第七話
金髪の外人青年は、雲居より歳は若く見えたが、肩幅は広く、格闘ゲームによく出て来るような
『一体、何が始まるんだね?』俺は隣に立って腕組みをしていた柔道着姿の若者に声を掛けた。
『練習試合ですよ。いや、果し合いみたいなもんかな?』彼は小さな声で囁くように告げた。
何でもあの金髪の青年はこの町に一校だけある県立の高等学校に、
”補助教員”としてやってきた人で、国籍は英国。名前はチャールズ・スタインという。
若い頃から空手を習っていて、現在某フルコンタクトの流派で初段を允許されている。
たまたまこの町に英会話の教員としてやってきたところ、どこかで”雲居先生”の噂を聞きつけたんだろう。
”コブドウなんて、どうせ実戦では役に立たない踊りみたいなものでしょう”
と放言したのである。
”先生を馬鹿にするのは許さん”とばかりに論争になったのだが、当の先生(つまり雲居のことだ)はどこ吹く風と相手にしない。
しかし図に乗ったスタイン君は、雲居の治療院に押しかけ、あからさまに挑発し始めた。
”仕方ないな。それじゃ相手になりましょうか”と彼は答え、今日のこの対決になったという。
ルールは、
一、武器は使わない。
二、どちらかが参ったというまで試合は続けられる。
三、眼球への攻撃以外、何をしても構わない。
四、決着がついたら、それについては異議を挟まない。
五、立会人として高校の柔道部の顧問(雲居の弟弟子に当たり、今でも修業は続けている)と、チャールズ君と同じ流派の先輩の二人が立会人になり、続ければ危険と判断したらその時点で止める。
の五か条が決められた。
日の丸を挟んで向かい合わせに立っている二人のちょうど間に、ワイシャツにネクタイ姿の男性が二人いた。
恐らくこれが立会人なんだろう。
応援にはチャールズ君の同門者が数名と、後の殆どは雲居の側である。
確かに俺は雲居の強さは知っているが、実際彼が自分の技を他人の前で披露することは滅多になかったので、言葉は悪いが野次馬的な興味があったこともまた事実である。
『前へ!』ワイシャツにネクタイ姿の背が低い小太りの男性(これが恐らく柔道部の顧問氏なんだろう)が声を掛ける。
背が高く、筋肉質の、こちらもワイシャツにネクタイ姿の男性(こっちが空手屋らしい)も、頷いてチャールズ君に目で合図をした。
二人は中央でにらみ合う・・・・いや、というのは正確ではないな。
藍色の道着に袴姿の雲居は、少しも気負ったような表情をしておらず、口を一文字に結び、目は薄目を開けているようだ。
自然体という奴なんだろう。
全身にまったく余分な力が入っていないのは、少し離れた俺の方からでもよく分かった。
チャールズ君の方は、さっきからせわしなく首や肩を回し、畳の上で飛び跳ね、何だか緊張しているような、それでいてどこか彼の事を軽く見ているような、そんな感じに思えた。
『乾さん・・・・あの・・・・』
と、俺の隣に立っていたマーガレットが肘で俺の脇を突き、耳に小声で囁いた。
『あの空手の選手、私知っています』
ああ?
俺がそう言おうとした瞬間、
『はじめぃ!』
顧問氏の声が道場一杯に響いた。
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