特撮歌手への転向
高林健と園部深歌は、駆け落ち婚だった。
健には他に婚約者がいたんだが、深歌を選んだ。
「正直、健を恨んだなぁ」
それから、オレは路頭に迷った。
音楽を諦めようとさえ。
だが、とある作曲家に「特撮ソングの歌手を探しているから来て」と誘われたのだ。
「ガキの歌なんて楽勝ですよ、って、オレはその先生に向かって言ったんだ。そしたらその先生がな、『ああ、同じ言葉を言ってたヤツがいたよ。彼は特撮音楽で、何十というリテイクをした』だってさ」
今では武道館でライブを行う程の、アニソンシンガーの名が出た。誰もが知っているアニソンの帝王は、ヒット曲に恵まれてもなお、横浜ランドマークタワーを建てるバイトをしていたのだ。
「え、あのOPを歌ってた人って、そんな苦労人だったの? 始めから輝かしいデビューをしていたと思ったわ」
「意外だろ? オレも当時、お前と同じことを考えていた」
何がどういった巡り合わせで、人はどうなるのか分からない。しかし、ふとしたきっかけで人生は変わるのだ。
オレは未知の世界に翻弄されながらも、なんとかしがみついた。やがて、オーディエンスが何を求めていて、どうやってオレを表現すればいいのかが見えてくる。
特撮音楽は、客と一体になって作るのだ、と。
「なんでオレに特撮音楽を任せたんですか? って先生に聞いたら、『何も持ってなかったからだよ』って言われた。当時はムカついたけどさ、今なら意味が分かる」
音楽への愛だけ持っていても、一人で歌ってるのと同じだ。
色んな人が音楽に関わっているんだと、先生は気づかせてくれた。
今のオレがあるのは、当時支えてくれた人がいたからだ。
特撮は、それをオレに気づかせてくれた。
特撮界で支持を得始めた頃、オレは健の死を知らされる。
一番祝福して欲しかった相手が、もう二度と手の届かない場所へ旅立ってしまった。
「お婆ちゃんは厳しい人だったって、ママは言ってた。でも、パパが死んですぐに入院したわ。あたしね、お婆ちゃんの臨終に立ち会わせてもらったの。お婆ちゃんが会いたがってるからって」
当時、深歌は警戒したらしい。娘を渡せと言われるのではないかと。
しかし、親戚の様子から、本当に孫の顔が見たいだけなのだな、と悟ったそうだ。
「お婆ちゃんね、赤ん坊だったあたしの頬を撫でて、笑ったの。そのあとすぐに」
アーティストとして一流だった彼女は、音楽からプロデュース業へと転向した。
周囲は当時、深歌の心境を理解していなかったものだ。
心労が祟ったのだろうかと、噂をするモノもいた。
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