生徒たちの恋愛観
安いアパート住まいだが、オレは決して貧乏なわけではない。
朝、オフィス街にあるビルの三階へ。向かいにそびえ立つ老舗の百貨店は、まだシャッターが閉まっている。
ビル内のアミューズメント系専門学校へ向かい、音楽科の特別講義を行う。アニメソングを扱う学校の中でも、オレの教え方は面白いらしく、オレの方も楽しい。
最近はアニソンだけではなく、ボーカル音源ソフトなどを使う科も好評だ。コンピュータに歌わせる技術なども教えるという。そのうち、歌唱部門が機械音声に取って代わられるかもしれない。
「なあ、ちょっといいか?」
昼休み、オレは学食で談笑しているグループの輪に混ざった。次の授業まで、小一時間ほど余裕がある。
生徒たちは、華撫と歳が近い。彼らの意見を参考に、華撫の気持ちを少しでも理解できれば。
入学のきっかけを聞くと、生徒たちがハキハキと語り出す。
「僕は、中学を出てすぐにこの学校に入りました。授業料が安いので、バイトでどうにかやっていけてます。大変ですが、目標だったので」
彼はライブハウスでバイトをしているらしい。入学金だけ親に借金して、返済中だそうだ。生活費も自腹である。絵に描いたような苦学生だった。
「高校に入ろう、って思ったことは?」
中高を中退した若者が、街を歩く学生たちを見て寂寥に打たれる、なんてのはよく聞く。
「まったく。時間のムダだなって」
「学校に通った経験が、歌に反映するかもって気持ちも?」
「そんなのは、人に質問すればいいので。自分で経験する気はないです。僕には向いていないな、と。他の人はスゴイですよ」
苦学生は首を振る。「みんな一緒であるべき」といった日本の教育システムに疑問を抱いているだけなのだそうだ。
聞く感じでは、コミュニケーションに難がある風でもない。
「人生の全てをアニソンに捧げたかったので。早くデビューしたい気持ちの方が強いです」
苦学生な彼は、音楽ガチ勢だったようだ。
「ワタシは、高卒で入学したんですけど、授業についていくのがやっとです」
気の弱そうな女子が、手を上げる。
やりたいことと、得意な分野に隔たりがあったらしい。
「今頃になって、作詞に興味がないって気がついて。でも曲のセンスはイマイチで、打ちのめされちゃってて……」
おっとりした見た目通りの、ゆったりとした口調で、その少女は語った。彼女のように、夢と現実のギャップを埋められず、後悔する子も少なくない。
「じゃあ、そうだな。学校に通わず、あるいは学校をやめて、自分の将来を早々と決断する人を、どう思う?」
少し考えてから、別の生徒から意見が出る。
「やればいいんですよ。打ち込めるものがあるなら、って条件付きですけど。俺、大学卒業後に、自分の目標ができたので。若いウチから将来を見据えた人って、なんか羨ましいなと」
別の生徒からは、「ありえないですね」と反論が。
「高校は通っておくべきです」
その子は高校中退したが、ずっと後悔していた。
夢を持ってない人の気持ちが分からなくて、迷走中だという。
そういった子のために歌うはずだったのに。
「勉強自体は大人になってもできます。ですが、学生時代って貴重なので、大切にして欲しいですね。その時は気づけないんですけど」
考え方は人それぞれってやつか。
「それじゃあ最後に、高校で結婚ってどう思う?」
今度は、速攻で返答が返ってきた。
「考えたことないです」
みな、一様に同じ回答が飛んでくる。
彼らが未成熟なのか、恋愛を求めない世代なのか。
あるいは、目的に夢中で一直線すぎて、周りが見えていないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます