正義の味方② 1話
カーディガンはもう要らない。じめじめと熱気が肌に擦れたと思いきや、さらさらと産毛を撫でるような少し曇った日が続き、ようやっと梅雨入りしたと今朝のテレビで見た。
夏休みまではまだもう少し、否、体感ではまだまだ日にちがある。そして大型休暇の前には大型試験が待っている。留学制度も取り入れている我が校だ、勿論試験にも手は抜けない。中学校ではクラスでトップを争うくらいの成績だった俺が、この学園では頑張って平均。上には上が居ると思い知った入学したての俺。しかし絶望することも後悔することも全くない。だって、俺からすれば奇跡のような出会いがあったのだから。だから抜き打ちテストで帰宅部の面子丸潰れでも涙は流さない。
「はい、終わり〜。一番後ろの奴回収してきて」
気だるそうな教師の声にハッと意識が戻る感覚。やばい、見直ししてない。解答欄は全て埋めたが自信が無い。この再テストの結果次第では夏休みが潰れる。内心滝のように冷や汗をかいていると、後ろから後頭部を軽く叩かれる。
「絶望しすぎー」
「え、あれ…お前居たのか」
ひどくね?と少し唇を尖らせて解答用紙を回収する友人に目を丸くした。
こいつは中等部からエスカレーター式でのぼってきた所謂エリート箱入り連中の一人だ。テスト前にわざわざ勉強詰めにはならないという賢者の一人でもある。見た目は軽薄そうな奴だが女子には話したくても話しかけられないという残念な体質が取り柄でもある。まあ、なんというか人望がある奴だ。
それなのに何故、成績だって俺より全然いいのに。
「こらー加藤流れを止めるな」
「えっ、俺のせいですか」
広い教室に生徒が十数人。回収の手を止めさせてしまった俺に教師が突っ込んだ。思わぬ流れ弾に、友人はけらけら笑うし他の生徒にもくすくすと笑われてしまった。頬をかいてシャーペンをスリムなペンケースにしまい始めると、周りでもガタ、と帰り支度をする音が聞こえてくる。教卓で集まった解答用紙を数えていた教師が顔をあげた。
「よし。帰っていいぞーまた明日な」
「あー終わった終わった!」
「あ、このテスト再々テストあるから。それじゃ」
生まれて初めて二度見をする人間を見た。
伸びをしてリュックを背負う友人が、まじか〜と心底疲れたというような顔をして思わず笑ってしまった。
***
「再々テストだ加藤。おめでとう」
なんてこった。
再テストの翌日、それは宣告された。俺はそんなに頭が悪かったのか?世界にひとりぼっち残されたかのように頭がぐるんと回る感覚。隣で笑いを堪える友人を殴る元気さえ無くなった。
「じゃあさ、帰りに図書室で勉強してけば?」
青春っぽくね?とジャガイモのお菓子をガリガリいわせて食べながら、再テストを乗り越えた友人が言う。一人だけど(笑)と語尾の(笑)の部分はデコピンしておいた。
「図書室あんま行かないけど、そんなに勉強するのに向いてるのか?」
「ノンノン!青春って言っただろー?」
「うん?」
にやけた顔に腹が立つ。その猫毛リボンでも結んでシーズーみたいにしてやろうか。じっと友人を見つめると、イケメンの真顔怖い。と真顔で返してきた。
「例のあの子だよー」
「誰だよ」
「えー!わからないの!?って痛っ、ごめんて!」
思わずデコピン二号が生まれてしまった。
「で?」
「急かさないでよつまんないなーって分かった分かった言うから!」
奴は百物語を数えるように人差し指を立てた。
「お前の好きな子だよ、あの子。よく図書室にいるらしいぞ。」
「へっ」
一気に頭が沸いた。ついさっきまで何を聞いても上の空だったのに。初恋を自覚したあの日のように、世界がやけにきらきらとダイヤモンドダストのように五感が鋭くなる。再びニヤ、と笑う友人には勝てない。
それから放課後まで記憶が無い。ちなみに本は好きでも嫌いでもない。国語の授業で知った作品で気に入ったものがあれば帰りに書店で文庫本を買うくらいだ。CDや本は借りるより買う派なため図書室や図書館にはあまり関わりがない。でも、これからは変わるかもしれない。そんな、予感がした。
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