とあるギタリストの話
「先生の学生時代って、どうだったんですか?」
「あ、おれも聞きたい!」
話題が、オレに飛び火した。
「まいったな。あんまり愉快な話じゃねえぞ」
「面白いじゃないですか! なんたって、
生徒の一人が、目を輝かせた。
「ああ、確かにな」
「すいません。亡くなったご友人を」
オレのドライなリアクションを見て、タブーに触れたと思ったのだろう。興奮から冷めて、生徒が謝罪する。
「いいんだ。もうだいぶ前の話だからな」
何から話すか考えながら、腕を組んだ。
「オレと健は、ずっと仲が悪かったんだ」
当時のオレは、音楽で食っていくんだ、という気持ちで殺気立っていた。学校が煩わしくて、暇さえあればライブハウスでしこたまギターを練習したものだ。
だから、先ほど意見をくれた苦学生の気持ちが、オレにはよく分かる。
「だが、高林健は天才だった」
リードギター担当だというのに、彼は特に練習にも顔を出さず、彼女とデート三昧だった。
その相手こそ、ベース兼ボーカルの深歌である。
彼の怠け癖は、深歌がひっぱたくほどだ。
オレと健はよくケンカした。
練習しろってずっと健に吠えていたのを思い出す。
健のような生き方は、マネができない。
プライベートを充実させる才能なんて、オレには無理だと。
ミュージシャンを目指しつつ女を作るなんて器用なことは、考えられなかったのだ。元々異性に関心も薄かった。
「だが、いざギターを握ると、健は人格が変わったんだ。あいつの隣で演奏すると、こいつは誰も辿りつけない領域にいるのだと、思い知らされるんだ」
感性やテクニックではない。音楽に対する熱意やモチベーション、ありとあらゆるもので、他を圧倒する。彼は音楽が好きだったが、音楽も彼を愛した。
「レコード会社から声がかかって、ようやく分かったんだ。健は、オレの何十倍も練習していたんだと」
当たり前だ。でなきゃ、あんなヤバイ演奏はできない。
人の心を引きつけることだって。
プロになるまで、オレは気づかないままだったんだ。
我に返ったら、生徒たちは黙りこくってしまっている。
「すまんすまん! しゃべりすぎたな!」
オレが詫びると、生徒たちは一斉に立ち上がった。
「いえ、貴重なお話をありがとうございます!」
「僕は、まだまだ練習が足りません! ちょっと演奏してきます。失礼します!」
残り時間の間、彼らは談笑をやめてスタジオを借りて練習するという。
健の話は、どうやら彼らのハートに火を付けたみたいだ。
「ありがとう。応援してるからな!」
オレが感謝を述べると、全員が頭を下げてくれた。
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