vs テラスファミリー
出会い系サイトから始まり、TwitterやLINEなどで顔も知らない他人と繋がることのできるツールが発展していった結果、VRMMOもまた、一つの出会いの場として成り立っていた。
いわゆるそういった行為が出来ず、作成されるアカウントも本人をベースに作られているため、顔の造形から体格まで、リアルとほとんど差異もなく、好みの異性を見つけるには最適の場所と化していた。
日本が発明した世界屈指のVRMMO『Another・Color』も、例外に漏れることはない。
「よぉし! じゃあいつも通り、女性陣は後方で魔法援護よろしく!」
「こいつにばっかバフ掛けないでよ? 俺さっき危なかったんだからさ」
「えぇ、でもモナ王は耐久力高いから大丈夫そうだしさぁ」
「確かに。俺の腹にはHPがタンマリ詰まってるからなぁって、おい!」
男女混成の16人組、テラスファミリー。
昔放送していた番組名から名前を一部拝借し、男女平等かつ恋愛活動最優先をモットーにした、男女の出会いの場として作られたファミリーだ。
今回ヘヴンズ・タワーに挑戦したのもイベントの一環であり、完全踏破は目指していない。
初心者もいるため、どこまで行けるかを試していたのだが、なんだかんだと蘇生薬を費やした結果、999階層まで来れてしまった次第である。
が、クリアできるとは思っていない。
何せ999階層には、無敗で有名な例の死神が鎮座していることを知っている。
「じゃ、マスター剣道さん、ファインティング・ニモさん。前線任せましたよ」
「いつも通りということだな、わかった」
「死神とやらにどこまで通用するか、試してやるとするか」
マスター剣道と、ファインティング・ニモ。
ファミリー内で、最もレベルが高い二人。
双方、学生時代に剣道とボクシングで優秀な成績を収めている、スポーツ男子。
愛想もよく、顔立ちも整っているし、何よりゲームの中でとはいえ、危機となれば護ってくれる男らしさから、女子からの人気は高かった。
そして、自他共に認める小太りのモナ王。
ムードメーカーであり、過去失恋して去っていった元ファミリーの良き相談相手だった。
失礼ながら、ルックスはそこまでではない。が、友を想う優しさと人付き合いの良さとが相まって、現在二人の女性から思いを寄せられているのだが、本人は鈍感で気付いていない。
他の四人は似たり寄ったり。恋に恋する学生やら会社員やら、特別挙げる特色を持たない出会いを求めて来た人達。
故にファミリーのリーダーであるルークにとって、障害はこの三人だった。
当初こそ、男女が出会える場所を作りたいと、完全な善意で作ったテラスファミリー。
多くのプレイヤーが恋愛をし、別れもあったが、結ばれ、リアルで結婚にまで至ったと聞いたときには、心の底から祝福した。
だが気付いてしまった。
自分には、何もないではないか。
恋もした。告白もした。
だけど自分はフラれてばかり。周囲の恋が実る中、自分の恋だけ実らない。
あなたをそういう目で見られない。
リーダーはあくまでリーダーだから。
誰も自分を、異性として見てくれない。
好意を寄せていた女性から、他の人が気になるのと相談されてしまったこともあった。
今やその二人の間には、子供までいるらしい。
こちらの気も知らず、未だ恋のキューピッドだと感謝を述べて来て、腸が煮えくり返って沸騰し、揮発してしまいそうだった。
自分だって恋人が欲しい。
アカウント名、アップルスター。
是非ともお付き合いをしたいのだが、彼女はどうやら、マスター剣道を好いているらしい。
歳が近くて話が合うらしく、趣味も同じで何かと気が合う様子。周囲からも、もう付き合ってしまえと言われていたが、ルークだけは思っていなかった。
* * * * *
見慣れぬ顔だな。
迎える挑戦者など一々憶えているはずもないが、初見かどうかはなんとなくわかる。
何より入ってくる挑戦者の顔を見れば、一目瞭然。前衛に並んだ男性陣はそれなりに実力があるようだが、後衛の女性陣は今までと違う雰囲気に緊張している様子。
