アニソンバー
昼は一駅分歩いて、所属事務所に挨拶する。
「こんにちは。トクセンさん」
「おはよう、ジュニア」
小さなオフィスには、副社長、通称ジュニアだけが事務所にいた。社長の娘さんで、会計と電話番が仕事である。我が社の愛すべきマスコット兼緩衝材だ。
その後、すぐ下の階にあるスタジオでレコーディングを行った。
秋から始まる特撮番組の主題歌である。
三〇代の女性が魔法少女となって、心労が祟って妖魔化した人間を浄化していく、という内容だ。
主役の女優は、デビューと同時期に空手の黒帯を取得している。「GOSAKU」というアスレチック番組に挑戦するほどのスポーツ好きだ。三〇を過ぎているが、現役グラビアアイドルでもある。彼女による微エロシーンが売りだ。
ベタだが悪くない。生のアクションができる主人公なのも好感が持てる。
オープニングは滞りなく完成した。
問題はエンディングである。もう締め切りはギリギリなのに、何も形にならない。
「ダメだ。なんか違うんだよなぁ」
作詞作曲も、オレが担当している。
ややマニア向けの番組だから、登場人物や技名などは歌詞に含まなくてもいい。マニア向けだからこそ、歌詞にそういうのが必要なのでは、とも思うのだが。
「ハードな作風なので、作りづらいですか?」
「ドラマは面白いよ。オレが慎重になりすぎてる」
この手のドラマは、大胆に作り込めば上手くいくと分析していた。
が、違うようだ。もっと柔軟に攻める方がいいかもしれない。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
夕方から、駅前のアーケード街へ。
店と店の間にある狭い敷地に、怪しげな下り階段が口を開ける。
ここがオレの目的地だ。
レンガの壁にはスプレーで落書きが。イタズラではなく、店主の作品だ。真っ黒いドアは、英語で書かれたステッカーが一面を埋め尽くす。
重い鉄のドアを開けた。
オレンジ色の照明に照らされた店内は、まだ準備中だ。
カウンターや丸テーブル席には、誰一人座っていない。
「おう、オーナーじゃねえか」
スキンヘッドのオヤジが、カウンターを拭く手を止めた。
丸テーブルが各所に置かれた店内に、演奏用のステージがある。いわゆるライブハウスだ。舞台上でチューニングをしていた三人組のバンドが、オレに頭を下げる。
これでも、オレは経営者なのだ。潰れかけのライブハウスを買い取ったのである。
彼らに手を上げて挨拶を交わし、カウンターに座った。
「どうだ一杯? おいお母ちゃん、ビール!」
稲垣が、厨房へ声をかける。
「あんたが飲みたいだけやろ!」と、甲高い関西弁が飛んできた。稲垣の嫁さんだ。
「へへっ」と、稲垣が笑う。
「オーナーさん、ゆっくりしてってな」
ショートカットの奥さんが、お盆を持ってくる。お通しの枝豆とジンジャーエールを用意してくれた。稲垣用の小さなビール瓶も。
「すいません。いただきます」と頭を下げ、枝豆を口に含む。
稲垣は、オレのバンドでドラマーだった。
現在、このライブハウスで雇われ店長をしている。
特に経営センスがあったわけでも、込み入った事情もない。
オレの周りで酒に詳しい人物が、稲垣だっただけ。
三人組が演奏を始めた。三〇年前の古い特撮ソングを奏でる。
この店は、いわゆるアニソンバーなのだ。演奏するバンドも、アニソンが得意な連中ばかり。
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