死神vs人間【Ⅱ】

 死神が技を使っているところを見たことがない、とプレイヤーは言う。

 霧化も防御貫通もスキルではあるが、プレイヤーの言う技とは、必殺技のことだ。


 確かに、必殺技という意味合いになるとほとんど使ったことはないが、ということはない。

 それこそ初期の、まだ自身の実力を死神が理解し切れていなかった頃には、最後の一撃として使われることは度々あった。

 実力を理解してしまった現在も、頻度こそ減ったが、やはりということはなく、必要と思えば使用することに躊躇いはない。


 ましてや『Another・Color』最強のプレイヤー2人が相手となれば、もはや使用は必然。

 使わなければ勝てない――などとは言わないが、使っても無駄ではないと言い切れる数少ない相手であることは、間違いなかった。


【星の輝き、今ここで超克せん】


 黒と青の混じった炎が爆ぜる。

 死神を中心に八つの方向に伸びて走ると、高々と燃え上がって炎の壁を作り上げた。


 この攻撃で、二人は完全に隔たれる。

 炎壁を通過しようにも大幅にHPを削られる上、火傷と呪いの状態異常を付与されるため、メリットの方が少ない。

 合流するには中央にいる死神をどうにかせねばならないわけだが、死神こそが最大にして最強の障壁であることは言うまでもない。


 大規模人数に使うには死神にメリットが少なく、小規模相手には使うまでもないと、滅多に出ない技がここで出た。

 攻略法などないにも等しい、プレイヤーからの苦情必至の死神の分断障壁。


「あぁもう、いやらしい! こっちが消耗したタイミングでそれ使う?!」

「これは……キツいな」


 炎の燃える音と煙とが邪魔して、声を発することさえ難しい。

 連携も途絶え、ほぼ1人でなんとかしないといけない状況下。

 同じ場所に2~3人でいれたなら、状況も変わっただろうが、ないものねだりしても仕方ない。


【どちらが先だ】


 アルタイルが先に仕掛ける。

 真正面から流星の抜刀で迫るが、如何に速くとも真正面から来るとわかっていれば、死神に防げない攻撃ではない。


 だがアルタイルは自分で決めるつもりなど、毛頭なかった。


「光れ――“ホワイト・アウト”!」


 白銀に輝く黎剣が、死神の視界を光で奪う。

 目が眩んで機能せず、状態異常では混乱に該当される状態。


 一方、同じ場所にいたはずのアルタイルは目を瞑って、目眩ましの巻き添えになることを防いでいた。

 前以て示し合わせてもおらず、用意していた作戦でもない。

 2人にはもはやアイコンタクトさえ必要なく、息などわざわざ合わせるものですらない。

 即興、即席での連携など容易なことで、このときもまた何の合図もなく、最初から示し合わせていたかのような連携を見せた。


「“流星剣シューティング”!!!」


 それでも、死神は音と気配とで流星の抜刀を防ぐ。

 大剣を翻してアルタイルの手から星剣を弾き飛ばすと、高々と振り被った。


