第参話

”時代劇や姿三四郎じゃあるまいし”

彼女の話を聞き終わって、俺が最初に抱いた反応がそれだった。


しかし別にウソを言っているようにも思えない。

俺はもう一度彼女が出会ったという、その、

”ミヤモト・ムサシ”氏の人相風体を想像してみる。


 すると、

”どこかで見たような”

 という形にならない結論が浮かんだ。


『要するにミス・ハリソン』

『ハリソンさん、と呼んで下さい』

『失礼、ハリソンさん。今回の依頼は、そのミヤモト・ムサシ氏を探し出して欲しいと』

『はい、そうです。是非!』


 彼女は卓子テーブルに両手を突き、身を乗り出さんばかりにして言った。

『改めてお礼を申し上げたいんです。その上で・・・・・』

『その上で?』


 彼女はそこでまた頬を赤らめた。別にセクハラじゃないが、白人女性のこういう恥ずかしそうな仕草と言うのは、なかなかよろしい。


『是非、私にもあの技を教えて頂きたいんです!』

 なんだ。そこかよ。


 いささか拍子抜けしたが、まあいいだろう。


『よろしい。引き受けた。ギャラは通常通り、基本一日六万円、他に必要経費。拳銃がいるような仕事であったら、危険手当として四万円の割増し料金を付ける。あと、詳しいことは契約書に記してあるから、よく読んで納得出来たらサインを頼む』


 マーガレットは俺の渡した書類を、隅から隅まで読み、それから万年筆を取り出して、カタカナで自分の名前を記してから、別に出してきた印鑑までしてくれた。


 どこまでも”日本に惚れた女”なんだな。


 


 三日後、俺は習志野にいた。


 茶色いレンガ色のごつい塀がどこまでも続いており、


『習志野駐屯地第一空挺団』

 と、筆太に記された看板が掲げられている。


 俺がこの門を潜った、今から30年以上前、そしてこの門を後にした20年前・・・・正確には18年と少し前と、全く変わっちゃいない。


 予め連絡をとっておいたので、門衛の詰所に俺の名前を告げると、面倒くさいことを言わずに、そのまま通してくれた。


『お前がここにまた来るとは思ってもいなかったな。』


 応接室に通された俺は、下駄の鼻緒みたいな眉毛をした男と向かい合っていた。


 彼の名前は田中弘平一等陸尉。現在第一空挺団教育隊の教官氏、かつては俺と同じ釜の飯を喰い、教官に怒鳴られ、尻を蹴とばされて(変な顔をしなさんな。俺達の時代、そんなのは当たり前だったんだよ)汗を流した隊友である。


 彼と俺は共に陸曹候補生で入隊してきた口だ。

 そしてもう一人の小野寺という奴と三人で、『精鋭無比』の空挺に来た。

 どういうものか、俺達三人はウマが合った。

 入隊動機は三人とも平和主義にどっぷり浸かった世間に反発してという、極めてへそ曲がりなところまでそっくりだったところが、そうさせたんだろう。


 もっとも、陸曹で辞めちまった俺と違って、小野寺と田中は残り続け、今では這い上がり組では(俺の知る限り)、最高の地位、一等陸尉にまで来たという訳だ。


『で?今日は何の用だ?まさか気が変わって、予備自衛官に再志願しに来たわけじゃないだろ?もう無理だぜ。お前は退職する時・・・・』


 俺は苦笑しながら、

『仕事だよ。仕事』といい、

『俺達の一年後に空挺に入って来た変人がいたな?あの”格闘バカ”だよ。名前は確か』


『雲居のことだろう?雲居忠臣くもい・ただおみ、元三等陸曹だな。』


『そうだったな。あいつについて教えて貰いたい』

『ただ、って訳には行かんぜ?』

『当然だ。今度酒をおごるよ。ジャック・ダニエルズでどうだ?』

『随分安い賄賂だな。まあいいだろ。』

 田中はそういって、テーブルの上にあった館内電話の受話器を取り上げた。

 

 


 


 

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