死神vs人間【Ⅰ】

 死神を相手に数十人以上の大規模で挑んでくることは、もはや珍しいことでもない。

 が、それでもたった1人のソロプレイや、特定の2人で組むコンビプレイで挑んでくるプレイヤーも、稀にだがいる。


 信頼のおける仲間が隣に居れば充分。その方が安定して戦える、と理由は様々あるようだが、目の前の2人に関しては、この2人で完成しているだと、死神は思う。


 彼らのどちらかが欠けることはもちろん、誰かが加わってもいけない。

 あの2人は、2人でいることで完成しているような気がする。


 しかしこの世界における完成とは、一体どのような状態を指すのだろう。レベルの上限。勲章の上限。各王国から貰える褒章の上限。

 それらすべてを達成し得た者を差すのだろうか。


 だがこの世界には、と称した異変が度々訪れて、新たな勲章や褒章が増えていく。それらをすべて集めても、また新たな異変が現れて、褒章や勲章を求めたプレイヤーらによる殴殺が始まる。

 どこまで行っても終結の存在しないこの世界の果てとは――完成形とは、一体何を差して言う言葉なのだろう。


 どれだけ考えたところでわかるはずもないが、この2人と相対しているとつい、考える。


 皮肉な話だ。

 仮初とはいえ、この世界の生命に終結を与える役目を与えられた死神が、終結について――完成について考えるなど。


「アルタイル!」

「あぁ!」


 2人の剣の特性と、それに伴っての戦闘スタイルは熟知している。


 2人は共に魔導剣士。当然正面から迫って来るため、背後へ回っての奇襲は通用しない。

 何より背後に回ろうとしても、ベガの操る白夜の黎剣は彼女の手を離れ、猟犬の如く追いかけて来るため、そもそも背後を取るのが難しい。


「星剣抜刀――その速度は流星の如く!」


 ベガの黎剣が逃げ場を奪い、アルタイルの星剣が光速の抜刀で一瞬のうちに仕留める。

 『Another・Color』最強コンビ定番の必殺コンビネーション。初見の相手ならば、逃げる隙など与えることなく確実に仕留められる手順だが、死神は例外だ。


 何せ過去76回も戦っている上、初見でさえも躱された。


 繰り出される抜刀の速度が流星と同等であろうとも、霧を斬ることなど出来はしない。

 漆黒の霧と化した死神が駆け抜け、ベガの手を離れた黎剣が追う。


「黎剣、拡散!」


 ベガの合図を受けて、水面に飛び込んだ光の乱反射の如く、黎剣が光の速度で分散。

 30近い数にまで増え、鋭き刃を牙のように剥いて迫る様はさながら猟犬の群れ。どこまで距離を取ろうと追いかけて来るそれを、死神は実体を得て打ち払う以外なかった。


 無論、それが彼らの狙いであることも死神は理解している。


 霧から実体へ、また霧へと変化する瞬間を、挑戦者が狙って来るのは必定。故に攻撃の軌道も簡単に読めるが、2人の攻撃だけは先を読めたとしても他のプレイヤー同様には油断できない。

 死神に76回負けているとはいえ、彼らが『Another・Color』に集うプレイヤーの中で最強であることは、違いないのだから。


「“流星剣シューティング”!!!」


 迫り来た黎剣を叩き落した直後、背後から迫り来た流星と同速の抜刀を受ける。

 吹き抜けた風が、壁に飾られたステンドグラスを粉々に砕き割って、繰り出された剣撃の威力を示して見せたが、剣撃そのものを受けた死神は微動だにもしない。


 大剣で弾き返して高々と跳躍。

 漆黒の大剣が、今回の開催では初めて燃える。

 黒と青が混ざった炎をまとった大剣が振り下ろされて、死神の護る階層の床を叩き斬る。


 床に入った亀裂と、亀裂から燃え上がる火柱とが、先に繰り出された流星速度の抜刀とは比較にならない威力を象徴して見せて、躱したアルタイルは苦笑せざるを得なかった。


 何度か見ているし、言うなら喰らったことさえあるのだが、何度見ても驚かされる。

 『Another・Color』に四年もいるが、アルタイルもベガも、死神の放つ技よりも威力のある攻撃も魔法も見たことがない。

 しかも防御の魔法をいくら重ね掛けしても即死不可避なチート技でなく、レベルを上げて装備を整え、防御力や体力など充分に準備していれば耐えることも出来る、ただ強過ぎるだけの攻撃だからズルい。

 要はプレイヤーもレベル上げと能力値の配分次第では、充分に実現可能な領域にあるということだが、最強と位置される二人でも未だ遠い。


「ベガ!」

「うん!」


 光り輝き、100に分かれる黎剣が死神の頭上へと飛んで輝きを増す。


 悲しい話になるが、2人は流星群という概念は知っていたものの、事件前まで見たことがなく、『Another・Color』においても、運営は流星群を用意してくれたことがなかった。

