死神と女神 ――イベント前――
死神と女神 ー会話ログ(P)ー
科学と呼ばれる外の技術で以て、作り出された電子世界。
それが多くの自然に育まれて栄えた九つの国と、異形の生物と多種族が生きる、創造主らが『Another・Color』と呼ぶ世界の正体。
死神はその事実を知ってから、ずっと不思議に思っていた。
文明は繁栄し、医療も発達し、食物を育む技術さえ確立されている世界の住人が、娯楽とはいえ、自身らの世界よりも文明の劣る世界を創り上げ、わざわざ意識だけになってまで、やってくるのだろうかと。
理解が難しい。
本物の死は訪れないとしても、自らモンスターの巣に入って行ったり、戦争でもないのに殺し合いの真似事をしてみたり。
彼らの行動は、死神として作られた人工知能には理解しがたいものがある。
「そんなに難しい顔をして、何を考えているのかしら?」
髑髏を模した面を付けていて、難しい顔も何もない。
だが背後から話しかけてくる女神の顔は、見ずともわかる。
理由まではわからないが、何故か得意げな顔で笑みを向けて来ている。そして匂いから察するに、彼女の焼いたスコーンの味見をご所望と言ったところか。
【汝には、空腹という機能があるのか?】
「さぁ。でも食べたくなるのだから、きっとこの気持ちがそうなんじゃないのかしら」
【我には、その感情は存在しない】
「でも食べてくれるんでしょ? どうぞ、死神様。今日の捧げ物です」
【この世界の頂点に座す女神が、死神に供物を捧ぐか】
顔の側にスコーンを差し出してくる彼女の顔は、思った通り笑っていた。
そんなこと言いながら食べてくれるんでしょ? とでも言いたげだ。
まぁ実際、食べるのだが。
「外の世界じゃ、自分達を守護する神様に供物を与える習わしなのでしょう? だったら、私があなたに供物を与えても、不思議はないと思うけれど?」
【我は真の神に能わず。外の世界の技術により電子の世界に構成された、人工知能である】
「生憎と、それは女神たる私も同じですので」
世界の中心に聳える空を衝く巨塔、ヘヴンズ・タワー。
毎週日曜の午後18時から22時の4時間の間に開かれるイベントを除く間、創造主らが言うところのプレイヤーらは立ち入りを禁じられている。
特別モンスターも出ないし、彼らが欲するようなものもない。
定義上は水たまりなのだが、湖と見紛うほど巨大な湖もどきの畔に建っている小さな家で、死神と女神が密かに暮らしているだけだ。
だというのに、ここには何かあるのではと勘繰った輩が、時折不法な手段を使って侵入してくることがある。
ハッカー、と言っていたか――その手の輩は容赦なく斬り捨てる。その後、外の世界の創造主らが何かしらの手を打つらしいが、期待はしていない。
勝手に作られ、勝手に戦わされているのだ。静寂な日々くらいは満足に与えて欲しいものだが、そう上手くは行かないのだなどと、言い訳するばかりだからだ。
【干したブドウか】
「嫌いではないでしょう?」
【我はジャムとして食す方が好みである】
「あら、食べる必要はないとか言ってらしたのに。死神様も食事に好みがあるのね」
乾燥させた果物の入ったスコーンを、紅茶のお供に食べる。
髑髏の面を脱ぐことは出来ないため、傍から見ると面の前に持ってこられた食べ物が忽然と消える、という不思議な現象と化しているが、仮面の奥からはちゃんと咀嚼音が聞こえていた。
【……悪くない】
「でしょ?」
漆黒の甲冑に身を包み、髑髏の仮面を被った騎士の意匠をまとった死神。
8対16枚。黄金の光をまとった白の天使、黒の堕天使の翼を背に宿した金色の女神。
VRMMO『Another・Color』が誇る最大のイベント、ヘヴンズ・タワー。
1000の各階層に配置されたモンスターやNPCを倒し、踏破を目指すボスラッシュイベント。
そのイベントに置いて未だ無敗を誇る999階層の死神と、未だ対峙するどころか姿を見ることさえ誰も出来ていない最終階層の女神。
その二人が、巨大水たまりの畔に建つ家のコテージに椅子を並べて、スコーンを食べながら紅茶を嗜んでいる姿など、誰が想像できるだろうか。
