999階層の死闘

vs アヴェンジャー

 998階層のボス、アンデッドのドラゴンゾンビが、断末魔を上げながら倒れて消える。

 滅多に落ちない素材である龍の牙を採取した、アカウント名フラン・チェンはニンマリと口角を上げた。


「おい、さっさとしろ、ルイブトン」

「今はフラン・チェンだ。凍結されたアカウント名で呼ぶな、馬鹿」

「てめぇ。新しいアカウントで素材がねぇって言うから譲ってんだぞ。態度がでけぇんじゃねぇのか? あ?」

「言えてるぅ。俺達のパーティに転がり込んできた癖して、調子に乗ってるよねぇ」


 舌打ちするフラン・チェンだが、正論過ぎて反論できない。


 つい先日、ハッキングしてタワーの麓に侵入したのがバレ、結局アカウントを凍結された元、ルイブトン。

 死神へ復讐するために新しいアカウントで一から始め、また大量の私財をはたいて課金。以前に組んだことのあるパーティに転がり込み、ついに998階層をクリアしたのだが、無理矢理転がり込ませて貰った立場上、肩身の狭い思いをしていた。


「いいんですか? あいつを入れて。あいつがまた何か違反したら、俺達まで連帯責任取らせかねませんよ」


 このパーティは全員が同等の立場にあり、明確なリーダーこそ存在しなかったが、それに近しいまとめ役を担う人はいた。


 Lv.376.アカウント名、チーズドッグ。

 レベルの上限は999であるが、未だそこまで到達しているプレイヤーはない。むしろ彼のレベルでさえ、周囲と比べればかなり高い位置にある。

 彼とグッドラッグ・ストア、クリムゾン・チリ、トムヤムくんの四人は、『Another・Color』発売初期からいる、有名パーティだ。


「構わないでいい。あれの素性は割れている。いざとなれば通報すればいいだけのこと。あそこで下手に断って怨みを買えば、ハッキングされかねなかったからな」

「それもそうですが……」


 ルイブトン――今はフラン・チェンだが、彼はプロゲーマーとして日本では有名人であったが、その道に精通する者達には迷惑ハッカーとしての裏の顔も知られていた。

 詳細は語れないが、チーズドッグもその道に通じる人間であり、彼の事は知っていた。また違反をするようなら通報してやろうと、監視する目的で、彼の加入を承諾したのであった。


