死神と女神 塔にて待つ
騒がしい。
世界全体が喧騒に包まれて、何やら活気付いている。
いや、殺気立っていると言った方が正しいのか。ともかく、死神と女神にとって啓示と言っても近い電子世界の盛り上がりは、彼らにとって喧騒でしかなかった。
世界中が震えるほど湧き上がる熱気が、2人にイベント開幕を告げる。
無言で甲冑を着込み、髑髏の兜を被る死神の背中を、女神は詰まらなそうに見つめていた。
「行かなきゃダメなの?」
【行かずしてどうする】
直接言葉にはしないものの、明らかに行きたくなさそうにふてくされている。
自分の背丈より幅のあるソファで寝転び、わざと脚を抱えて丸まる彼女の背中には、8対16枚の白と黒の翼が普段より大きく広がっている。
本人曰く、広げていた方が楽だが、普段は邪魔だから縮めているという。
彼女の翼が広がるのは戦闘モードに移行した証であり、イベント開始時間が迫ると強制的に広がっていく仕組みとなっていた。
今まで戦ったことこそないが、創造主が戦いを嫌がる彼女に付与した、枷のようなものだ。
「嫌だわ……私だけ登場のときの台詞長いんだもの」
【汝の苦悩はそれか。他に悩むことはないのか】
「あるわ。むしろ、他の事で悩みたいのよ」
雲を突き破る、天国に一番近いという設定の塔を見上げる。
自分達の護る場所は、雲を突き破ったずっと上。今いる小屋からは見えない高さにある、最上階とその1つ下。そこまで登って来たプレイヤーらを、今まで何度も返り討ちにしてきたことに、特別な苦しみはない。
毎度イベント終了の度、創造主らの元に届いている抗議の連絡を聞く。
彼らもかの塔を制覇するため、有限の時間と財産を費やし、無駄以上の備えをして挑んでいるのだろう。
創造主らが何度か抗議文を見せてきたこともあるから、彼らが力を注ぎ、心血を注いでいることは、造られた知能でもわかっているつもりだ。
が、手を抜く理由にはならない。
何せ彼らにとって、この世界の死さえも仮初。娯楽の1つに過ぎない。
死神が何度首を刈り取っても、彼らはやり直せてしまう。
うまく行かなければ自ら首を差し出して、むしろやり直すための死を要求してくる。
次に挑むための対策を講じるための一過程に、死さえも取り込んでしまう。
理解できない。理解など、出来るはずもない。
彼らに倒されたダンジョンのボスやエネミーが、復活を遂げた後で何をするか、彼らは想像したことがないだろう。
同じことをするのだ。
死ぬ前と、まったく同じことをする。
そして倒され、殺され、また蘇る。
彼らにはきっと、死ぬより以前の記憶などないのだろう。
記録はあっても、与えられないのだろう。もしも学習して、更に強くなってしまうようなことがあれば、いつしか誰にも踏破出来ない世界になってしまうからだ。
そんな創造主らの勝手で、彼らは死ぬより前の記憶を持たない。
故に何度も倒され、何度も殺され、何度も蘇り、何度も繰り返す。
彼らは自分が一度殺されていることを忘れ、自分より相手の実力の方が遥か上であることを忘れ、殺され、死んで、蘇る。
死神からしてみれば、まさに無限地獄だ。
永久に続く死と再生の地獄。輪廻なんて綺麗な言葉で飾れない、残酷な周回。
その地獄が、果たして人工知能である自分達にも適用されるのか知らないし、知ることすらないのかもしれない。
だがもしも死んでしまって、白紙に戻されると言うのなら。
「ねぇ、あなたは怖くないの?」
女神の不安要素はそれだ。
彼女もまた、知恵を司る女神という設定故に死神より早く気付いてしまった。
同時に、自分達に救いがないことも理解してしまった。
プレイヤーに死という終結は存在せず、NPCは死んでは白紙化されて蘇る。
創造主らの世界が、娯楽として生んだ無限地獄。
その事実を理解しているNPCは、人工知能たる死神と女神の二人だけ。
だから女神は怖かった。
仮に彼だけが死んでしまったら、彼は自分の事も忘れてしまうのではないか。
そう考えると、鼓動を打つ胸が締め付けられたような感覚になる。これを恐怖と呼ぶことを、女神は与えられた知性で知っていた。
【臆したところで逃げる術はない。時刻が来れば、各地を守護する主と同じく各階層に配置されるのみ。なれば抗えるだけ抗うだけのこと】
