唯一の二人

ボーイ&ガール

 世界屈指の人気を誇るVRMMO『Another・Color』発祥国、日本。


 当国都市部、某病院が管理する入院患者専用医療棟。

 地下2F、専用医療室。


「どうだ? 具合は」

「あぁ、先生。相変わらず、と言うべきなのでしょうね。皮肉なことですが」


 男は銜えた煙草に火を点ける。

 病室で医師が煙草を吸うなど、言うまでもなく避けるべき行動だが、彼の診る病人はガラスを隔てた先。何人も侵入を許されない、隔離病室の中にいる。


 穢れを知らない真白の壁と天井に囲まれた小さな部屋の中に、並んで眠る二人。

 呼吸器、栄養補給器と続き、VRMMOの世界へと入るため装着する機材までもを着け、眠り続けて早四年。未だ、起きる気配は見られない。


「二人は今、何をしているのでしょうね」

「今日は、日曜日だったか。時間は」

「えぇっと……21時50分ですね」

「なら、例の塔にでも登ってるんじゃないか? 噂の死神とやらに挑んでいるのかもな」

「……打ち勝って、欲しいですね」

「ゲームの世界で倒したからと言って、治るとは限らんがな……まぁ、気持ちはわかるよ」


  *  *  *  *  *


 事の始まりは四年前に遡る。

 当時14歳の男女が、都内の某図書館で隣り合って勉強していた。


 双方の両親が友人であったこともあり、幼馴染の仲であった二人はいつしか互いに恋心を覚え始め、二人で同じ学校へ進学しようと、毎日下校の後に同じ図書館によって勉強していた。


 某月某日、二人は普段と同じように図書館に通って勉強していた。

 だが突如として二人を含め、当時図書館にいた人達全員を火災が襲った。


 原因は、当時図書館近辺に住んでいた女性の衝動的八つ当たり――放火だった。


 二人は他の人達と共に逃げ出し、一度は無事に外に脱した。

 が、老人が一人、足が悪いからと孫を一人行かせたことを知って、二人は同時に火の中へと身を投げた。


 老人を発見。二人で肩を貸して救出――と、格好よく行けばよかったのだが、想像を絶する速度で早く火が回り、煙に呼吸を奪われて一歩一歩、進むのが辛くなっていく。

 後になって男の人――おそらく大学生くらいの人が現れて、老人を背負って先に出て行った。

 そのとき強がって、二人は大丈夫だと言ったけれど、もう、立つ力さえ残されていなかった。


 ――大好き――


 ――生まれ変わっても、また……――


 手を繋ぐ二人は火に呑まれ、老人を救うため飛び込んだ勇気ある行動が称えられ、翌日の新聞の一項目を陣取った。


  *  *  *  *  *


「あぁぁぁぁぁぁ……」

「またあの日を思い出してるのか? うい

「本名で呼ばないで! あぁもう、なんで私ってばあんなこと言っちゃったんだろ……」

「別に恥ずかしがるようなことじゃあないだろ?」

「最期の言葉にしたつもりで言ったのに、今もこうして生きてるのが恥ずかしいの! 思い出しちゃうでしょ?!」


 ヘヴンズ・タワー、999階層へと入る扉の前で、二人の男女が言い合っている。


 図書館放火事件にて老人を救うため飛び込んだ二人は、奇跡的に一命を取り留めていた。

 が、未だ意識までは回復出来ておらず、呼吸器と栄養補給器とでなんとか存命している状態。

 それでも体はそれでも回復を続けており、いつかは目覚めるだろうが、いつかはわからない。


 このままでは二人共、起きた時には時代に取り残された浦島太郎も同然ではないかと悲しむ家族に、突拍子もない提案したのが、彼らの執刀医であった。


 彼らの意識を、VRMMOの世界に落とし、仮初の世界で現実世界のことを知って貰う。

 いずれ来る回復のとき、筋力の低下した自分達の体との差には驚くだろうが、ずっと眠っていて何もかもわからないよりはマシだ。

 家族も提案を受け入れ、病院が運営に協力を仰ぎ、現在、二人の意識はVRMMO『Another・Color』の中にあった。


 皮肉ながら、二人揃って同じ学校に通うことも出来、現実では体験できないような人生を四年も続けている。


 そのせいか常にログインしている状態なので、普通のプレイヤーとは比較できないプレイ時間となっており、それに比例してレベルも二人揃って『Another・Color』トップに君臨しており、最初に現れた魔王を倒したのも、この二人だった。