二人の創造者達とて、きっと想像出来ていないだろう。
イベント以外は回線を切っているから、向こうからこちらを覗くことは適わない。そういう盟約を結んでいた。
「それで昨日、死神様は何人撃退したのかしら」
【数えてはない。
「それもそうね」
指先をくい、と曲げて部屋の本棚の中から日記を取り寄せる。
魔法の無駄遣いもいいところだが、彼女は特別どこに行く用事もないし、誰かと戦う予定もないし、こんなことくらいしか、魔法の使い道がなかった。
だからNP
「……8799人。おめでとう、死神様。記録更新ね」
【プレイヤーでもあるまいし、記録など更新したところで何にも変わらん】
「あら、あなたがこれだけの数のプレイヤーから、私を護ってくれたっていう記録なのよ。大事だわ」
【理解できぬ。奴らは殺した数を誇り、滅ぼしたアジトの数を誇り、奪った物品の数を誇る――理解できぬ。何ゆえ、そんなことをするのだろうか】
日記を置いた女神は、少し黙った。
はるか遠くの向かい岸を見つめて少し考え、やや冷たい風に乱された前髪を整えると、冷えた体を紅茶にて温める。
「誇れるものが、向こうじゃ手に入らないんじゃない? もしくは、自分自身を誇れない世界、だったりとか」
【自身を誇れぬ世界、か】
「そ。結局、何でもいいんだよ。殺した数でも生かした数でも、勲章でも褒章でも何でも、誰かに認められたいし、自分自身を認めてあげたいと思うから、こんな世界をわざわざ創ってまで来るんじゃないかしら」
正解、とも不正解、とも言えない。
二人共あくまで作られた人工知能であり、創造主らの世界についての知識はとても乏しく、ましてやそれらに関する情報もないため、推察の域を出ることはない。
だがもしも、女神の言うことが正解に近しいものであるとするならば、彼らが幾度も自分に挑んでくる理由も、少しはわかるような気もするのだが。
それでもやはり、理解しがたいものはある。
「納得できない?」
【……いや。ただ、皮肉だと思ったまでの事だ】
「こんな世界を創ってまで、欲求を満たそうとしていることが?」
【それも一理。しかし今、我が皮肉と思ったことは、仮想とはいえ、一つの世界を創り上げても、創造主らに称賛はなく、褒章も勲章もないことである】
――あの死神が強過ぎる
――何か攻略法を
――ちゃんと修正したのか、仕事しろ
イベント終わり、聞こえてくる通信者の背後で聞こえてくる言葉の数々は、労いでも褒め言葉でもないことは明らか。
それを思い出して、死神は思う。
彼らは何を思ってこの世界を創り上げ、管理しているのかと。
彼らのエゴイズムをプラグラムに変えて組み込まれ、作られた死神は、創造主らの満たしたいエゴの正体を、理解することが出来ず解せないと考える。
考えたところで無駄だとわかっているはずなのに、どうしても考えてしまう時間が発生してしまう程、イベントのない間の死神と女神は退屈だった。
「スコーンのおかわりはいかが?」
【……馳走になろう。後でな】
直後、ブザーが鳴った。
どうやらまた、ハッカーなる者が侵入したようだ。
唯一、死神が暇を潰せる機会があるとすれば、彼らの侵入くらいだ。
「死神が死を告げる時間ね」
【この世に真の死は存在せず、我もまた死神の名を借りた人工知能。なれば我は死神の名を冠する者として、馳走するのは仮初の死である】
「でも知ってる? そうやって他のプレイヤーを倒すことを、PK――プレイヤーキルって言うんだって。だからこの世界では、あなたは紛れもない死神だわ」
【フム……なれば死を告げ、死を与えることが我が本懐。迅速に、全うするとしよう】
「行ってらっしゃい。ベリージャムを作って待っててあげる」
気配なく、音無く、死神は女神の前より消え去る。
それでも淹れた紅茶をキチンと飲み干し、スコーンも残さず食べて行ったことに、女神は思わず微笑んだ。
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