2話

「あとから痛みが出るかもしれないから、痛かったら我慢しないようにね」

「ほっ、本当に大丈夫なんですか…?」

「大丈夫だから、そんな、本人より顔青くしないの」

「ほんとごめんなあ」

 なんだろうこの光景は。

 数十分前に、無意識にあの子を庇って勢いのあるバスケットボールを肩で受け止めたら目の前のあの子がサーッと砂時計のように顔色が変わって開口一番、「保健室!」とな。そんな重症じゃないと、わたわたする姿を落ち着けようと手を振っていると軽くあの子の肩を指先が掠めてコンマ、煮だった激辛スープのように体中に熱が広がっていき、気が付いたら保健室にいた。周りを数名の生徒に囲まれながら。周りがそわそわしているせいか、妙に冷静になってきた。失笑気味の養護教諭、何故か誰より一番青ざめているあの子、意図せずボールをパスミスして俺に当てたバスケ部のイケメンくん。彼女さんはもはや普通に笑っている。本当はあと五分くらいで次の試合に出るつもりだった。しかし、

「結構強く当たったみたいだし、残念だろうけど休みなさい」

 との事を友人がクラスメイトに通達しに行っている。正直球技大会自体はどうでもいい感じはある。というか俺がいなくてもどこかの競技で優勝出来そうなくらいは運動神経がいいクラスメイト達だ。でも、少し、ちょっとだけ、Maybe、さっきよりは顔色が戻ってきたあの子にいい所を見せたかった気はするかもしれない。そんでもって顔覚えてもらってインターハイまで行けたらお弁当作ってくれたりとかいや俺帰宅部だった。

 ちらり、と斜め左に立って祈るように手を組む姿にドキ、と心地好い程度の心臓の高鳴りで現実に返されたようなまたふわふわと雲の上にいるような感覚。廊下からぱたぱたと小走りする足音が聞こえてきた。

「加藤生きてる!?」

 開け放たれていたドアから友人が顔を出す。養護教諭が小さく「静かに」と注意すると友人は「うっす」と下を向きながらまた小さく応えた。おや、これは…?からかうネタが増えたと内心ニヤニヤしていると、斜め前方から柔らかな声が耳をくすぐるように俺を目掛けて転がった。

「あの、加藤、くんって言うんですね。第一試合見てました。凄かったです!」

 なんだって?

 こんなに近くでこんな長文聞いたことないぞ。再び再加熱される心臓。溢れる、溢れる。おそらく耳まで真っ赤なのだろう。視界の端で友人はニヤニヤしているし、バスケ部のイケメンくんは事態を飲み込めずぽかんとしているし彼女さんはあらあらまあまあと口に指先を当ててくすくす笑っている。

「…とりあえずクラスに戻りなさい」

 養護教諭は「一応授業中なんだから」とため息をついてはいるが口の端が少し上がっているのを俺は見た。そしてトドメ、

「わ、わたしが送っていきます!」

 こんなの妄想すらしていない。とうとう友人は吹き出し、養護教諭は普通に笑った。俺はもうどうしたらいいか思考がリタイアして

「…よろしくお願いします」

「はい!」

 少しでもつらかったら言ってくださいねと、今度は少し頬を桃色に染めて己の両手をぎゅっと握って笑った。あれ…この子ってこんなに小さかったのか。身長は勿論の事、細い首に筋肉のついていない白い足、肩幅なんてクラスメイトのゴリくんの半分も無いんじゃないのだろうか。ああ、天使。

「さすがにきもいな」

「知ってる」

 意気揚々と先導する小さな背中に羽が見える。うん、気持ち悪いな俺。その後に続く友人が真顔で呟いた言葉に否定する者はいないだろう。否、あの子なら笑ってくれるのかな。だなんて考える余裕が生まれた球技大会。面倒さえ特大イベントに変わる、恋とは不思議なものである。



fin

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