死神と女神 パーティを組む
死神の意匠は、さながら悪魔崇拝の教祖のような漆黒の装いとなった。
胸には髑髏が刻まれた逆さ十字のペンダント。馬鹿馬鹿しいくらいに大きいのに、能力値の低い見掛け倒しの大鎌を背負って、髑髏から鬼の面へと変えた。
女神のなんとも言えないセンスと、死神の妥協とが入り混じった結果である。
何はともあれ、気兼ねなく二人で歩けるようになった女神が死神を連れて入ったのは、市場でも有名な喫茶店。甘いフルーツがふんだんに入ったケーキを頬張り、表情をとろけさせる。
「おいひぃ……」
【汝もよくケーキを作るではないか】
「お店として出すほどですもの。やっぱり違うわ? あなたもどう?」
【構わずともよい。汝の口に入る方が、それも喜ばしかろう】
「私はあなたにも食べて欲しいわ。なんなら、一口分けましょうか」
【否、我は構わずともよいと――】
「はい、あぁん」
美味しさを共有したいのか、女神はわざわざ切り分けて差し出してくる。
さすがにそこまでされて断るのも抵抗があったため、死神は顔を寄せる。
口元まで寄るとケーキが掻き消え、死神は口の中にあるかのように咀嚼する。
何もかもがデータで構築された世界だからこそ可能な仮面越しの食事だが、女神は少し不満があった。
死神に仮面を脱がせる口実の中で、食事こそ一番利用出来そうなのに使えないからだ。
さすがにずっと一緒にいれば、気になりもする。仮面の下にある顔がどのような形であろうとも、女神は隠された仮面の奥が見れれば、何でもよかった。
最初こそ一種の暇潰しだったが、今では女神最大の難問である。
果たしてどうやって、死神の素顔を見ようか。彼なら頼めば見せてくれるかもしれないが、それではまるで暇潰しにならない。
【見つめられたところで、我から差し出せるものは何もない】
「感想くらいは聞かせてくれるでしょう?」
【……汝の好みの味、だな。これは。果実の甘味。汝の作る菓子より甘く、柔い】
「あなたは好き?」
【……嫌いではない】
「そ。じゃあまた来ましょうね」
女神の微笑に、周囲が小さい規模ながらもざわつく。
あんなにも綺麗で可愛いNPCなんていたかと、『Another・Color』の公式情報サイトで確認をしているが、彼らの見たい形で見つかるはずもない。
彼女はかの大イベントのラスボスに故シークレット。そして手前に陣取る死神のせいで、未だ誰も姿を見たことがないのだから。
【悪目立ちし始めたな】
「……えぇ、そうね。ちょっと長居し過ぎたかしら」
トラブルに巻き込まれないとも限らない。
お茶も終わったため、席を立とうとしたその時、二人の女性プレイヤーが駆け寄って来た。
「あの!」
「私達とパーティ組んで貰えませんか?!」
【何?】
NPCに何をと思うかもしれないが、このゲームではそれも出来る。
すべてのNPCがそうというわけではないし、パーティに加えられるのもレベル制限やフレンド登録数制限など、言ってしまえば初心者に許される機能だ。
つまりこの女子二人は、まだゲームを初めてまもない初心者ということになる。まだゲームの仕組みも知らず、手当たり次第に声を掛けている感じか。
NPCなら、その後のトラブルもないだろうと、声を掛けたのかもしれない。
が、生憎とそんなことをするつもりはない。
二つ返事で断ろうとしたのだが、先に女神に袖を引かれ、なんとも活き活きした眼差しで見つめられた。
「いいわよね! ね!」
あぁ、この目はもう言うことを聞かない目だ。
すでに自分で決めてしまっている目だ。
もうこちらが何を言おうが、テコでも動かない目に見上げられて、死神は黙って諦めた。
「いいわ、行きましょう!」
「「ありがとうございます!」」
