第九話

”雲居治療院”の正面玄関には、


『誠に勝手乍ながら、本日は臨時休院致します』


 という看板が出ている。


 そして、その奥、治療室には雲居と俺の他、例のチャールズ君、そしてマーガレット先生がいた。


 さっきからチャールズ君は椅子に座って、しきりに頭を下げている。


 マーガレット先生の方は、何やら熱っぽい視線で雲居の顔をじっと見つめている。


 雲居は腕を組み、唇をへの字に曲げて、何度もため息をついていた。


『やはり、無理だな』


 ぼそり、と雲居が言う。(余談だが、ここからの会話は主に英語だと思ってくれ)

『お願いします!』その言葉に負けず、チャールズ君は椅子から降り、床に正座をして両手をつき、土下座まで始めた。


 雲居はほとほと困り果てたような顔をしている。


 ポーカーフェイスの彼しか知らない俺には、結構な見ものではある。


『私もお願いします!』次にうっとりしたような眼差しで言ったのは、マーガレット先生だ。


 後で聞いたところによると、二人は遠縁の親類にあたるのだそうで、先に来日していたマーガレットを頼る形で、チャールズ君が来日したのだという。


『私は弟子をとらないと決めているんだし、それにそちらの・・・・ミス、いや、ハリソンさんか。貴方は学校の先生で、講道館の門弟だし、チャールズ君も一応この町の非常勤講師で、〇〇流空手の修行者だ。昔から”二兎を追う者、一兎をも得ず”という格言もあるだろう。チャールズ君は空手を修行し、ハリソン先生は柔道に打ち込まれた方が良いのではないですか?』


 ここまで諄々じゅんじゅんと彼がさとしても、二人はなお諦めようとしない。


 マーガレットは

”私は日本に帰化をしても構いません。どの道そうするつもりだったんですから! 

柔道より素晴らしいものを見つけてしまった今となっては、他に考えることはありません!あなたこそ私のミヤモト・ムサシ先生です!”

といい、チャールズ君はチャールズ君で、


”僕も同じです。それに僕は今まで強くなることしか頭にありませんでしたが、貴方・・・・いえ、雲居先生の技にはそれ以上の奥深さが感じられました!”


 雲居はまたため息をつき、壁にもたれて笑っている俺に視線を送った。

 つくづく困り果てたといった色がありありと出ている。


『いいんじゃないか?』


 俺は彼の意図を察して、そう答えた。

『これだけ真剣マジで頼んでいるのを無下に断るのも後味が悪いだろう。だったらこういうのはどうだ?条件をつけて、それが守れたら弟子にするってのは』


『条件・・・・?どんな?』


『それはお前さんが考えることだ。何しろ師匠なんだから』


 雲居はまた腕を組み、半眼を閉じてしばらく考えていたが、やがて、


『分かった。いいでしょう』

 そう言って大きく頷いた。


 それから二カ月が過ぎた。


 季節はもう梅雨に入って、毎日じとじとと、日本特有の湿り気が多い日が続いている。


え?

”あの二人、あれからどうしたのか”だって?


さあ、知らんね。


面倒くせぇなあ。


じゃ、話してやるよ。


見事に弟子になったよ。


但し、雲居は二人に条件を付けた。


マーガレットには、


”講道館で四段までは確実に取る事”

 

 チャールズ君には、


”君の空手の師匠に許可を得る事。もし師匠が破門だといったら、帯を返上してくる事”


 と、それぞれの課題を与え、さらに、

”自分の仕事は決して辞めたりしない事、正業を持たぬ者には武道を習得する資格はない”


 二人は忠実にその教えを守り、今のところ真面目に自分の仕事をし、そして真面目に修行のため、雲居の下に通ってくるそうだ。


 え?

”マーガレットさんのもう一つの願いはどうなったのか”って?


 何だったかな・・・・


 そっちの方についてはどうなったか分らん。

 

 お互い大人同士だからな。


 伝わる時が来たらつたわるだろうさ。


 さあて、今日も風呂に入って、一杯やって寝るとするか。


                                 終り


*)この物語はフィクションです。登場人物その他は全て作者の想像の産物であります。


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恋人はミヤモト・ムサシ 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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