「奴のレベルは今、51。一朝一夕でもよく上げた方だろうが、それでもあの死神には到底届かない。なのに奴はここに来た――何か、あるはずだ」

「……とりあえず、次が問題の999階層です。奴の用意した何かも、すぐにわかるでしょう」

「そうだな」


  *  *  *  *  *


 999階層、漆黒の大扉が、次なる挑戦者を招くため開く。


 彼らが何度目の挑戦になるかなど、死神はいちいち数えてもなければ憶えてもいない。

 が、彼らは初期からずっと挑んできたこともあって、顔だけは憶えていた。一人だけ見慣れぬ男がいたが、気に留める必要もない。


【死して訪れるは終結。死して免れぬものも、また終結――】


 もはや棒読みにさえなってもおかしくないくらいに、何度も繰り返した戦い前の口上。

 最中、死神は彼らと同じように彼ら全員の最低限の情報――プレイヤーが言うところのステータスを見る。


 アカウントなる仮の名と、レベル。状態異常の有無。

 プレイヤーにはこれらに加えてNPCのHPを確認できるらしいが、死神にその権限はなく、あったとしても見る必要性はない。


 ことごとく、一撃で終わるからだ。


【――では、参ろうか】


 初手は決まって、最後尾に回って回復術士を仕留める。

 故に相手の初手も前衛が囮になりつつ、後衛が消える前の回復術士に蘇生薬を一つ消費するというのが定番なのだが、彼らは違った。


 移動を制限する魔法にて霧化を防ぎ、背後に回られる時間をわずかにでも稼ぐ。

 単純な速度でも死神は圧倒的に速いが、それでも霧となって実態をも失われるよりマシ。

 背後からの一撃も、まだ防げる。


 振り向かず、背中に峰を当てる形で刀を突き立て、首への一撃を防御する。

 最後尾にて杖を持っていた男を術士と思ったが、それすらも作戦。死神をおびき寄せるため、剣士が術士のフリをしたのだった。


【賢しいことよ】

「そいつはどうも――!」


 振り向きざまに大剣を払い除け、腕を掴む。

 背後より本物の術士と弓兵が、最高火力を誇る魔法と技能を繰り出し、仲間諸共に討ち倒そうとしていた。死神を掴む彼の腕からは、毒が染み出している。


【麻痺毒か】


 まさにこの世界が仮初であるからこその戦法。

 己の手を毒で穢し、掴んだまま共に撃てなどと、紛れもない自殺行為。

 彼の実力があってこその戦法でもあろうが、掴み損ねれば自身の毒で倒れるだけ。無駄死に以外の何物でもないというのに。


「一緒に逝って貰おうか」

【どこへだ】


 死神は腕を振り払い、大剣の横部分で払い除ける。

 仲間が腕を放し、死神が消えたものの、すでに二人の攻撃は止まれず、ただ仲間を二人掛かりで倒す自滅に終わった。


 毒は確かに腕を巡った。

 が、表皮を伝っただけだ。効いてはない。

 おそらく900階層のボスでもある、『Another・Color』で最も強力なヤマタノヒュドラの猛毒を使ったのだろうが、死神の毒に対する耐性はそれをも凌駕する。


 死を司る死神が毒で死ぬなど、滑稽な結末は存在しない。

 スリップダメージなど、このイベントに挑むプレイヤーが十中八九使ってくる、すでに使い古された手だ。

 毒を与えれば後は耐え抜くだけなどと、侮られるのは気分が悪い。


「チリ、ごめんよ……」

【愚策。あまりにも愚策】


 仲間を倒してしまった二人が肩を落とす姿を見降ろし、死神は吐息の如く漏らす。

 二人含め、チーズドッグも死神を睨むが、怯む要素はどこにもない。彼らの眼光に、畏怖も恐怖も感じはしない。

 睨むその眼には怒りよりも、後悔の方が強く宿っていたからだ。


【幾度となく我に挑み続け、今回弄した策がそれか。愚策、そして失策。世界最強の毒なれば、我に届くと思うたか。見くびるなよ。汝らが相対し、幾度もこの先へ行くことを阻まれた要因は何であったか。今一度、汝らの記憶に刻み付けてくれようか】


 弓を番えて矢筈を引く。

 だが狙いを付けたときには漆黒の霧が霧散して、死神の姿は消えており、気配はすぐ後ろにあった。


 振り返った直後に顔面を掴まれ、片腕で軽々と持ち上げられたまま投げ飛ばされる。

 救出のため、仲間が介入する隙さえも奪い、壁面に飾られたおどろおどろしい彫刻に叩きつけられた弓兵へと飛び込んで、胸座を深く突き刺して一撃で仕留める。


 剣を抜くため壁を蹴った勢いで反転。

 救出のため飛び込もうとしていた魔法使いの詠唱の一句さえも許さず、言葉を刻む首を飛ばし、一瞬で二人消し去った。


「グッド、トムヤム……」


 剣を振り払い、突き立てる。

 この世界に血液こそ存在せず、振り払うものさえないものの、舞い上がった戦塵が死神の羽織う外套を揺らす。


 髑髏の面の下、赤く光る眼光が仲間達の喪失によって意気消沈とした、このパーティの司令塔、チーズドッグを見上げたかと思えば、一瞬で回り込んで再び見下ろした。


【悪手に次ぐ悪手。もはや打つ手なしと見たが】

「そいつぁ、どうだろうなぁぁ」


 背後を振り返ってみる。

 見ると、顔の知らない男が禍々しい戦斧を振り被っていた。


 戦斧の正体は知っている。

 課金でのみ手に入れられる、悪魔の血眼が凝視する漆黒の戦斧。

 その能力は、。名を、“リベンジ・カウンター”。


「待たせたな、死神ぃぃぃっっっ!!!」


 決まった。

 少なくとも避けられてはいない。戦斧の一撃は、確実に死神を捉えた。

 この一撃のために、少数精鋭の彼らのパーティに媚びてまで入れて貰い、彼らが自滅するように毒で足止めする作戦を提案したのだ。


 レベルの合計は三人で1000を超えている。

 ダメージはおよそレベル1につき、およそ十倍計算。それをハッキングでさらに十倍。計百倍計算にまで引き上げた。

 この一撃で倒すまではいかずとも、体力の大半は削っているはず――


【これが汝らの最善手か】


 受け止められていた。

 手応えは充分にあったはずなのに、10000ダメージを優に超える一撃を、片腕で握った大剣で受け止められていた。


 躱したのならまだいい。

 躱されたのならまだ、可能性こそあった。

 が、受け止められた。背後を取ったはずなのに、軽々と受け止められた。


 今までのアカウントを失い、私財を投げ打ち、信頼を失ってでも、届かない。

 もはや怒鳴る気力さえ湧かず、ただ茫然と目の前の死神を見上げるのみ。


【汝らの世界において、財力が如何なる権力を持つのか我に知る由はない。が、さすがに二度も見せられると失笑せざるを得ん】

「な――」

【先程の発言。大枚を叩いて手に入れたのだろう武器を振り回す姿。我が記憶思い起こすには充分過ぎた。認めよう。別の肉体となって尚、我に挑む執念を――尤も、認めるのはその一点のみであるが】


 すでに彼の姿はなく、禍々しい戦斧が何故か足元に落ちたまま残る。

 ハッキングにハッキングを重ねた結果なのか、バグが起こっているのかもしれない。

 バグという欠陥を理解し切れていない死神は、不思議そうに足元の戦斧を拾い上げ、血眼を見つめ返して逆に目を逸らさせた。


【して、汝は茫然と立ち尽くすだけか】


 一人残ったチーズドッグ。

 剣を向ける様子もなく、もはや戦意さえ感じられない。


 深く短く吐息を漏らした彼は、剣をその場に捨てて両手を上げ、ゆっくりと両膝をついた。


「降参だ。俺達の負けだ」

【自ら、負けを認めるのか】

「あいつの口車にまんまと乗せられた時点で、おまえの言う通り、今までで最悪の悪手を取っちまった。俺としても、これ以上は不本意だ」

【……ここまで来たのにか】

「あいつらとなら、またここには来れる。今回は変な奴が混じったせいで狂っちまったが、次は俺達らしく正々堂々と行く。だから、次は覚悟していろ」


 プライドの在り方は理解しているつもりだが、自分から降伏していながら、次は勝つなどと宣う彼の言動は、死神には難しかった。


 が、悪い印象はない。

 少なくとも、あのハッカーよりはずっといい。


【なれば疾く、去るがよい。我も此度は、ここで剣を収めよう】

「……悪いな」


  *  *  *  *  *


 再び静寂が訪れる。

 結局、彼はリタイアのコードを押して自ら塔を降りて行った。


 今まで幾度となく戦ってきたがこのような幕切れは初めてで、正直に言って違和感が大きかったが、HPとMPを回復し、次の挑戦者を待つ間、未だ消えない戦斧を見つめながら考える。


 そして回復を終えた合図が鳴ると、その場に戦斧を叩きつけて砕き割った。


 アヴェンジャーと化したあのハッカーは、また何か卑怯な手を持って来るかもしれない。

 が、今度は自分のパーティで挑んで来て欲しいし、せめて彼らとまた来るのは避けて欲しいと思う。


 何度も戦ってきたからこそか、彼らとは真正面から、真の勝敗を決したいと思うのだ。


 仮初の死に対して憤慨し、負けてはならぬと締めた気合を緩めることは出来ない。

 が、何度も戦ってきた彼らといつもの勝負がしたいなどと思えるのは、彼らの死が仮初であるからこそだということも否定できず、どうしても湧き上がる違和感を払拭し切れなかった。


 だから戦斧を砕いてみたのだが、未だ違和感が消える様子はない。

 次の戦いに支障はないだろうが、この違和感を、女神はなんと答えるだろうか。


 そんなことを考える死神に、猶予などない。

 次の挑戦者を迎え入れるため、扉が開く。


【死して訪れるは終結。死して免れぬのも、また終結――】


 迷いはなく、このとき迎え入れたパーティもまた全滅させた死神だったが、このときの違和感が拭えるまでに、随分と時間を要した。

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