正義の味方③ 1話

「わ、わ〜…!」

「いいのありそう?」

 何故このような展開になったのか、約一時間前の自分なら思いもしなかっただろう。す、好きな子と一緒に駅前の女子が好きそうな文房具屋に来ているだなんて。

 限りなく動悸に近い胸の高鳴りを抑えきれず、隠れて深呼吸をしている半径二メートル圏内であの子は何に使うのか分からない文房具?に夢中だ。本当に何に使うんだあれ。

「これは紙の角を丸くするやつですよ!」

「おぅふ…」

 びっくりした、思考読まれたかと。そこまでガン見していたのだろうか。だとしたら俺が無意識に見つめているのはあの子の方だと思うのだが。

 あの子は次に付箋コーナーで色々な形や柄の付箋にはしゃいでいる。俺が知ってる女子高生と違う。違うから、好きになったんだが。

 またじわじわと顔が熱を帯びていく。近くても半径一メートルの距離を守り警備しているかのように付かず離れずあの子についていく。

「…あの!」

「ん?」

「あの、具合悪いですか?さっきから苦しそうにしてるから…」

 バレていた。あくまで気付かれないよう隠れていたのに、目敏い。半径一メートルを破りあの子が近付いてきて、じっと俺の目を見つめる。鼻から赤い汁が出てきそうだ。この目に嘘や誤魔化しはきかない。そんな気がして、

「う、す、少し脈が早くなってるだけだよ…」

 早口かつ尻すぼみになる声と比例するように目を逸らす。うう、視線がガンガン来る。嬉しいはずなのにお腹痛い気がする。

「ごめんなさい…つい夢中になってしまって…」

 いかにも申し訳なさそうな声に慌てて目線を戻すと、先程図書室で見せた強気で凛とした姿は誰だったのか分からなくなる。…冷静になると、憧れていた女の子の一面に驚いているのか戸惑っているのか、自分が自分でない気持ちに襲われる。恋とは、こんなものだったのか。ひとつ息を小さく吐くと、やけに落ち着いて流れるように俯いたあの子の頭に手をぽん、と軽く触れた。

「大丈夫!俺は何ともないよ」

 だから、そんな顔をしないで。と言おうと目線を合わせるように膝を曲げるとちょうど顔を上げたあの子と目が合う。至近距離で。

「だっ」

「だ?」

 再び鼻血の予感。何を興奮しているんだ俺は。ただ大きな瞳に涙をためてほんのり頬を染めたあの子が思ったより近くで驚いたからといって。か、かわいい…。つい、そう思っても仕方ないだろうが。

「大丈夫、だいじょうぶ…」

「え、うわっ!鼻!鼻血が!」

 うわって言われた。好きな子に、うわって。

 決して悪意が無いのは分かっているが、ちょっとだけ傷付く思春期まっしぐらである。

 乾いた笑いが出てくる。鼻血と共に。ティッシュを探しにポケットを探るが目当てのものはなく、ハンカチでいいかと鞄を開けようとすると、ふわっと優しい花のような香りがした。

「今日暑いからですかね。柔軟剤平気でしたら、これどうぞ」

 明らかにお高そうなハンカチに、赤い雫が垂れる。ハンカチもう一枚持ってたのか…、じゃなくて。

「いやいや、だいじょうぶだいじょうぶ。ハンカチ汚してごめん、」

 つー、と鼻から液体が重力従う感覚がする。レースの付いためっちゃいい匂いのハンカチを汚してはいかんと、片手で鼻に手をやり、もう片方の手でハンカチを遠ざけようとしたらまた新たな一面、ぐい、と音をつけたように鼻を隠す手を引っ張られ、鼻にむぎゅっといい匂いを押し付けられた。

「ハンカチはクリーニングに出せばいいのです。どこか座りましょうか」

 意外と頑固な一面にきゅんと胸が疼いた。ああ、だからもう好きなんだ。

 されるがままに、小さな手に握られた腕もそのままにぼーっとしていたら、唐突に目の前から奇声が聞こえた。

「す、すみません掴んだままで!他意はありません!」

 ぱっと離れた小さな温もりが少々惜しい。今度はあの子が顔を赤く染める番。

「ははっ」

 思わず笑ってしまい、なんだコイツとか思われたら海の底で物言わぬ貝になりたくなるが、今はなんでもいいや。恋は盲目とは、こういう事なのかもしれない。いや、違ってもいい。とにかく今が幸せだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る