異世界もの

「さーて、マリ〇ーやろう」


 食事を済ませ、洗い物が終わると、絢羽は腕まくりして、俺にゲーム機の前に座らせた。

 あの国民的レースゲームで俺と戦おうというのだ。

 俺はゲーマーではない。

 しいて言えばRHGを嗜む程度だ。

 だが、絢羽はいわゆるライトヲタクである。

 フィギヤや、カード、声優のコンサートには足を運ぶことはないが、コミケには行ったことがあるそうだ。

 一度テレビで観たことがあるが、とてもじゃないが俺はあの人ごみに突入する勇気はない。しかも、自費出版ということで値段は高い。あの情熱には本当に感心させられる。絢羽に一度誘われたが丁重に辞退した。

 それでも絢羽はラノベや深夜帯アニメは欠かさずチェックをいれており、録画もしているのだが、出来るだけリアタイで観たい人なのだ。

 付き合い始めた時は、そういった趣味の人だとは思わなかった。

 「ちょっと引いた?」と恐る恐る問われたことがあったが、別にどうも思わなかった。

 むしろ、ちょっと興味があったので、詳しい人がいてよかったと言ったものだ。

 もしかしたら、絢羽は気を使って言ってくれたと考えているかもしれないが、これは本当だ。

 さて、そんな訳で俺と絢羽はレースで対戦する訳だが、ゲームの実力では俺は絢羽に敵わない。だけど、アイテムを使って一発逆転の目があるこのゲームなら勝ち目がある。


「よーしやるぞ」

「おお、やる気だね。これまで24勝5敗で私が勝ってるけど、手加減はしないからね」

「お、おう」


 うん、こんなものだよね。やっぱり実力差は如何ともしがたい。

 あ、そういえば、これは言っておこうと思っていたんだ。


「なあ、異世界ものの漫画とか持ってるよね?」

「あるよ、何冊か。え、読みたい?」

「うん、いくつか見繕ってくれない」

「いいけど、どうしたの? 嫌いじゃなかった異世界もの」

「うーん、でも興味はあるんだ」


 ちょっと苦しいかな?

 異世界に転移した後でなら、また違った視点で見れるかと思ったのだ。

 それに、また異世界に転移した時に、何か役に立つ知識があるかもしれない。


「いや、嫌いって訳じゃないんだけど、ご都合主義というか、なんの力もない主人公が異世界に行ったら滅茶苦茶強くなるのってズルくないか? 元々あっちの世界にいる人達は努力して今の実力を手に入れた訳だろう?」


 だからチートと言われるんだけど、自分で鍛えて走っている人の隣でドーピングしてるを通り越して、自転車で走ってるみたいな印象を受ける。元々同じ土俵に立って競技している訳ではない、と思って見ていたのだ。

 しかし、これに絢羽は憤慨した。


「それは違うよ」

「どう違うんだ?」

「確かに、異世界物の主人公は特に鍛えた訳でもないのに異世界の強者と戦うよ。でもね、全く努力していない主人公はあまりいないの」

「そうかぁ?」


 うーん、もしかしたら、そもそも俺も色眼鏡をかけて観ていたのかもしれない。

 絢羽はグイグイと俺に異世界ものの面白さを熱弁する。


「潜在能力がものすごく高くても、結局戦いを全く知らない素人だからね。そりゃ少しはハンデをもらってないと戦えないでしょ? でも、その高すぎる潜在能力に振り回されないようにしっかりと努力している主人公が大半なの」

「うーん、でも俺なんかで見たぞ。“イキがる”っていうの? 貰った力をさも自分の力みたいに偉そうに使って、上から努力している人にドヤ顔する奴とか」

「あーもううるさい!!」

「ヒッ!」


 いや、違うのよ。これはね、俺自身がそんな力を貰っちゃって、簡単ではないにしろ相手のボスを他の人を差し置いて倒しちゃった罪悪感とかある訳よ。ほら、アーダルベルトとか滅茶苦茶鍛えてるのに、いい所俺がもらっていっちゃったしね。


「それ、異世界ものファンの私の挑戦と受け取ったわ。今から努力型の異世界もの持ってくるから首を洗って待ってなさい!」

「首て、なんか荒くないっすか絢羽さん!!」

「そうさせたのは蒼穹だからね!」


 そう言って絢羽は自室に行ってしまった。

 因みに俺達は寝室とは別に自室を持っている。

 子供が出来たらまた考えなくてはならないが、今の所はそれくらいの部屋の空きはある。

 しまったなー。

 まあ、確かに俺も偏見があったかもしれん。

 実際に命懸けで戦った俺としては、現代日本人が命懸けの戦場で戦うってだけで、大変な偉業と言えるだろう。

 そも、俺は異世界ものをほとんど知らないしな。

 何となーく、大体似たような展開になるんだろうと思っていたのだが。

 反省していると絢羽が自室からコミックを持って帰って来た。

 驚いたのはその量。すげー30冊はゆうに超えている、


「そ、そんなにあるのか?」

「まだ一部だけど」

「マジか!」


 絢羽部屋にはあまり近づかないようにと言われているので入っていなかったが、そんなにあるとは、ライトなヲタクという認識は改めなければならない。


「じゃあ読んで」

「え、ゲームは?」

「中止、読んで」

「いや、そこまで急がんでも」

「よ・ん・で」

「・・・了解」

「じゃあ、私のお勧めはまずはこの辺り、努力に努力を重ねる異世界ものよ」

「うん、じゃあ読ませてもらいます」


 こんなはずじゃなかったんだけど、時間の合間を縫って読むつもりでいたのだが、今さら後には引けない。つーか引いたら殺される。


「ん? これだけ揃えるのにいくらかかった? なあ、相当な額をつぎ込んでるんじゃないのか? これじゃ家計を圧迫」

「い、いいから、今は読んで。読みなさい。読めばいいんじゃないかな?」

「絢羽さん? この話は後でしっかりとしますからね」

「・・・はい」


 さーて、一矢報いた所で読みますかね。

 まずは絢羽のお勧めのこれから。


「あ、それ全部読み終わったら次はアニメね。流石にラノベは時間がかかるから勘弁してあげる」


 どうやら、今日は眠れそうにない。

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