【剥奪す――】


 前以て解説しておくと、これから行われる技含め、死神は繰り出す技の詠唱すべてを一息の内に圧縮出来る。

 簡単に言えば物凄い早口なだけなのだが、まるで時間を圧縮したかのように一瞬のうちにまとめてしまうので、時間そのものを圧縮したかのように感じられるのだ。


【指折り数えろ、汝の犯した大罪を。生きる糧と豪語して、屠って来た命の数を。欺瞞、虚栄、虚言に隠匿された、汝の罪を断罪す】

「――“流星剣シューティング”!」

【“業剣カルマ”】


 速度は、重さ。

 空を駆ける流星の速度で抜刀される剣撃は、岩盤どころか鉄板をも斬り裂き、貫く一撃。

 しかし、いくら速くとも限界はある。実際、流星の速度で繰り出された抜刀は、死神の振り下ろした一撃を斬り裂くにまで至れなかった。


 それでも死神の繰り出す技を相手に、一瞬でも抵抗出来るだけ大したものだ。

 むしろ一瞬どころか、拮抗しているようにさえ見える。

 実際は一瞬でも力を抜いた瞬間、即座に首が飛ぶ状況であるというのに。


「目が見えない、はず、なのに……」

【死神が、屠るべき首を見失うとでも?】


 黎剣の光が効いていない、ことはない。

 面の下でわからないが、感情の起伏によって赤く光る眼光が見えない。

 おそらくは今、死神の視力は働いていないはずだ。


 だというのに、死神には元々目すら必要ないとばかりに、的確に大剣を振るってくる。

 力の入れ具合も意地悪なくらい的確で、今にも星剣が折れてしまいそうだ。


【どうした、終わり――】


 突如、炎壁の中より飛び出して来たベガへと大剣で薙ぐ。

 だが、ベガの狙いは死神ではなくアルタイルの救出で、死神の振るう大剣の下を通過して、アルタイルを死神から突き放し、自分も同じ方向へと跳んだ。


「ベガ!」


 隔てていた炎壁の数は、位置からして三つか。

 不意を衝くためとはいえ、三重もの状態異常とダメージを承知の上で突っ込んで来るとは思わなかった。

 声からして、アルタイルにとっても、こればかりは示し合わせてなかった様聞こえる。


 それもそうだろう。

 未だ視界は不明瞭だが、彼女のHPは刻一刻と減り続けているはず。

 状態異常を解除しようにも時間は掛るし、その間、こちらも待ってやるつもりはない。


 ベガは、もう終わりだ。


「ベガ! ベガ!」

【何を必死になるか。この世界には火傷もあろう。呪いもあろう。しかしそれらは薬一つで治るもの。汝らが刈り取った命にて、手に入る金銭で以て購入出来てしまえる薬一つで、解決出来てしまえるというに、何を、そこまで必死になれる】


 2人の事情など知る由もない死神には理解できない。


 この世界には彼らが恐れる死こそ存在せず、誰もが嬉々として獣を狩り、何十人と集って一体の獣にも食って掛かって、プレイヤー同士の共食いさえするというのに、彼らは何故、あんなにも必死になっているのだ。


