家出の原因

 おそらく、誰にも文句を言われない地位へと上り詰め、華撫を立派に育てるためだったのだろう。


「実際、深歌とお前がケンカした理由はなんなんだ?」


 新しい父親と反りが合わない程度で、ここまで揉めるなんて考えられない。何か、強烈な動機があるはずだ。もしかすると、ケンカすらしていない可能性も考えられる。オレがそう思い込んでいるだけで。


「あたしさぁ、中学に退学届を出したの。ママに内緒でね。受理されなかったけど」


「マジか。それで、どうするつもりだったんだ?」

「働こうかなって思ったわ」


 なるほど。せっかく家族として再スタートしようとした矢先に水を差したってワケか。


「深歌がキレるワケだぜ」

「もうカンカン。そんなに新しいお父さんと住むのが嫌なのか、って」


 他に手段はああるだろうに。


「全寮制の高校って手は?」

「どこもバイトが禁止だったのよ。最低限でいいから、お金が入ればいいのだけれど」

「夢は?」

「特にないわ。自由であれば。あの人たちと一緒にいない場所が欲しいだけよ」


 目標のない仕事なんて、長く続かないとは思うが。


「学校が嫌か? いじめられてる。あるいは、勉強についていけない」


 思春期にはよくある話題だ。


「いいえ。いたって平和よ。友達との仲もいいわ。ただ、ものすごく退屈なの」

「お勉強がか?」

「成績はまあまあなの。だけど、友達付き合いとか、バカバカしくなってきちゃって。大人になりたいって気持ちが、最近強いわね」


 バリバリの思春期じゃん。


「一種の気の迷いだ。十五になって切羽詰まったら、考え直すさ」


「でも、ママの再婚話が出始めた辺りから、ずっと思っていたの。早く大人になれればって」


 聞いた限り、能動的な動機ではないことは、ハッキリと分かった。


「大人に憧れる感覚ってのは、その歳だとありがちな感性だよ」


「そうじゃない! あたしの気持ちも汲んで欲しかったの! あたしはただ、気を遣っただけだったのに!」


「なんだと?」


「あたしだって、どこかで頭を切り替えなきゃって思ってる。受け入れるべきなのかなって。だけど、考える時間が欲しかったのよ!」


 華撫は顔をしかめる。


 泣きたいのか怒りたいのか、自分でも分からないんだ。


「でもダメね。こんな凄いの見せられたら。あたしのパパは、高林健ただ一人なの。二人もいらない。決して、新しいパパが嫌なんじゃないのよ」


 華撫は、自虐っぽく笑う。


「おやすみなさい。牛スジおいしかったわ」

 食器を片付け、華撫は寝床についた。


 健よ、教えてくれ。どうすれば、華撫のこじれた心を修正できるんだ?

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