正義の味方③ 2話
鼻の中がまだ鉄の臭いがして少々気持ち悪い。しかしもう赤い汁は止まったため、甲斐甲斐しいあの子は離れてしまい寂しいやらほっとしたやら。
今日の俺はなかなかおかしい。某アイドルグループのプロデューサー先生が描く青春の恋愛ソングの歌詞が思い浮かぶほどの、俺が俺でない感じがむずむずする。文房具屋の階段の踊り場にある、使い古されたベンチに腰掛け大きくため息を吐くとぱたぱたと可愛らしい足音が階下から近付いてくる音が聞こえてきて、無意識に口角が上がってしまう。
「スポーツドリンクと炭酸、どっちが好きですか?」
気にしないと気付かないくらい息があがったあの子がペットボトルを軽く振りながら近付いてきた。とはいっても先程よりかは遠い。
「…炭酸で」
いつだか友人が、あの子は炭酸が苦手だと言っていたのを瞬時に思い出した。というか脳内のあいつが語りかけてきた。いつもなら本人に会った時に頬が赤くなるくらいつねってやっていたけれど、今回は感謝しかない。今のところ。
濡れているのかと思うくらい結露したペットボトルを、お礼の言葉と交換するように受け取り、キャップを開けた。
「うおっ!?」
「わあっ!」
一言でいうと、ちょっとした災難。キャップを開けた途端、ブワッと中身が溢れ出てきて二人して間抜けな声を上げてしまった。ぼたぼたと冷やされた炭酸飲料がズボンと床に広がる様にあの子は慌ててハンカチを出す様子を見ながら、そういえば何故だか知らんがペットボトル振ってたな…と苦笑いが浮かぶ。
「ごめんなさい!階段登ってたら楽しくなってきてしまって思わず振って…」
なるほど分からん。
ハッと所持していたハンカチが使用済みであることに気付き、わたわたと慌て始める姿に笑みが零れる。
「な、何笑ってるんですか…」
「いや、可愛いなあと思って」
…思って?
いやいや待て何言ってるんだ俺は流石に気持ち悪いぞ俺が!ほら見ろ少しむすっとしたあの子がじわじわと顔赤くして固まってるじゃないか絶対引かれてるこれ、
「な!なんでもない、なんでもない!!」
今度は別の意味で慌てて手と頭を横に振っていると、
「二回繰り返すのは嘘、ついてるらしいですよ」
にっこり。とまではいかないがはにかむように、まだ頬を桃色に染めたまま笑った。その姿は先程の図書室での出来事を彷彿とさせた。くすくすと鈴の音がなるように楽しそうに笑うあの子に、俺は何も出来ず、ぼーっと見つめることしか出来なかった。
「あ、そうだ。これ、レジで頂いたのでよければどうぞ」
小さな紙袋に封をしたセロハンテープを丁寧に剥がし、中から出したのはクリア素材の二枚の栞らしき物だった。そっと差し出された面には海と空が混じったスカイブルーのグラデーションの中に小さいイルカやらシャチやらが飛んでいた。
「お、お揃いになってしまってもよければ、ですが…」
なんだ可愛いな。
手を胸の位置でギュッと握りしめて視線を揺らがすあの子が可愛くて堪らない。あまり関わりはなく、遠くからずっと見つめてきただけなので知らない面ばかりだが、目の前の少女はいつだって一生懸命で、今だって一所懸命になっている。だから、俺も声に出さなければならない。
「お揃い、嬉しい。ありがとう」
自然と浮かんでくる笑みはそのままに、俺も一所懸命になってみた。追試も悪くは無い。と、いうわけではないが、応えた俺に、あの子は花が咲くように笑って、俺は動悸に似た何かに襲われたため三分の一ほど減ったジュースのキャップを静かに開けた。今度は、溢れなかった。
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