『Another・Color』におけるプレイヤーの外見は、プレイしている人の実際の年齢が反映されたもの。
女性達は見たところ、十代前半か、いっても15、6程度。
同じ学校の友達か幼馴染か。とにかく親しい仲で、最近一緒に始めたという感じだろう。
「それで、どこに行くの?」
「新しい装備を買いたくて、宝箱のある洞窟に!」
「じゃあ早く行って、お宝見つけちゃいましょう!」
【……汝、本来の目的を忘れてはないだろうか】
* * * * *
黄金色の砂漠が広がるフィールドに、ポツンと点在する洞窟のダンジョン。
出てくるモンスターはレベルも低く、魔法を使って来ることもない。ダンジョン最奥部には確定で宝箱もあるため、初心者がお小遣いを稼ぐには、最も適している場所だ。
そんな初心者が周回するような場所で人知れず、最強の死神が無双していた。
普段使っている大剣では一撃どころか触れただけで倒してしまうので、変装するのに買った大鎌を振るう。まさか本当に使うなどとは思ってなかったが、そこは実力で充分に補える。
「す、すごいね……」
「うん、すごいね」
「ホラ! 二人共! サポートしないと、経験値貰えないわよ!」
『Another・Color』はパーティに入っているだけでは、戦闘による経験値も金銭も入らない仕組みだ。
ファミリーというチームを作れば、専用の貯金箱にお金を貯めることが出来、それらをファミリー内のプレイヤーで分けることも出来るが、基本は歩合制である。
それも考慮し、死神は元々能力値の低い鎌をさらに手加減して振るい、二人が魔法で攻撃、もしくは補助の魔法を掛けてくれるまでの時間を稼ぎながら戦うのだが、これが難しい。
加減を間違えると当てただけで倒してしまうし、基本の一撃が常に必殺。
故に一撃を当てまいと鎌を振り回し、当たる寸前で風圧で吹き飛ばしてあしらいながら待つ。
今まで何も考えることなく一撃で屠って来たが故に、手加減して戦うというのが、また逆に新鮮だった。
当てれば脆く砕けてしまう、スケルトンの軋む体。
それを破壊しないよう加減しつつ、あしらう程度に吹き飛ばす。
一撃どころか軽く当てただけで壊れる相手を、わざと生かすよう加減する。絶妙と言わざるを得ない加減を常に保ち続けるのが、どれだけ難しいか。
死神は初めて考え、加減して戦うことを覚え始める。
「凄いお強いんですね!」
「何かコツとかあるんですか?!」
二人には、さぞ凄い光景に見えたのだろう。NPCだと言うことを忘れて訊いてくる。
煌めかせる瞳で見つめられる死神は、普段の女神が見せる待望の視線を思い出し、また少し考えた。
【何、場数を積めば、自ずと身に付くもの。慌てる必要はない。己が戦い方を模索しながら、数を重ねるが良い】
「「はい!!!」」
女神がニマニマしながら向けて来る視線を無視して、先へ進む。
最奥の宝箱がある間に辿り着き、後は宝箱を開けるだけ――だったのだが。
【待て】
跳び込もうとした二人を死神は止める。
直後、地面から巨影が飛び出し、這い出てきた。
百本の獣の脚が付いた、うねる胴体。
弓矢や剣撃を弾く硬い甲羅に覆われた黒光りする体の節々から、金属と金属がこすれるような音が聞こえてくる。
体をよじり、捩じり、それは百を超える巨大な犬歯を並べる口を開けて吠えた。
「ハンドレッド・レッグ? まぁ、珍しい」
格好の良い横文字の名が付いているが、要は巨大で異形のムカデ。
しかし言うまでもなく、そして見るまでもなく、ただのムカデではない。
最奥に宝箱のあるダンジョンにしか現れず、滅多に出てくることがないレアモンスター。
倒すと宝箱以上の金銭を報酬として落とすので、出会ったら逃げずに倒したいところだが、初心者向けダンジョンに出ることは本当に珍しい。
まさにビギナーズラック。