後衛の女性陣が持つのは楽器、杖、魔導書など、魔法関連の物ばかり。
前衛に強力なバフを重ね掛けして、体力が減れば即行回復させて長期戦に持ち込む、大人数チームの常套戦術。魔力量に関係なく味方に付与する強化なら、レベルの低さも関係ない。
が、向こうが常套戦術で来るのなら、こちらも狩りやすい。
補佐を務める後衛から先に仕留めればいいだけのこと。
無論、アイテムで防御力を上げるなりしているだろうが、元々のレベルが低いのでほとんど意味はない。
全員が全員、一度だけHPをわずかに残して存命するブレスレットを付けているから手間は掛かるだろうが、苦戦することはあるまい。
【参る――】
特別な対策もなし。
早速一人斬られて、ブレスレットを代償に生き残る。
追撃しようとしたところに前衛が迫ってきて、躱すと同時に横切りながら三人続けて斬り付けて、またブレスレットを破壊した。
やはり苦戦はあり得ない。
質より量で攻めてくる作戦にしたって、大体ファミリーが三つくらい連合を組んで50人以上の規模で来るのが最近の相場だ。16人では少なすぎる上、個々のレベルも低い。
先に確認した限りでは、前衛にいる男性四人が突出して高レベルのようだが、圧倒的に足りない。いくら個人が突出したところで、死神には及ばないのだから。
「ごめん、早速やられちゃった……」
「大丈夫大丈夫! まだまだこれからさ、なぁリーダー!」
そうなのだが、リーダーとは呼ばないで欲しい。
呼ばれるだけ生まれる先入観が、女性に自分を異性と認識させ辛くさせるから。
「全員、マスター剣道とファインティング・ニモにバフだ! 他の男子全員で、時間稼ぐぞ!」
作戦を口述で伝えなければいけない時点で、戦闘慣れしていないことが露呈している。
ここまで来れたのは、ただの運か。次に戦うにしても、ずっと先の話になるだろう。
「“フリーズ・アロー”!!!」
「“ブルー・スパーク”!!!」
氷の矢に、電撃で爆ぜる水の爆弾。
それぞれ氷結と麻痺の追加効果を与えることがある。これらで動きを鈍らせる狙いか。
悪くはないが、双方とも状態異常に出来る確率が低い。
それに、真の狙いは隠すべきだ。
「しまった! そっちに!」
「モナ王さん!」
「……」
完全詠唱での魔法発動。
口述で作戦を伝えたのは、彼の魔法から意識を逸らすため。考えてはいるようだが、浅い。
魔法の内容を悟らせまいと詠唱を小声に留めていても、唇の動きで何が来るか予測はできる。
「“コーリング・フロスト”!!!」
振り下ろしたハンマーから現れる、巨大な白波。
創造者らの世界にて、津波と呼ばれる災害に匹敵するだろう巨大な大波が大きくうねり、捩じれながら迫り来る。
しかもただ水圧で圧し潰すだけではない。触れた個所から凍り付く、冷却破壊魔法。
繰り出したのは、秀でてレベルが高かった四人の一人。
なるほどハンマーを持っているから接近戦重視かと思ったが、魔法使いの持つ杖がハンマーであるだけで、彼は魔法がメインらしい。
接近戦も出来なくないはないだろう。侮ってないつもりだったが、なるほどそれなりに驚かされた。
【だが足りぬ】
後方に跳んで躱すと、振り向きざまに先ほど魔法攻撃を仕掛けてきた二人を剣で薙ぎ払う。
氷結する大波の中に叩き込み、白く凍る氷塊の中に閉じ込めた。
死神自身は霧と化して天井へと飛び上がり、白波でさえ届かぬ場所へ回避する。
おそらく上空へ逃げられることも想定して、遠距離攻撃で迎撃出来る二人を前に行かせたのだろうが、その二人は今、氷塊の中。
冷気でジワジワと気力を奪われ、それに比例してHPをも奪われて離脱することだろう。
【さて……】
主力と見られる二人の強化も、粗方終わったようだ。
なれば、後衛の女性らに用はなかろう。
【存分に待った。そろそろ潰そうか】
大剣を消し、代わりに腰に現れる二本の刀。
抜くと見える漆黒の刀身には、亀裂が入ったような赤い模様が刻まれており、禍々しい雰囲気を放っていた。
