦いを自身の中に昇華する。


 たかがダンサーが、なんでそんなことをするんだと馬鹿にする奴もいるだろう。


 だが自分はダンサーとしては二流で、キングと呼ばれたダンサーを完全に真似たモノマネ芸人にすら劣る。

 皮肉な話、現実世界には自分が存在を示せる場所も少なく、仮想空間にしか『Another・Color』という電脳世界にしか、もうなかったのだ。


 死神を初めて打倒した男でも、死神の二代目でも何でもいい。

 自分と言う存在の証明が欲しかった。バック・ダンサーというアカウント名でも、表に出られる存在になりたかった。


 それだけのために多くの時間を費やし、完成させたのだ。

 死神をも殺す、死神の闘方を。


  *  *  *  *  *


「“ソニック・ブーム”!!!」


 風を切る高速剣撃。

 連続で剣撃を繰り出せるスキルを駆使して連発し、死神の如く首を狙う。


 背後でなくとも正面から。

 霧になれない分、高速移動を駆使して翻弄するしかない。

 後はとにかく、腰の入った一撃を死神の首目掛けて繰り出すのみ。


 単調ながら、これが死神の基本となる戦闘スタイル。

 今まで誰も倒したことのない死神の戦いは、常に一方的だ。


 圧倒的速度と的確な攻撃で、一撃でこちらの生命線を絶ってくる。

 HPなど関係なく、現実と同じ――首のない生き物は生きられないという逃れようのない弱点を突いて来る。


 だから強い。


 自分の身でやってみてわかった。

 あれがどれだけ難しいことをやっているのか。

 簡単そうに見えて、どれだけ難しいことをやってのけているのかを。


 だからやる前からわかっていたけれど、やった今は、より強く理解しているつもりだ。

 スキルがチートだったり、大規模な魔法を使って来たりするわけでもない。ただひたすら、狙った首を斬り落とす死神。


 努力すれば、プレイヤーの誰もが出来なくもない技能で戦っているのだ。

 厄介な部分はいくつかあるが、戦い自体は自分達となんら変わらない。

 だから、勝つ。


 相手がただの暴力でもなく、破壊でもなく、戦える相手ならば、戦って勝つ。

 それこそダンサーが故に、舞うように。大剣を振り回して死神に挑む。


 死神に捧げ、死神を屠る剣撃舞闘ブレイド・ダンス

 漆黒のステージ裏へと還し、真の主役たる女神に登場頂くために捧げるダンス。


 全身全霊で大剣を振るって、力の限り声を振り絞って、舞う。踊る。謳う。叫ぶ。


 バック・ダンサーもいつか、表に――


【――幕引きである】


 まさか先に、大剣の方から音を上げるとは。

 確かに耐久力にまで注目していなかった自分の落ち度。しかし、剣が砕けたが故に終わりだなどと、なんと悔しい結末。


 だが、剣を砕かれた衝撃が全身を駆け抜け、もう踊るだけの体力も気力もなかった。

 彼の言う通り、幕の引き時らしい。バック・ダンサーのダンスは、ここまでだったようだ。

 超えることはもちろん――彼という本物と並ぶことさえ、出来なかった。


【死神の技を真似るとは、変わったことを考える者もいるのだな】

「……やっぱ、不信心だったかなぁ」

【死神は崇拝される神でもなし。ただ汝らに死を告げるのみの存在。あるいは死という概念を神に模した事象なれば、信心など必要なし。故に、真似たとしても万人並べる文句も持たず、気に留める必要もない。故に、強くなるべく模倣するという汝の選択は、間違いでなかったであろう】

「……はは、そうか」


 死神に慰められるとは。


 だがその通りだ。

 ダンスだってなんだって、まず上手い人の真似るところから始まる。

 だから自分は、このゲーム最強の死神を真似た。結果、この階層まで辿り着けた。


 超えることも隣に並ぶことも出来なかったが、すぐ後ろに迫るくらいは出来ただろうか。

 なら、次は超える。出来なくとも隣に並ぶ。舞台で踊っていたときの、あの芸人の背中を見て思ったように。


 だけどまずは、ダンスで誰か目標を探さないとな――


 ソロプレイで挑んだバック・ダンサーと死神の戦いは、こうして幕を引いた。

 その後、彼が現実世界にて、ダンサーとして活躍したか否かは、残念ながら知る由もない。

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