 だから2人にとっては、これからベガの放つ黎剣の技こそが流星の群れであり、そこへ同時に飛び掛かるアルタイルの一撃は、2人が想像することしか出来ないまた別の星。


 例えるのならそう、光の尾を引いて広大な宇宙を何光年と走り続ける、彗星のような。


「“スター”!!!」

「“バースト”!!!」


「「“ストリーム”!!!」」

【ここでか】


 2人の合わせ技の中では、必殺の大技と言っても過言ではない大規模攻撃。

 100の黎剣が逃げ場を奪い、流星の剣が両断し、黎剣の雨が追撃する星屑の激流。

 死神の首を捉えてやらんと過去にも繰り出し、


【星屑の渦。星の衝突。創造主らの世界もまた、その星と呼ばれる物の上に存在すると聞いた。なれば死神として、ここで汝らの星を砕くが我が命運さだめか】


 この技では、死神を仕留められなかった。

 レベルの問題かもしれないし、装備の問題かもしれないし、割り振った能力の問題かもしれないし、とにかく理由はたくさん想像できたが、これという結論に至ることもなかった。


 しかし、1つの事実。また1つの結果を得ることは出来た。


 “スター・バースト・ストリーム”。


 2人の能力を限界まで引き出し、2つの魔法剣を最大限活用し、編み出した2人だけの合体技。

 全身も全霊もない仮想空間の話だが、それでも全力を賭して繰り出す技を以てしても、死神を仕留めるには至らない。


 ただし、死神を仕留められないのであって、1

 むしろまともにヒットすれば、死神のHPを半分近く減らせる大技だ。


 無論その分だけ力を使う。

 1度の戦闘で1回使えればいい方だ。むしろそれが限界だ。


 だからこそ、必ず当てなければならない。確実に、命中させなければならない。

 決められたパターン行動しか取らないNPC相手ならば、そう難しいこともないだろうが、相手は世界屈指の人工知能。

 2人はその事実を知らないが、無意識のうちに、NPCではない何かと対峙している気分にいつの間にかなっていて、76回戦ってきて何回目だったかは忘れたけれど、死神を1人のプレイヤーとして考えるようになっていた。


「ベガぁぁぁ!」


 死神は大剣を振り被って、止まる。


 今まで繰り出された際、アルタイルはただ真っ直ぐ突進してくるだけだった。

 回避した際にわずかに軌道修正してきたことはあったが、技の威力の都合上、直進しか出来ないと思っていた。


 しかし今、アルタイルは直角に右折した。

 振り被られた大剣の攻撃を躱し、また直角に曲がって迫って来る。

 そして反撃のため動こうとすれば、先に黎剣が振ってきて動きを封じて来る。


 今までわざとそうしなかったのか、それとも前回の対戦以降出来るようになったのか。

 いずれにせよ、ただ方向転換出来るというだけのことが、死神の計算を狂わせた。


【これが、研鑽か】


 死神の漏らした呟きなど、必死の2人には届いていまい。


 その甲斐あって、2人にとって必ず当てねばならない最強の攻撃は、死神の漆黒の鎧に深々と突き立てられ、直後、降り注いだ白い黎剣が刺さり、真白の光と共に爆ぜた。


「やったか、なんて聞かないでね」

「言わないわ、そんなフラグ。言うまでもないもの。あれが、この程度で倒れるわけがない」


 星の輝きとは、果たしてここまで眩いものか。熱く、激しく、燃え滾るものか。

 時折更新されてくる知識の中に、回答になり得そうなものはとても少ない。

 未だ謎。架空といえども、世界を創るなんて神の真似事が出来る創造者らの技術を以てしても、未だ解き明かせない世界が、彼らの言う星という中には存在するらしい。


 ならばその星を砕く一撃とは、どのような一撃か。

 それもまた、幾度演算を重ねようとも答えは出ない。

 が、それに近しい知識は存在し、そこから導き出せる回答はあった。


 ただこの話をすると、女神はとても嫌な顔をして「そんな物騒な話はやめて頂戴」と頬を膨らますだろう。

 何故か、とても想像しやすい。


「ほら、立ってた」

「相変わらず……なんでこれで倒れないわけ?」


 度し難いのも必定。

 彼らの知識でさえ図り切れない星という規模の一端をぶつけたと言うのなら、それで倒せぬ敵は本来、在りはしないだろう。


 が、生憎と、こちらも人工知能故に知っている。


 創造者やプレイヤーらの総称たる人間でさえ、死とは逃れようもなく、また理解し尽されていない概念であると。

 なれば仮初と言えど、その死に酷似した力を持つ死神が、同じく解明し切れていない質量の攻撃に耐えきることもまた、可能性としてはあり得る話。


 そしてまた、仮初と言えど、死という力が星という力に対抗し得るのもまた、あり得る話。


「来る」

【――受ける必要はない。故に、避ける必要もない。汝らはただ見ればいい。聞けばいい。知ればいい。仮初なれど、死という力を司った我が刃が見せる、死という終結概念の一端を】


 髑髏の面の下で、赤い眼光が燃えるように光る。

 割れた鎧の亀裂の中から血が溢れ出す代わり、青白い光が煌々と、静かに光り輝いていた。


【星の輝き、今ここで超克せん】

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