正義の味方

青木はじめ

1話

生まれて初めて、「美少女」というものに出会った気がした。

もちろん、ドラマや映画に出ている女優が可愛いだとか美人だとか思ったことはある。だが、あんなに巧妙で繊細な作りをした人間に出会うとは思わなかった。いわばフィクションのようなものだと思っていた。

「なあ、加藤。聞いてる?」

「…え、あ、ごめん。なに?」

昼休みの昼食後。午前中に卒業式を終えて、在校生は普通に通常授業。クラスに1人はいるであろう目を赤く腫らした奴がいる教室は少々カオスだ。

俺は友達は多い方ではあるが、全校集会や人が多く集まるイベントはあまり好まない。友達の数は多くても、つるむのは数人、といったところだ。

だが、この高校に入学してから、全校集会等が楽しみになった。

それは、冒頭で述べた「美少女」に会えるからだ。否、見れるからだ。

生憎クラスが違うため、合同授業くらいでしか会うことは無いが、その小さな時間でさえ、眺めるのが楽しみでならない。これが目の保養ということだろうかと考えたが、それもなんだか違う。もっと近くて遠い。甘くて苦い感じ。

この気持ちがなんだかはわからないが、ともかく彼女を見ていると気分がいいのだ。

しかし、彼女は入学早々に留学プログラムに応募し、つい最近までフランスへ行っていた。その間はどこか心に穴があいたようだった。

「…お前さあ、高校に入学してからぼーっとしてる事多くなったよな」

「え、そう?」

そうそう。といちごオレの紙パックをずずずと飲む友人は呆れたように斜め上を見て、思い出話をするように呟いた。

「…いや、厳密には見学の時からか…?」

どきりとした。

彼女を見かけたのは高校生になってからではない。

学校見学で片っ端から近所の高校を見学していた時、この学校は偏差値足りないけど折角だし見るか〜なんて観光気分で眺めていた時、見つけた。校内で有名なシンデレラ階段の上で、憂いを帯びた伏し目がちに見学軍団の端を歩いていた。

周りでも小さくひそひそと可愛いだの綺麗だの囁く声がした。

その時決めた。なにがなんでも入学してやると。

彼女が入学しないという可能性ははなから考えなかった。中等部の制服を着ていたし、何よりそこまで頭がまわらなかった。

「あー…そうかな」

「そうだよ!なに、好きな子でもいんの?」

はた、と時が止まった。

「好き」?考えたことなんてなかった。ぐるぐるとゲームのローディング中のように言葉が反芻される。

「い、いいや、べべべつに」

自分でもやばい返事の仕方をしてしまったと反省している。

目の前の友人が目を見開いてからニヤリと笑った。

ああ、しまった。


少々困ったことになった。

別に隠していたつもりはなかったが、この友人、色恋沙汰が好きな類であるからして、これからからかわれたりするであろう未来が重く感じた。

「茶々入れたりしないから大丈夫だって!青春万歳!」

とのことだが、はたしてどうなるものか。

はあ、と小さくため息をついたところで予鈴が鳴った。午後の授業は別棟へ移動しなければならないのでぼけっとしていられない。

机に入れっぱなしの教科書とノートを取り出して廊下へ出る。

あの教師が怪しいとか誰それが呼び出されたとか雑談をしながら階段へさしかかったところで、忘れ物に気付いた。

「ごめん、ペンケース忘れた。先行ってて」

慌てて踵を返すと後ろから「おー」と、気の抜けた声が聞こえてきた。

少し早足で教室の前を歩いていると、小柄な影が視界に入ってきた。

「、おわっ」

「あっごめん」

咄嗟に謝ってから血の気が引くようなのぼるような感覚がした。

ぶつかりそうになってきた正体は、彼女だった。

あたりはしなかったものの、肩がぶつかりそうになるくらい近い距離に内臓が飛び出そうになる。女子と関わることは日常茶飯事だし、詰め寄られたこともある。だが、このシチュエーションに彼女はあまりにもずるい。

「ご、ごめんなさい」

そう言って目を合わせてきた彼女は固まっている俺の横をするりと抜けて去っていった。

深い海のような吸い込まれそうな瞳に、本当に吸い込まれてしまったのか、本鈴が鳴ってダッシュしたことは恥ずべき案件である。


あれから数日。少女漫画みたいに発展などはなく、特に盛り上がりの欠ける球技大会がおとずれたのみである。

朝からジャージ姿の生徒達はだるそうだったり暇そうだったり、体育祭より明らかにモチベーションの下がる球技大会というものを持て余しているよう。

俺としては机に張り付いてるよりはなんぼかましなのと、運動全般は得意なのでわりかし嫌ではない。女子の声援もまんざらでもないが、もし彼女が応援してくれたなら、などと考えてしまっている思春期なり。

背が高いからという理由でバレーボールに勝手に入れられ、1回戦はなんなく勝利を手にし、2回戦までの空いた時間をクラスの別競技の応援にまわそうとバスケの試合が行われている第2体育館へ友人と一緒に向かった。

「1回戦はなんなくって感じだったな〜」

「漫画風に言えば、体格差が勝利をおさめた、って感じだよな」

腕を組んでうんうん言う友人にそう返すとわははと笑いが返ってきた。まさにその通り。友人は笑いのツボが浅い。

「お、やってるやってる」

体育館シューズの甲高い音とボールが跳ねる音に、意外と歓声が多い。

開け放たれた扉から中に入ると試合は激戦、といった風に熱気に溢れていた。

「俺たちの試合より人多くない?気の所為?」

友人が文句を言うように呟く。

「あれか。バスケ部のイケメンくんか」

「バスケ部のイケメンくん」とは、その名の通り、バスケ部のイケメンである。噂では、彼女はイマドキギャルらしい。あまり興味が無い俺でも知ってるので、友人はもっと知ってるだろう。

「あ、彼女さん発見。いや〜青春してるね!コノヤロー!お前も帰宅部のイケメンくんなんだから負けるなよ!」

早速見つけたらしい。

友人の目線を辿ると心臓が大きく脈打った。

たしかにイマドキギャルっぽいショートカットの女子の隣に、彼女がいた。どこかぼんやりしながら、時折イマドキギャルと会話して少し微笑んだりする姿に全身が脈打つ感覚。

「おっ、ここでも青春か?むかつくわ〜」

「い、いいから座ろうぜ」

あまり彼女に近付かないようにまた1歩体育館へ足を踏み入れると小さく「あっ」と誰かの声がした。反射的にボールの軌道の先を追うと、体が自然に動いた。まるでスローモーションみたいだ。

「いっ、た…」

ボン、と音より遥かに痛む肩。コート内の選手が「ごめーん!」と手をあげる。

「加藤、大丈夫か!?」

横からは友人の心配そうな声。背後からは、

「だっ、だだだ大丈夫ですか!?」

慌てすぎだろ。笑いそうになりながらも、首だけ振り返って「大丈夫」と言うと思った通り真っ青な顔をしてなにやら両手をわさわさと動かしている。

堪えきれなかった笑いが吹き出る。

「心配しすぎ。ありがと」

「いいえええ!?こちらこそ!」

隣のイケメンくんの彼女さんも笑っている。

「助けてもらったんじゃん?ヒーローじゃん。良かったね」

その言葉がむずがゆくてくすぐったくて、彼女とは反対方向へ向く。するとまた背後から、

「あの、ありがとう…!」

こればっかりは友人に茶化されようと思う。

正義なんて語れないけど、いつでも彼女のヒーローでありたい。なんて。


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