大剣でもいいのだが、人数が多いと小回りも利いて、手数も多いこちらの方がやりやすい。
いつも使うわけではないのだが――
「大剣ばかりじゃつまらないでしょ? 趣向を変えて、他の武器で戦ってみるとかどう?」
という女神の意見を取り入れてみた結果、大剣の次に扱いやすいと感じたのが今握っている二本の漆黒刀。
プレイヤーには入手不可能な、創造主らに作らせた完全な死神専用武器である。
ほとんど使ったことがないため、知っているプレイヤーは未だ少ない。
「なんだあれ……!」
「みんな、気を付けて!」
故に警戒は必至。
だがそのために敵に背中を向けるなど、言語道断。
こちらは手数が増えたのだ。一度耐え切ろうとも、一秒にも満たない直後に追撃を繰り出し、終わらせられる。
現に女性陣を守ろうとした男性が一人、一瞬の間に繰り出された二撃に刈り取られた。
【護られるだけか】
死神は常人より遥かに背が高く、女性から見ればまるで聳える山のよう。
漆黒の鎧兜に包まれ、漆黒の刀を両手に握る死神が赤い眼光を光らせて目の前に立てば、戦慄は免れない。
前線を男性に任せていた女性陣にとって、死神はまさに恐怖の象徴と言えた。
「離れろ!」
【浅はかなり】
二撃決殺。
女性陣を庇ったのだろうが、これでまた一人、男が散った。
男は残り、レベルの高い四人のみ。女性は全員戦力外。この四人だけを数えていればいい。
「“グランド・アックス”!!!」
地面から生える岩の刃が、足元より貫かんと伸びて来る。
が、岩よりも硬い甲冑に先端が砕かれ、不発に終わった。
先ほど大波を起こしたハンマーの魔法使いだ。
【次は汝か――】
横から飛び込んできた剣撃を捌き、背後で振り被って繰り出される拳を頭突きで受ける。
攻撃を弾かれて隙が出来た瞬間を狙って刀を振るうが、両者との隙間に障壁が展開されてわずかに緩衝材となり、一撃で仕留めるにも至れなかった。
【あの女か】
なるほど侮っていた。
女は皆戦力外と思っていたが、一人くらいはいたらしい。
また障壁を張られるのは面倒だ。
「マスター剣道! アップルスターと下がれ!」
「悪い!」
死神の一撃を必殺にしない障壁を使える彼女は、確かに貴重な戦力だろう。
温存するのは当然の判断だ。
だが何か、戦略以外の何かを、彼らの行動に感じてならない。
「おまえの相手はこっちだぜ、死神さんよ!」
速い。
極限までスピードを底上げしたのもあるだろうが、プレイヤーが持つ元々のポテンシャルもあるのだろう。今まで相手した拳闘士の中では、指折りの速さだ。
だがあくまで、プレイヤーの尺度で測ればという話に限定されるが。
「“マシンガン・ジャブ”!!! “ガトリング・ジャブ”!!!」
呼吸を止め、瞬間的に繰り出す連続攻撃。
わざわざ数えてはないが、百や二百では収まるまい。
が、打ち込めば打ち込むほどにダメージを受けているのは彼の方だ。
死神の甲冑は耐久性も優れてはいるが、直接触れた相手のHPを一定数値減らす能力を持っている。減る値は微々たるものだが、百や二百を超える数打ち込んでいれば、積み重なっていくのは必定である。
「ぐっ、ぁぁっ……!」
現実であれば、もはや拳を握ることさえ出来ないだろう。
なんの仕様だと言っていたか、彼らの体を本来巡っているはずの赤い体液こそ出ないものの、サックを付けて殴っていたにも関わらず、男の手はズタズタに裂けていた。
「ニモさん!」
「来るな! まだ……タオルは投げられてねぇ!」
【タオル?】
ボクシングを知らない死神に、タオルが投げられることの意味合いなどわかるはずもない。
何故少女は立ち止まり、補助を躊躇うのか。助けようとしないのかわからない。
先ほどから、彼らの言動――特に男女間における言動の意味を、理解し切れなかった。
「おい、こっち見ろ! “マグナム・フィスト”!!!」
全身全霊。最後の一撃が炸裂する。
拳の直後に追撃する爆発が、殴った敵を爆散させる、己のHPを引き換えに放つ捨て身の技。