 自滅したところで自殺にはならない。

 自身を犠牲にしたところで自害にはならない。


 この世界では、いわゆる自己犠牲による人助けが、簡単に出来る。

 自分の犠牲によって誰かを助けて、満足して死んで、また戻ってくる、なんてことが出来てしまえる世界だ。

 それを良しとした世界だ。


 なのに何故――


「ベガ! ベガ!」


 アルタイルは、必死に彼女を呼びかけていた。

 すでに回復出来るだけの薬は飲ませた。あとは時間の問題だというのに、ベガは唸り、苦しむばかり。


 彼らにとって、この世界に自分達を追いやった火はトラウマ同然の代物で、火傷跡を見ると急に怖くなって仕方ない。

 それでも炎をまとった死神の大剣に焼き斬られそうになっているアルタイル――天馬てんまを放っておくなんて、出来なかった。


 例えこの世界に本当の死がなくても、黙って見ているだけなんてしたくなかった。

 何より、彼が向こうにいると思えば、炎の壁も怖くなどなかった。越えられない壁などではなかった。呪いにかかろうが火傷をしようが、怖くなどなかった。


 死神には、ベガを動かした力がただの自己満足に収まらないものであることを知らない。

 故に理解が届かない。彼らの言動が、感情の起伏が、死神を作り上げる人工知能の理解が示す外側にあって、どれ一つとして、理解など出来なかった。


「アル……」

「ベガ!」

「ごめ……アル、突き飛ばして。精一杯、だった」

「……気にしてない。むしろ、お礼を言うべきだ。ありがとう」


 目の前の2人が、他のプレイヤーと何か違うことは理解できる。


 人工知能に第六感など、あるはずもない。

 しかし人間が語る感覚という部分で、死神は他のプレイヤーらとは別の存在であると勘付いていた。

 説明こそ出来ないし、感じられる違和感を説明できる語彙もない。が、それでも彼らを他のプレイヤーらと一緒くたにしてしまうことは、死神には出来なかった。


 パタン、


 本を閉じる音が聞こえた。

 死神の護る扉の奥で、女神が読書を終えたのだ。


 此度のイベントも、残り一分を切ったらしい。

 そして目の前の2人が、現状を打破する可能性は限りなくゼロに近い――いや、ない。

 与えない。


 同情はしないし、同調も出来ない。

 そちらには幾度となく繰り返せるやり直しがあるだろうが、こちらにはない――かもしれない。

 魔王討伐イベントなる催しで用意された魔王のように、殺されては再生し、殺されては再生しを繰り返すものの、殺される前のことをまるで知らないで、何度も同じ手順で殺されるかもしれない。

 プレイヤーらが失敗し、敗走し、殺されて生き返った時、殺されたときの記憶も何もかもを有した状態で戻ってきて、対策を色々と講じて来るというのに、こちらは死んでも同じ手順を何度も何度も繰り返して、馬鹿のように用意された罠にハマって、殺されて、また戻ってきて、同じ手順で殺されて――


 同情はしないし出来ない。

 同情もしようと思わない。


【選べ――共に首を刎ねられるか。そのまま抱いて帰るか】


 炎はもう必要ないと消した。

 もはやこの2人には、首を刎ねる大剣があれば充分。

 あとは彼らの選択次第――とは言っても、首を刎ねようと刎ねまいと、彼らの結末は変わらないだろうが。


「今回は、このまま帰る……次こそ、勝つ」

【ならば疾く去れ――まもなく、刻限である】


  *  *  *  *  *


『時間だ、今日もご苦労だった』


 イベント終了。

 今回も1000階層を踏破する者は誰もいなかった。


 創造者から労いの言葉が掛けられるが、言葉だけで気持ちはない。

 相変わらず、苦情の対応に忙しいらしい。ならばわざわざ労いの言葉など、言うまでもないと思うのだが。


【此度も苦情に追われるようだな】

『あぁ。だが他国から重要な取引を持ち掛けられた。おまえのお陰で、日本は人工知能の分野で他国より主導権を握ることに成功したよ。だから改めて礼を言う。おまえには、ピンとこない話だろうけれどな』

【確かに理解は難しく、理解したとしても興味はない。ましてや我にどうにか出来る事象でもなし、好きにするがいい。我は引き続きこの塔を護る】

『あぁ、それでいい。ただし、来週からは少し苦戦を強いられるやもしれん』

【汝らから、刺客でも送り込むか。それとも我を構築するとやらを弄るか】

『詳細を語ることは出来ない。が、おまえが苦戦を強いられる戦いがあるかもしれない、とだけ言っておこう。だが敗北は許されない。おまえが負ければ――』

【汝らの事情など我に関することではない。しかし敗北するつもりもない。我はこの世界の死神なれば、死神として刃を振るうだけの話である】

『……まぁ、理由など何でもいい。とにかく来週も任せたぞ』


 また、一方的に切られた。


 創造者の言葉の意味はわからなかったが、何かしらあるらしい。

 誰が相手だろうと負ける気はないし、負けてやる気もない。彼らには何かしらの事情があるのかもしれないが、同情も同調もする気はない。


 薄情であって当然。

 単調であって当然。


 命あれば殺し、息あれば止める。

 それが、死神として作られた自分の役目であるのだから。


「今日も変わらず退屈だったわ、貴方のお陰で」

【それは失礼した】

「でも、もうその方が安心してきたわ。おかえり、死神さん」


 プレイヤー相手に同情はしない。同調もしない。

 同情も同調も、出来る相手はただ一人――未だ他の誰もが対面することさえ適わない、女神一柱だけでいい。

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