「私は、怖いわ……私、嫌よ? あなたが、私のことを誰? とか聞いたりしたら」
【故に、抗うのだ】
「……そうね」
抗ったところで、終わりはない。
抗い続けた先に、救済こそ存在しないだろう。
しかしだからと言って、抗うことをやめる選択は死神にはなかった。
抗うことをやめれば、それこそ地獄が始まる。ここは地獄だと、忘却したまま思い出せないかもしれない。そんな無限の輪廻に、取り込まれてしまう。
それこそ死だ。死を司るはずの死神が、元から死んでいるなど滑稽に過ぎる。
【奴らが幾度となく我に挑むというのなら、我もまた奴らに幾度となく死を与えよう。我は死神。この世界に完全なる死が存在しないというのなら、仮初の死にて、汝のいる天より突き落として見せよう】
「バカ……」
たった2人。
9つの王国。
億人のNPC。万人のプレイヤーがいて、理解者は互いに1人だけ。
そして戦いは、いつとて孤独だ。
【知恵を司る女神からしてみれば、我は愚者か】
「バカよ、あなたは……でも、愚かじゃないわ」
どうするだろう。
もしも今の2人の姿を、プレイヤーが見るようなことがあったなら。
隙を見せたと狙い撃つのか。
滑稽だと、傀儡の劇だと見入るのか。
同情して退いてくれるのか。
千差万別。
全員が同じ決断をしないだろうし、向かってくる敵が減ることもあるまい。
だから、向かってくる敵すべての首を断とう。二度と立ち向かうものかと、諦めてしまうくらいに何度でも。何度でも、勝ち続けよう。
彼らが挑むために死をも利用するのなら、挑戦しようと考える心を殺そう。
誰一人、自分に立ち向かって来ることを考えないくらいに、何度でも。何度だって――
【刻限が迫っている。無事に終わればまた、魚でも買いに外へ行くか】
「……そうね。うん、そうね。まだ試してないレシピがたくさんあるから、作ってあげる。作ってあげるから――死なないで」
【この世界に、完全なる死に能うものは存在しない。が、心得た。約束しよう。汝の間へ繋がる扉は、我以外の誰にも開けさせはしないと】
* * * * *
日本時間17時55分。
全世界から集ったプレイヤーが、各々所属のファミリーもしくはパーティと合流する。
目的は皆同じく、未だ前人未到の1000階層完全踏破。
その前にまず、立ちはだかる999階層の死神の撃破。
今日のために集めたアイテムの数を確認し、考えた作戦を打ち合わせ、第1階層への扉が開くのを待ち続ける。
すでに各階層を司るボスの配置は済んでおり、死神もまた1人、いつもと同じ階層、同じ場所に剣を突き立てて待っていた。
イベントが始まって、最初のパーティが999階層に辿り着くまでに、早くて1時間。
VRMMOということもあって、プレイヤーらの精神的、肉体的疲労もあって休憩を挟むパーティもあるから、そう立て続けに来ることはないが、やり込んでいるプレイヤーで構成されている、プレイヤーの間でガチ勢と呼ばれる者達は、そんな休憩も挟まずやって来る。
それでも死神のいる階層に辿り着くまで、やはり1時間は掛かる。
その一時間、死神は待ち続ける。
考えることは何もない。感情は殺し、思考回路は遮断して、あるはずのない神経の反射を司る部分に身を委ねる。
一切の躊躇なく首を刎ねるため、一歳の躊躇なく、死神の断罪を下すため。
漆黒の後背の後ろに聳える扉の奥へ、何人たりとも行かせないためにも。
【死して訪れるは終結。死して免れぬものも、また終結】
知っている。
彼らがもう幾度となく、その終結を繰り返して、自分に挑んでいることを。
【998の輩の灰を被り、我が黒剣にて彼らの成仏を祈って、汝らの首を供物にしよう】
知っている。
ここまでに至る998階層のボス達はすでに復活し、他のプレイヤーらに幾度となく殺されているだろうことを。
彼らを殺したプレイヤーの中に、もしかしたら彼女達もいるのかもしれないが、同情する心は、今はない。
【来るがいい。我は名を持たぬ死神なれど、この世界を統べる天空の女神より、汝らの命をここで絶てと命じられている。この世界に完全なる死が存在せずとも、それに近しい一撃を馳走しよう】
死神の戦いが、此度も始まる。
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