999階層目の死神

七四六明

999階層の死神

 天より降り注ぐ光芒から現れる、二対四枚の翼を携えた機械天使。

 四本の腕が握る二本の杖から黄金の光線が降り注ぎ、それに合わせて左右から襲い来る灼熱の矢と、吹き荒れる風の刃。

 同時三方向からの攻撃が炸裂。大爆発を引き起こす。


「やったか?」

「その言葉、フラグ立つからやめてくれない?」

「まぁまぁ。二人共、回復薬ポーションを」


 蓋を砕き、回復薬を使用。

 体力と異能力発動のための力――俗にいうHPとNPを回復する。

 煌々と燃え上がる爆煙の中、未だ動かない敵影に警戒しつつ、次なる一手の準備を進める。


「これで一ダメージも通ってなかったら、マジ萎えるよな」

「さすがにそれはないみたいだけれど……まだまだみたいね」

「まったく、今まではほぼこのパターンで仕留められたってのにさ――」


 不意に、声が途切れる。

 存在が掻き消えるまでの一瞬に見えた首と胴体の分かれた仲間を見て、双方、絶句の直後に改めて構えた。


 普段なら必勝パターンの攻撃を耐えたのか、それとも直前で回避したのか。

 いずれにしても、未だ姿を見せぬ敵影が仲間を仕留めたのは間違いない。警戒を緩めた瞬間に。いや、緩めなくとも、見逃した瞬間に同じ手で消される。


 この戦いのために五つのパーティ、86人ものプレイヤーが集まったというのに、もう2人しか――1人しか残っていない。


「おいおい、まだ始まってから5分も経ってねぇぞ……」


 ここまで全員、ほぼ無傷で到着した。

 回復薬も大量に残っていたし、対策も1つや2つではなかった。

 ここまでのボスも、楽勝と言ってよかったのに。


「化け物め――」


 静寂と静謐。

 静けさが冷気となって、寒気を誘うほど気色の悪い空しさを生み出す。


 爆音と破壊音の喧騒も嘘だったかのような静寂の中、1人残って立ち尽くす黒衣の騎士は、刀身に亀裂が入った漆黒の大剣を地面に突き刺し、扉の正面にて仁王立ちを決めた。


 豪奢に飾られた荘厳の扉は、平均身長が160~180前後とする人間には過ぎると言っていいほど巨大で、漆黒の色と髑髏の装飾が多いことから、地獄門と呼ばれている。

 ただしその先に待ち受けるのは地獄の獄卒でも、裁きを下す閻魔でもない。

 観音開きで迎え入れる扉を通り、現れる挑戦者に仮初の死を与える――死神である。


『時間だ。今日もご苦労だった』


 と、どこからか声が聞こえる。

 死神のいる広間全体に響く声は、さながら天よりの啓示。世が世なら、天上の神々より発せられた言葉として受け入れ、崇拝されたことだろうが、仮にも神の名を持つ彼に、そんな思考回路は存在しない。


 存在しないよう


【刻限か】

『あぁ、日本の時計で午後22時。今回もおまえの完勝だ。また誰も、おまえのいる999階層を突破できず、その先の1000階層へと辿り着くことはなかった。俺達もまた、苦情の対応に追われることとなる』

【汝らの都合は、理解しているつもりだ。しかし、なんと言った……とにかく、我らが生きるこの世界が、汝らの言う仮想世界なるものとはいえ、我は自身の敗北を許容出来ぬ】

『あぁ、そうだ! 俺達はおまえを! おまえはこのVRMMO『Another・Color』最大のイベント、ヘヴンズ・タワーのために作った人工知能なんだからな!!!』


 向こうは随分と苛立っている様子だ。

 殺到する苦情の対応とやらに追われているのだろうが、死神に同情する心はない。


 皮肉なことに、作られていないからだ。


『おまえの学習能力の高さには、世界中が度肝抜かされてる上、冷やされてるだろうよ! いや、同時に安心もしてるし、馬鹿にもしてるね! 国が誇る最強の人工知能を試作品だったとはいえ、たかがゲームに投入するなんて、ってさ!』

【汝らの世界の理に、我が介入する理由は存在しない。汝らの懸念は杞憂の域を出ぬ】

『……まぁいい。来週も頼んだぞ』


 一方的に、通信が切られる。


 骸の仮面の下、自然と漏れる吐息さえも、この世界を想像した者達の創造物。

 九つの色を冠する王国。人間から異種族からモンスターから、この世界に生きる生命すべて。

 もはや世界そのものが、外界の者達の娯楽として作られた玩具。

 そんな、世界さえも構築できる彼らが、自分達の作った死神に掻き回されているなど、なんと滑稽な話なのだろうと、考える思考回路こそ作り物。


 ならばこの感情もまた作り物なのだろうことは、疑うまでもないのだろうが――では、自身の後背の奥に聳える巨門へと誰も通さんとする心の呼称は、与えられた仮初のプライドか、死神と呼ばれながら、仮想世界と知りながらも抱く死への恐怖か。


「今日も変わらず退屈だったわ、貴方のお陰で」

【それは皮肉か】

「そうね。でも感謝しているのは事実です。ありがとう、名前もない死神さん」


 外の者達が生んだエゴの抱く、この心の名は――死神を構築するプログラムの中には、存在しなかった。

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