二人の少女の運が良かったのか、それとも女神と死神の初めての冒険に花を添えてくれたのか。いずれにせよ、これは逃すわけにもいくまい。
【臆するな】
二人が震えていることは、見ずともわかった。
死神故なのか、恐怖や戦慄には敏感で、見ずともわかる。
レアモンスター故に出てこないと思っていたのか、それともレア過ぎるが故に存在さえ知らなかったのか。とにかく、二人は巨大モンスターの突如の出現に驚き、怖がっているのがわかった。
そんな彼女達に臆するな、などと、鼓舞する言葉を掛ける自分を客観的に見て、死神は不思議にさえ感じながら鎌を振るい、二人とモンスターの間に入った。
【此度は我を頼れば良い。我が後背にあって、守れなかったものはない。我に補助の魔法を。汝らに、ダメージの一つも与えないことを約束しよう】
なんと不思議な光景か。なんと皮肉な光景か。
娯楽と潜り込んだプレイヤーがモンスターの出現に恐怖し、死神に鼓舞されている。
彼女達と同じ世界の創造主によって作られた知性に、励まされている。
皮肉と嘲り、恥を思って憤慨するのが、普段イベント後での創造主らの反応だったが、彼女達は立ち上がり、死神に攻撃と防御の力を上げる魔法をかける。
正直に言って、死神には不要な補助。しかし補助の魔法を掛けられるという経験さえなかったからか、悪い気はしなかった。
笑いこそしないものの、むしろいい気分ですらある。
【二人を任せた】
「えぇ、いってらっしゃい」
一歩、死神は踏み出す。
大きく鎌を引くと、刃に漆黒の瘴気が走った。
牙を剥けて唸っていたモンスターが、戦慄したのか臆した様子で身を引き、震えることすら出来ずに硬直している。
恐ろしい異形故、少女らには威嚇の一種とさえ見えたかもしれないが、死神は、恐怖には敏感である。
【これもまた命運。其方が好機と見て牙を剥けた者達は、確かに恰好の獲物。だが此度のこの者達は運がよく、汝は運が悪かった。この者達を護るのは、汝には抗いようのない絶対の死。汝の首を断つは、死神の鎌である――】
音は掻き消え、大気ごと割れる。
故に少女らには、死神の口上は聞こえなかった。
同時、ハンドレッド・レッグもまた聞こえなかったし、意味を理解することさえ出来なかっただろう。何せもう、その首は胴体と繋がっていなかったのだから。
百の脚がついていた胴体が掻き消えて、消えた分に比例するだけの金銭が降ってくる。
遅れて気付いた少女達は、モンスターが金銭に変わる光景をただ茫然と見つめていた。
死神は鎌を下ろし、収納という形で仕舞う。少女達の方を振り返り、一言。
【運が良かったな】
* * * * *
「ありがとうございました!!!」
「またいつかご一緒しましょう!」
「えぇ、またね」
街に戻って、少女達と分かれる。
結局最後までNPCと気付かぬまま、金銭を山分けまでして二人は行った。
レベルもそこそこに上がったろうし、山分けしても申し分ない量の金銭を手にしたから、新しい装備を奮発するなり貯金するなり、好きにやればいいだろう。
「フフ」
【何を笑うことがある】
「我が後背にあって、護れなかったものはない――だなんて、貴方らしいわね。まるであなたのためにあるような文句だわ」
【事実を述べたまでだ】
「じゃ、もう帰りましょうか」
【待て、汝は魚を食したいのではなかったのか】
「いいのいいの。ホラ、早く早く!」
女神に急かされて帰った死神が、今回のお出掛けの真の目的――死神に新しい衣装を着せるということを知ったのは、また数日後の話。
そして余談になるが、後日、その日買った意匠で釣りに挑んだ際、四匹の肉食魚が釣れた。
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