 Lv.670――アルタイル。本名、我妻がさい天馬てんま

 役職:魔導剣士。主武装、夜の星剣・スターゲイザー。


 Lv.670――ベガ。本名、綴喜つづきうい

 役職:魔導剣士。主武装、白夜の黎剣・シャイニングクリア。


 双方の主武装もまた、それぞれ過去のイベントで優勝した際に勝ち取った物。

 もはや二人は『Another・Color』最強のプレイヤーであり、死神を打倒し得る可能性を一番に秘めた存在でもあった。


「俺は、最期に『愛してる』って言われて嬉しかったぞ? 俺も初を愛してるからな」

「そういうことをしれっと言うのも禁止! もう……」


 今も自分達の体は、重度の火傷と戦っている。

 細胞の一つ一つが、再生のため、復活のために全力を尽くしてくれている。

 その痛みも苦しみもわからないけれど、きっと、最新の医学と呼ばれる代物が自分達を生かし続けてくれているはずだ。


 だから復活を果たし、起き上がったそのとき、今度は一度焼けた足で歩かなければならない。

 でもそれは確実に苦行で、難しくて、一人ではとても成し得ないだろうから、二人で頑張るために今、この世界でも頑張って生きる。

 そのためにも、この世界で最強を誇る死神を倒す。


 死神を倒したところで、自分達が復活するなんて確約はされてないけれど、死神と呼ばれている存在を倒すことで、自分達が死に打ち勝つ精神的糧になるはずだ。


 そう考えたからこそ、これまで何度も挑んできた。


 戦績は現在、76戦、76敗――お察しの通り、言うまでもなく、勝てたことはない。

 だがだからと言って、諦めるつもりも毛頭なく、勝つまで挑むつもりだ。今日だって。


「そろそろかな」

「……そだね」


 77回目。

 さすがにそれだけ来れば、雰囲気でわかる。


 自分達の前に入っていったのは四つのファミリーが組んだ百人にも達しそうな数の大人数だったと思うが、10分と掛からないとはさすが、無敵の死神と言うべきか。

 現実の世界に存在したなら、間違いなく惨劇が広がっていたことだろう。


「準備はいい? 天――アルタイル」

「あぁ、大丈夫だよ。ベガ」


 互いの拳をぶつけ合う。

 この世界に来てから、ここぞという戦いの前の合図にいつの間にかなっていた。いわゆるルーティン的なものだ。


【この者達か――】


 緊張することもなければ、敬意さえも払う必要を見出せない。

 彼らの素性も現状も知らぬが故もあろうが、知ったところで胸の内に変動はないだろう。

 彼らの死もまた、この世界において仮初であることに違いないのだから。


【998の輩の灰を被った者達よ。せめてその首を捧げ、奴らへのはなむけとしてくれよう】

「そう簡単に、なるつもりはないけどな」

「えぇ、そうね……悪いけど、あなたを倒して、私達は死を乗り越える!」


 言葉の意味は理解しがたい。

 が、時折彼らには他のプレイヤーにはない何かを感じてならない。


 誇りか、愛か、欲か。

 いずれにせよ、どれを理由にしたところで、彼らに勝利を譲る気などない。

 死神に同情なく、慈悲もなく、持ち得るのは斬首塔ギロチンと同じ鋭き刃のみを兼ね備えた刃のみ。


 同情したところで戦いしかなく、慈悲を掛けたところで敗北という結末は選べず、彼らの向かってくる姿勢に打たれる心さえ持ち合わせていない。

 死神は万人に等しく、ただ死という結末を与えるのみ。


 電子で構築されたこの世界では仮初の事象なれど、死神と位置付けられて生まれたからには、果たさなければならぬ責務。 

 すべてが仮初の世界であろうとも、概念自体に狂いはない。

 ただ、斬るだけ。殺すだけだ。


【来るがいい。我は名を持たぬ死神なれど、この世界を統べる女神より、汝らの断罪を命じられている。この世界に完全なる死さえ存在せずとも、それに近しい一撃を馳走しよう】


 星屑の剣と白夜の剣を抜き、二人は死神の振るう死をまとった漆黒の刃へと立ち向かう。


 煌めく剣と輝ける剣、漆黒の瘴気放つ剣とが衝突し、1000階層の女神にまで、衝撃と震動が響いて伝わって来た。


 が、女神に焦燥の色はなく、むしろ玉座で脚を組み、持ち込んできた本を読み続けている。

 丁度物語が佳境にあったことも理由の一つだが、何より女神は死神の敗北など万が一にも考えていなかった。

 それこそ、たった今死神に立ち向かう男女が互いに抱く感情と同じ、信頼という感情。

 が、そこに帰結する自分の思考回路がもはや当然過ぎて、女神はわざわざ考えもしなかった。


 死神の敗北する姿を一切想像できない思考にこそ、存在する信頼。

 それに気づかぬ女神は一人、あと十分で終わる孤独を本で潰す気でいた。

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