拳闘士が辿り着く、奥義の一つと言っても過言ではない大技だった。
【驚愕、そして称賛に値する。拳闘士でこの技を繰り出すに至れるには相当のレベルが必要なはずだが、そのレベルで体得しているとはな】
が、死神には関係ない。
死神の鎧には、その程度では破壊どころか亀裂さえ入らない。
人工知能である利点を生かし、自らの手で作り上げた、万人を迎え撃つための対抗策。
奥義の一つで壊れるようには、生憎と作ってはない。
「化け物が……」
【化け物に非ず――我は、この世界における死神である】
刀を振り下ろそうとして、止めた。
激痛が走っているのだろう拳を抑えてうずくまる彼の前に、女性が一人、両腕を広げて阻もうとしてきたからである。
無論、止められるはずもない。
睨まれたところで怖くもない。
すでに補助の魔法を使いつくし、MPもない彼女に成す術はないというのに。
何故。
それは、庇われる彼でさえも、思っていたようだった。
「ごめんなさい……私、ニモさんがいなくなったら、何も出来そうにないから……」
「……悪い」
理解できない。
この世界に完全なる死など存在しない。
再度この世界に入ってくれば、また会えるだろうに。彼らが賭けている命は、借り物だというのに。何故、そのように本当の命を懸けているかのように、庇い、護り、護られる。
【望みとあれば是非もなし】
何故、女は男を庇ったのか。
何故、命を懸けているかのような真似事をするのか。
度し難い。
理解しかねる。
汝らにとって、この世界は娯楽の一つであろうに――
「ニモ! リンマーク!」
女を護って先に散る。
だが、その先に一体何がある。
女を護って先に消えて、結局その後女が消える。
ただ、それだけだというのに――
「俺の後ろに!」
これは――なんの茶番だ。
高々とハンマーを振り上げ、がら空きになった腹部を斬りつける。
男が消え、短い悲鳴を上げた女性をも斬り捨てる。
漆黒の猛威が赤い眼光を光らせながら駆け抜け、三人を残して斬り捨てた。
「マスター剣道さん……」
「アップルスター、俺の後ろに」
信頼。
あの二人の間には、すでに結束された絆があることは、遠目からでもわかる。
そうして男女が繋がる場を設けた自分が、自分の恋のために繋がりを裂かなければならないとは、なんという皮肉だろうか。
だが、もはや抵抗はない。
さっさと死神にやられてしまえ、マスター剣道。
彼女がやられそうになったときに駆けつけて、一瞬でも助けて印象付ける。そういうシチュエーションに計らずともなってくれたのだから。
「! 二人共、いむぁっ――?!」
死神が刀を振り上げた瞬間、二人と言いながら彼女だけを助けるため、跳び込もうとした。
しかし跳び込むより先に衝撃を感じ、立ち止まる。
見下ろすと、死神が振り上げていた刀が腹に深々と突き刺さっており、自動で痛覚遮断装置が作動。ただただ、自分の腹に漆黒の刀が突き刺さっているのを見下ろして固まってしまう。
直後、漆黒の死神が、赤い眼光で瞳を覗き込んできた。
【この仮初の世界で、思いを繋いで何となる。真に命を懸けるでもあるまいに、護り護られ何となる。汝らの茶番に、我らが何故付き合わねばならぬ――】
* * * * *
刀が自身の体を両断するのを最後に、ルークは戦線を離脱した。
その後、残った二人もすぐに死神にやられたようだが、仲はますます深まったようで、すぐに揃ってファミリーを脱退した。
彼らの結婚報告がされるのも、きっと遅くないだろう。
ルークも脱退こそしなかったものの、しばらくログインもせずに1人、死神の言葉を考えた。
ただのNPCの発言にしては、何か心を抉るものがあった。
しかしどの言葉がそこまで深く響いたのか、説明するのは難しい。
ただし再度ログインをし始めた日から、彼はゲーム内で恋人を探すことをやめた。
理由としては単純に――馬鹿馬鹿しくなったから、とでもしておこう。
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